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03. 楽しい会話のひととき

 フレアが連れてきたのは大して高くもない大衆食堂だった。  ガシュウは入り口の前で足を止めていた。 「どうした。期待外れだったか」 「いいえ、いいえ。まさか、そんなことは一切ございません。あたしね、騎士さま。その。こういうお店は初めてなんです」 「初めて?」 「ええ。だから、緊張してしまいましてね。お恥ずかしい。どうしたらいいか分からなくて……」 「どうもしない。俺のあとについて来ればいい」  店員に案内され、フレアはさっさと席に着いた。小さな二人掛けの席で、向かいへガシュウを座らせる。  ガシュウはおずおずと腰を下ろしたものの、すぐに店内を見回し始めた。 「そんなにきょろきょろするな。まるで不審者だろう」 「きょろきょろなんてしていませんよ。ちょっと見ているだけです。お店の中に入ること自体ね、あたしには珍しいです」 「そうか」 「広いお店ですね。棚に花まで飾ってある。あっちが厨房なんですね。あの機械は何に使うんでしょう」 「それをきょろきょろしていると言うんだ」 「みんな違うものを食べていますね。料理ってこんなにあるんですね……あちらの女の人、とても美人ですよ。ふふ、男の方はぱっとしない」 「おまえが言える立場ではないだろう。ほら、何を食う」  フレアはメニューをガシュウの前に放った。  ガシュウはそれを手に取らず、テーブルの上に置いたままメニューの文字を目で追っていた。  それから、口ごもりながら言った。 「い、一番安いものでお願いします」 「どれも大して変わらない。食べたいものを選べ」 「じゃあ……騎士さまと同じもので」 「変な遠慮はするな。飲み物も頼んでいい」 「んん……」 「どうした」  ガシュウは肩をすぼめ、赤くなった顔をさらに伏せた。 「あ、あのですね。騎士さまのような高貴なお方からすると、呆れられちゃう話なんですがね……」 「おまえにはすでに呆れてるから、安心しろ」  フレアは背もたれに寄りかかった。  ガシュウはますます俯いて、小さな声で言った。 「あの……お恥ずかしながら。ガシュウは文字が読めないんです」  学のなさを恥じているだろう。 「ああ、そうか。それでも食べたいものはあるだろう? この程度の店ならだいたい揃っている。言え」  フレアは、ガシュウの前に置いていたメニューを手に取って眺めた。 「あの。あのですね。あたしは料理の名前もよく知らないものでしてね。想像もつかないんです」 「いつも何を食ってる」 「主にパンです。食べ残された固いやつがよく捨てられているので、拾って頂いています」 「……じゃあ、米にするか」  店員を呼び、フレアはオムライスとオレンジジュースを頼んだ。自分はパスタとコーヒーにする。  ガシュウはどこか安心した顔になった。  店員が立ち去ると、小さな沈黙が生まれた。  ガシュウは懐から、いつも占いに使っている水晶を取り出して卓上に置いた。 「なんだ。持ってきていたのか、その石ころ」 「石ころではありません。魔力の込められた特別な水晶です」 「その辺で拾ったものだと言っていただろう」 「まあまあまあ。お礼に騎士さまの運勢を占って差し上げるお約束です」 「今やるのか」  ガシュウは目をつむると、水晶の上で手を滑らせた。  怪しいその仕草に、フレアはさすがに人目が気になった。  店内を見渡すと、ぽつぽつと入っている客たちは誰もこちらを気にしてはいない。  フレアは向き直し、そのまま怪しい儀式を見守ることにした。  水晶を何度か撫でると、ガシュウの手がピタリと止まる。次の瞬間、目がカッと開かれた。広い白目がよく目立つ。 「出ました。騎士さまの今日の運勢が見えます。これはこれは……!」 占いを信じていないフレアでも、そう言われると内容が気になった。 インチキだと分かっていてもだ。 「今日の騎士さまの運勢は、楽しくて大変に良い一日になります。眠る前はウキウキして、なかなか寝つけないかもしれません。でも安心してください。とっても幸せな夢を見るでしょう」 「……」 「以上でございます」 「それだけか」 「大層な内容でしたよ」  フレアはガクッと肩を落とした。  内容が薄すぎる。  普段からこんな薄い商売をしているのだろうか。それは客も寄りつかないものだ。 「そうか。良い話を聞けた」 「そうでしょう。そうでしょう。良い占いだったでしょう」  ガシュウはニコニコと満足した様子だった。 「フレアさまの今後は、良いことばかり続きます。とても楽しい人生になるでしょう」 「ああ。そう」  楽しい、という言葉は、フレアには重すぎた。  今まで生きてきて楽しい時間などはなかった。  両親の機嫌をうかがい、顔色を読み、そうして誰とも距離を取ってきた。  生きることは、息がしづらい。 「騎士さま、考え事ですか?」 「いいや。何もない」  ガシュウは、フレアが黙りこむとすぐ気づく。過去へ引きずられそうになるたび、ガシュウの声が現実へ引き戻してくれる。  それがなぜなのか、フレア自身にも分からなかった。  やがて料理が運ばれてくる。 「うわぁ、すごい。すごくおいしそうですね。お腹いっぱいに食べれちゃいますよ」  ガシュウは目の前の料理に目を輝かせた。  食欲をそそる匂いが立ちこめる。  ……それよりも。  フレアはガシュウの方を見た。  純粋に喜ぶガシュウの顔を見て、フレアは胸がいっぱいになった。

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