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02. 占いの結果は良い運勢
翌日、フレアはまた同じ路地裏を訪れた。
昨日と同じ場所で、昨日と同じようにガシュウが怪しげな店を広げている。こちらに気づくと、フードを外して大きく手を振った。薄暗がりの中で、白い髪が目立つ。
「や、これは騎士さま。またお会いしましたね」
「そうだな」
「占いはいかがですか?」
「遠慮しておく」
「お安くしておきますよ。なんとたったの二千ベル!」
「昨日より高くなっているな」
「あれ、そうでしたか? なら千五百ベルで」
「適当な料金設定だな。だから客も寄りつかないんだ」
「あ、あたしは崇高なまじない師ですよ。決してお金目当てではございません」
「本当か。昨日はいくら儲かった」
「これが全然。面白がってくれる人も、たまにはいるんですがね。昨日なんて騎士さま以外はゼロ。空き缶を広げて座っている方が、まだ稼げるってもんですよ」
建前をもう忘れている。
「あたしなんて、道で拾った綺麗な石に向かって適当なことを言ってるだけですからね。やっぱり伝わらないもんなんですよ。そういうもんなんですよ。別の商売に切り替えた方がいいのかなあ。でもあたしには何の才能もなくて。ああ、お金が欲しい……あっ」
さすがに言いすぎたと気づいたのか、ガシュウは慌てて口を押さえた。
「相変わらず、おしゃべりだな」
「へへへ。今のはちょっとした冗談でしてね、騎士さま。……あたしは崇高なまじない師」
「まだ言うか」
「占いはいかが?」
「いるか」
「へへっ」
誤魔化すように髪を掻く。
やはり呆れる。だが、その呆れに混じって胸の底が妙に愉快だった。
くだらない。
フレアは薄く笑った。
ガシュウはそれをため息とでも思ったのか、困ったような顔で頼りない笑みを向けてくる。
その作り物めいた笑顔に、ふいに苛立った。
フレアはガシュウの手を掴んだ。
「騎士さま? なにを?」
ガシュウが目を丸くする。腕を引こうとするが、力の差で動けない。
ひどく細い腕だった。少し力を入れれば折れてしまいそうだ。
フレアはその腕を見た。骨ばって細い。肌は乾き、指先の爪は割れている。顔を見れば、ガシュウは居心地が悪そうに目を伏せた。瞳の下には薄い隈があり、耳にかかる白髪には枝毛が目立つ。
――白い髪。
フレアも銀髪で、この国では珍しくない。だが、ここまで純粋な白はあまり見ない。
ガシュウは視線を下げたまま、落ち着きなく目だけを動かしている。やがて遠慮がちに口を開いた。
「騎士さま。そんなにじろじろ見ないでくださいな。そりゃあね、あたしは気持ちの悪い顔ですよ。物珍しいのは分かりますがね。はは……」
「そんなこと言っていないだろう」
「いや、でも。あんまり気分の良い顔じゃないでしょう?」
「おまえの勝手な劣等感だ。それに付き合うつもりはない」
「はあ……」
大きな目がぱちぱちと瞬く。意味が分かっていない顔だ。
「俺は気にしていない」
「そ、うですか……?」
ようやく顔が上がり、目が合う。まるで珍しいものでも見るような顔だった。
「それより、髪。珍しい色だな」
「あー、髪ね。真っ白ですよね」
ガシュウは胸の前で指を絡めた。
「よく分かんないんですけど、白くなっちゃいましてね。元は黒かったんですよ。苦労してるせいですかねえ。まだ若いのに、嫌になっちゃう……」
明るい声に、表情だけが曇っている。
天然の髪色ではないらしい。強いストレスで色が抜けることがあると聞いたことがあった。
「いくつだ?」
「え?」
「年齢」
「……二十二です」
「思ったより若いな」
「……騎士さまはおいくつですか?」
「二十八だ」
「あら。もっと上だと思っていました。落ち着いていらっしゃる」
思ったより年が近いのが意外だったのか、少し口調が砕ける。
「名はフレアという」
「フレアさま」
今度の笑顔は、さっきの困ったようなものではなかった。根から明るい笑顔だった。
気まぐれで名乗っただけだった。なのに、呼ばれた名前がやけに胸に残る。
苦しいような、落ち着かない熱さだった。
鼓動がわずかに速い。
それを悟られたくなくて、フレアはガシュウの腕を離した。
ガシュウは解放された腕をさすりながら、不思議そうにこちらを見た。
「フレアさまは力がお強いですね」
「加減したつもりだったが、痛かったか」
「いいえ。滅相もございません。あたしの細い腕とは違って、たくましい腕だと惚れ惚れしておりました。やはり鍛えられた身体は魅力的です。さすが、国民を護る騎士さま!」
無邪気に弾んだ声が、胸に刺さる。
「国民を護る、ね」
騎士でいる限り何度も向けられてきた言葉だ。昔から、その言葉が嫌いだった。
幼い自分が泣いている。
誰が誰を護るって?
誰が俺を護るって?
誰も護れない。誰も護ってくれない。
自分は、その程度の存在だ。
「騎士さま?」
ガシュウの声が、やけに近く聞こえた。
「……なんだ」
「いえね。今、ぼうっとしているように見えましたから。大丈夫ですか?」
フレアは内心焦った。そんなに顔に出ていたか。弱さに気づかれたみたいで、きまりが悪い。
ここで立ち去るべきだ。そう思うのに、足が動かない。
まだ胸の奥が熱を持っている。まだ話していたい。そんな子供じみた理由で、その場に留まる。
「おまえ。食事、ちゃんと食べているのか?」
「ご覧のとおり、貧乏人なものでして。まあまあです」
胸に手を当てる。その指もまた、ひどく細い。
「何が食いたい?」
「へえ?」
「飯、食べに行くぞ」
「え、いや、でも……」
「なんだ。俺とじゃ不満か」
「まさか! そうじゃなくて、その、あたしは、その、お金が、その……」
「誰がおまえなんぞに払わせるか。俺の奢りだ」
「え、でも、いや、そんな、悪いですよ。騎士さまに、そんな……」
食事に誘ったのに、歯切れが悪い。拍子抜けだった。もっと素直に喜ぶかと思っていた。
……喜ぶ?
なぜ自分は、こいつを喜ばせたいなどと思ったのか。
感情の整理はつかない。それでも、今さら引く気はなかった。
「それじゃあ、そうだな。食事がてら、占いでも見てもらおうか」
「占い、ですか?」
「それがおまえの仕事だろう」
フレアは先に歩き出した。背後でガシュウが慌ててついてくる。
「フレアさま!」
弾んだ声に振り返ると、ガシュウは大きな目で笑っていた。
「お礼に、良い運勢をバシバシ出しますからね!」
「だから、それがインチキだというんだ」
フレアはガシュウの頭を小突いた。
ガシュウはへへへと笑った。
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