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第6話「終わらない距離」

マネージャーから連絡があり、湊の新しいレギュラー番組が決まった。 『CROSS TALK』という討論番組で、固定レギュラーの三人が毎週決められたテーマで意見を交わす。 湊の他の二人は、凛と相沢だ。 今まで出演した討論番組は大人数のものや、週替わりで出演者が変わるものだったが、新しく始まるのはこの三人だけの番組。相沢は前回の討論で視聴者から好評だったレギュラー兼司会進行役が、正式に決まった。 最初に討論番組に出演した時、まさかこんなことになるとは予想もしていなかった。自分に討論なんか無理だと、収録の途中まではずっと思っていたのだから。 --- テレビ局でのスタッフを交えた打ち合わせとは別に、三人で相沢の家に集まることになった。 指定された時間に着くと、すでに凛が来ていた。リビングの椅子に腰かけ、スマートフォンの画面を眺めている。 「……お邪魔します」 湊の声に、凛は反応しなかった。 いや、画面を滑らせていた指の動きが、数秒だけ止まった。それだけだった。 凛の隣に座った湊は、気まずい思いを抱えたまま、準備をしている相沢が戻ってくるのを待った。 あの日以来、電話をかけても、メッセージを送っても、何の反応もなかった。凛と関係を修復できないまま、今日を迎えてしまった。 テーブルの上には三人分の資料と、温かいコーヒー。 --- 「初回のテーマですが、いくつか候補が出ています。『依存と支配』に関するものが一つ」 相沢が説明を始め、二人は資料をめくる。 意見が交わされ、相沢がペンを走らせる音がした。三人での話し合いは今まで何度もしてきたのに、今日は明らかに空気がおかしかった。 相沢が凛に問いかけると、たまに上の空になっている。意見は出すが、いつもの鋭さがない。 それを感じ取ったのか、相沢は資料を静かに閉じて凛に視線を向けた。 「体調が優れないなら、今日はここまでにしましょう」 「……僕に言ってる?」 「はい」 責めるわけでも怒るわけでもない、短い返事。 凛は手に持っていた資料をテーブルに置き、相沢に向き合った。 「別に……体調とか、そういう話じゃない」 そう呟くとすぐに目を伏せ、太腿の上で握った手に力を入れる。 「近づきすぎると、面倒になるだけ」 数秒、沈黙が流れた。 「そういうの、見てきたから」 相沢はすぐには言葉を返さなかった。 数秒だけ凛を見て、静かに口を開く。 「——それは、誰の話でしょうか」 凛は言葉を詰まらせた。 「……別に、よくある話だろ」 俯いたまましばらく、そのままでいる。テーブルの上に置いた指先が、わずかに力を込めて離れた。何かを言いかけて、やめるような間。 「……だから」 そこで言葉を切る。 凛は一度視線を落としてから立ち上がると、資料をバッグに入れ、上着を羽織った。 「話し合い、続けて。僕はいいから」 振り向きもせずに玄関へ向かう。 ドアが閉まる音だけが、残った。 --- 「さっき凛さんが言ってたこと、正直よく分からなかった。でも……このままにはしたくない」 湊も立ち上がった時、目が合った相沢が小さく頷いた。 それを合図に、湊は相沢の家を出て凛を追った。 --- 「……ここにいたんですね」 相沢のマンションから少し離れた公園、凛はベンチに座っていた。何かを飲んでいるわけでも、スマートフォンを触っているわけでもなく、ただ遠くを眺めていた。 駆け寄る湊に気付いても、そのままでいる。 「追ってくると思ってたよ」 「凛さん、あのまま帰らなかったんですね」 「……帰ろうとはした」 凛は黙って空を見上げた。夕焼けに染まった空の下、沈黙が流れる。 「さっきの凛さんの話なんですけど」 湊は正面に立ったまま続けた。 「過去に何があったのか俺には分からないし、全てを知ろうとは思いません」 凛は口を挟まずに聞いている。 「でも、俺は終わらせたくない」 頭の中で整理しきれていない気持ちを、思いつくまま口に出す。そのほうが自分らしい、とずっと思っていた。参加してきた討論でもずっとそうだった。整えていないせいで失敗することもあったが、それも自分そのものだから仕方ない。 「面倒な奴だな」 凛はため息をついた。 「そうやって距離詰めてきて、結局入り込んでくるんだろう。よくある話」 かすかに笑う。どこか乾いたような笑いだった。 「近付かれるのも、踏み込まれるのも、本当に面倒」 こちらを見る冷めた目。街での拒絶を一瞬思い出したが、それを振り払って視線を合わせた。 「そういうことなら……俺は今の距離のままでいます。離れません」 「……は?」 「だから、終わらせるのはもうやめましょう」 冷めていた凛の目が揺らぎ、視線が外れる。 凛の指先が、膝の上でわずかに動いていた。 静かな公園で二人きり。凛はベンチに座ったまま、今も動かない。 逃げない。 湊は、少し距離を空けて立っていた。

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