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01. 騎士のフレアと貧者のガシュウ

 ガシュウの頬はこけている。  皮膚は薄く、骨が浮いている。白く色の抜けた髪はぱさつき、傷みが目立った。  指の通りにくい髪を撫でながら、フレアは冷めた声を落とした。 「いつもの、しろ」 「は、はい」  ガシュウは固い声で返事をした。ベッドに腰掛けるフレアの足の間に身を屈めた。ぎこちない手つきでフレアのものに触れる。  上下する手は遠慮がちで、物足りない。焦らしているわけではないらしい。真剣な顔をしている。  勃ち上がりかけたものを前に、ガシュウが息を呑んだ。それからおずおずと口を開き、先を含む。苦しいのだろう、眉が寄った。 「っん、んぐ……ぐ」  耳まで赤い。目には涙がにじんでいる。それでも懸命に口を動かしていた。  それをフレアは退屈そうに見下ろした。  ガシュウの口淫は相変わらず下手だ。声もただ苦しそうなだけで色気がない。 「もっと奥」  髪を乱暴に掴み、無理やり喉の奥へ押し込む。喉の肉が絡みつき、出し入れすればそれなりに気持ちいい。 「あがっ、ん……っ」  ガシュウは目を見開いた。焦点の合わない目に溜まった涙が、ぼろぼろと頬を伝う。それでも大きく口を開け、奥へ奥へと受け入れようとする。 「出すから、飲みこめ」  小さく震えたあと、ガシュウはわずかに頷いた。  フレアは一度引き抜き、また喉の最奥へ押し入れた。二度三度ゆるく動かし、そのまま射精をする。  精液は喉を伝って、ガシュウの中へ流れ込んでいく。  それだけの快楽を堪能し、引き抜いてやった。ガシュウは吐き出さないよう口を押さえた。喉が上下する。身を丸め、苦しそうに飲み込んでいた。  従順な姿を見下ろしながら、フレアは思った。 (ああ、くだらない)  ――バリンッ  子供の頭上でワイン瓶が割れる。  その子供は、フレアだ。 「あなた、やめて!」  母が叫んでいる。  遠い記憶だった。父は酒乱で、外では人格者として通っていた。地位も名誉もあった。誰もが羨む家族。立派な父親。  家の中では、父は酒臭く、母はいつも泣いていた。  くだらない。  こんな嘘の家族は、くだらない。  王宮前の噴水広場は、今日も人であふれていた。着飾った貴婦人たちがベンチで笑い、子供たちが駆け回り、露店の呼び声が飛ぶ。その片隅では、路上生活者がうずくまっていた。  宮廷騎士であるフレアは、街の見回りでそこを巡回していた。  ざわめきの中に、泣き声が混ざる。  そちらを見ると、子供がひとりで泣いていた。  周囲の大人たちは、声をかけるべきか迷っているようだった。騎士の制服姿のフレアに気づくと、皆ほっとしたようにその場を離れていった。  フレアは子供に歩み寄った。  泣き声が大きくなる。  子供の泣き声が、大きくなる。  頭の奥に響いた。 (泣きやめよ。うるせぇだろ!)  父の怒鳴り声がよみがえる。胸ぐらを掴まれた幼い自分。  止めに入った母は殴られた。怒鳴り合う声。泣き叫ぶ自分。  なんと賑やかな家だ。  フレアは子供の前で片膝をつき、目線を合わせた。つり上がった目元は、近寄りがたいとよく言われる。できるだけ警戒させないよう、口元だけ柔らかくする。 「もう大丈夫だ」  子供は目を見開いた。 「なぜひとりなんだ。親は一緒か?」  涙が止まり、少しずつ表情が変わる。 「……すごい。本物の騎士だ」  声が弾んだ。興味は泣き事から騎士へ移ったらしい。 「騎士って、みんなを護るんでしょう。じゃあ、もう大丈夫だね」  フレアは小さく頷いた。  話を聞くと、父親とはぐれたのだという。迷子は動かない方がいい。互いに探し回れば、すれ違う。  子供をその場に留め、一緒に待っていると、やがて平民風の男が慌ただしく駆け寄ってきた。父親だった。何度も頭を下げ、感謝の言葉を繰り返す。  子供は父親の姿を見た途端、安心したようにまた泣き出した。男は困ったように笑いながら子供を抱き寄せ、そのまま去っていく。  フレアは親子の背が見えなくなるまで見送った。 「国民を護る騎士、か……」  記憶の奥で、幼い自分が泣いている。  誰も来やしない。誰も慰めてはくれない。 (俺のことは、誰が助けてくれる?)  フレアは空を見上げた。  今日はいい天気だ。  噴水広場を外れた路地裏は、途端に人の通りが少なくなる。巡回の途中、フレアはそうした場所も見て回っていた。 「……騎士さま。そこの騎士さま」  呼ばれ、振り返る。  路地裏の隅、大きな樹の下で黒いローブ姿の男が手招きしていた。葉の濃い樹の下は昼でも薄暗く、深く被ったフードのせいで顔は影に隠れている。  男の前には古びた布をかけたテーブルがあり、その中央には水晶が置かれていた。 「占ってゆきませぬか?」 「まじない師か……」  ローブの袖から伸びた手は、骨ばって白い。 「悪いが、占いは信じていない」 「まあまあ、そう言わずに。お安く見てさしあげましょう」 「商売をするなら広場のほうでやれ。こんな場所では客も来ないだろう」  本来この辺りは商売禁止だが、こういう輩は多い。せめて釘くらいは刺しておく。 「そうなんですよね」 「何?」 「ぜんぜん儲からないんです」  フードを外した顔に、フレアは一瞬黙った。  目ばかりが目立つ顔だった。白目が広く、小さな黒目がぎょろりと動く。  頬はこけ、真っ白な髪は好き放題にはねている。  見るからに不健康そうな男だった。 「本当は広場の方でやりたいんですよ。でも場所取りの競争に負けましてね。こう見えて、物売りの世界にも力関係があるんです。あたしみたいな下っ端は、いい場所なんか取れないんですよ」 「それで、こんなところにいるのか」 「ええ。しかもインチキ占いじゃ客もつかない。全部嘘だから、お客さんに怒られちゃったりするんです。逃げるために場所を転々としているから、常連さんもできない。お金もないし、今日の夕飯どうしようかしら」 「待て。おしゃべりな奴だな」  放っておけば延々と続きそうだ。 「おまえの占いはインチキなのか?」 「へえ? インチキ? な、何をおっしゃいますか。あたしの占いは本物でございます」 「今、自分で言っただろう」 「言いました……? あれ?」  男はしばらく空を見てから、ぱっとこちらを向いた。 「いえいえ、めっそうもございません。正真正銘の本物です。ささ、騎士さま、どうぞ。料金はたったの千ベルにございます」 「するわけないだろ」 「五百ベル!」 「詐欺師が。捕まえてやろうか」 「それはダメです! それではガシュウが可哀想でしょう」 「誰だ、それは」 「あたしの名前です。ガシュウと申します。以後お見知りおきを」  わざとらしいほど恭しく頭を下げる。 「いいや、知らないな」  フレアは小さく息を吐いた。おかしな奴だ。 「ほどほどにしておけよ」  その場を離れる。角を曲がる前に振り返ると、ガシュウはまだこちらを見ていた。目が合うと、両手を大きく振ってくる。  なぜかフレアも、胸元まで手を上げて軽く返してしまった。  不本意だった。  浅く息を吐く。ため息のつもりだったが、口元がわずかに緩んでいた。  その後も巡回を続け、いくつかの揉め事の仲裁に入った。任務の終わりが近づくころになっても、頭の隅にさっきの男が残っている。  少し話しただけだ。変な男だった。  思い返すたび、笑いそうになる。  変に浮き立っていた。  そうだ、楽しかったのかもしれない。  それはフレアにとって、ひどく珍しい感情だった。

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