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26.温かい家
休暇の今日、フレアはガシュウの家に招かれていた。
ガシュウがどういう生活をしているのか興味があった。
家の場所を把握しておけば都合がいい。ガシュウが逃げることは、許さない。
それを、本人は分かっているのだろうか。
正午を少し回った。
いつもの、路地裏の大きな樹の下でガシュウを待っている。約束の時刻は過ぎている。向こうから誘っておいて、まだ来ていないことに呆れてしまう。
「フレアさま!」
呼ばれて視線を上げると、ガシュウが大きく手を振って駆けてくる。胸元で、首から下げた鍵が跳ねていた。
「お待たせしました」
「そうだな」
「…待ちました?」
「ああ」
ガシュウが下を向いてしまい「申し訳ありません」と弱々しく言うものだから「さっき来たところだ」と告げてやれば「良かった」と表情が晴れる。
…単純な奴だ。
「さささ、参りましょう。こちらです」
ガシュウが歩き出すので付いて行く。
フレアの家とは正反対の方向だった。
商店街を通るから、ケーキ屋に寄った。手土産だ。
「そんな、あたしが誘ったことですから。こんな高級なもの、買ってくださらなくて大丈夫ですよ」
「弟も食べるだろ」
「ポフはどれが好きかしら?」
弟の名を出せば変わり身が早く、ケーキを選び出す。弟には一番高いものを選び、ガシュウの分も買うと言えば一番安いものを選んだ。前にもこんなやりとりをしたと思い出し、おかしく思った。肩の力が抜ける。
「同じものを買うか。ケンカになると困る」
「あたしたち、ケンカなんてしません」
同じケーキを3つ頼んだ。上等な茶葉も買っていくかと選んでいると「うちは井戸水しかありませんよ」と言われたので、湯も満足に沸かせないだろうと察して棚に戻した。
瓶で売られている蜂蜜水を3本買った。甘いものばかりになるが、他に選びようがない。
「ありがとうございます」
「ああ」
「あたしが持ちますよ」
「いい」
瓶は見た目より重たい。
細い腕に持たせるのは心許ない。跳ねるように歩くガシュウにケーキを渡したら、ぐちゃぐちゃにしてしまうと容易に想像できて、断った。
商店街を抜け、素朴な住宅街を抜けると治安の悪さが目に付いてくる。酒瓶や吸殻、道端のゴミが目立つ。路上に座り込んでいる者、寝転んでいる者。
ガシュウは慣れた様子でそれらを通り過ぎる。
古びた家や、明らかに違法建築のような家が並ぶエリアは、貧困街と呼ばれる。
巡回の名目で外からの監視はしている。騎士の制服を脱いで足を踏み入れるのは初めてだった。
貧困街という一つの塊として見ていたその場所は、内側に入り込めば、そこの住人たちの生活が息づいていた。
洗濯物がなびき、路上で談笑している男たちの声に子供の笑い声が混じり、駆け回っている。
同じ人間なのだと認識させられる。
家に着くまでの道のりで、ガシュウは顔見知りにあえば「やあやあ、これはこれは」と忙しなく挨拶をしている。
住人は、ガシュウに愛想よく挨拶を返すと、不審な視線をこちらに向けて去っていく。
ここでは身なりの良さは浮くようだ。
自分の家の辺りを「白い」と言って身を潜めたガシュウの気持ちが、分かるような気がした。
「ここが、あたしの家です」
奥まった場所にひっそりとある小さな家。
黒の外壁は塗装なのか、汚れなのか。窓ガラスは無いと言っていたが、その通りだ。
玄関脇の古びた鉢植えに小さな花が咲いていた。
育てているものなのか、雑草が放置されているだけなのか分からない。
「…落ち着く家だな」
「でしょう。フレアさまの家からしたら、お恥ずかしい場所ですが、素朴で、居心地のいい家なんですよ」
「そうだな」
それは本心で、自分の家より、よほどまともにみえる。
ガシュウがドアノブに手をかけて玄関を開ける。
鍵を差さなかったが、弟がいるから施錠していないのだろうか。どちらにせよ不用心だ。
建て付けが悪いようでドアはガタガタと引っかかりながら開かれた。
ガシュウに続いて一歩踏み入れると幼い声がした。
「おかえり、ガシュウ」
小さな体がガシュウの腕の中に収まる。
「ただいま、ポフ」
ハグを交わすのが日常なのだろう。
兄弟の向こう側に見える、室内を見渡す。
壁紙はところどころ剥がれ落ちて、継ぎ接ぎで作られたカーテンがガラスの無い窓で揺れている。数少ない家具も古くて壊れそうで、拾ってきたものだろうかと疑う。
ここは狭くて、安っぽくて、とても、……幸せそうだ。
ガシュウから身を離した弟と、目が合う。
「ようこそ、我が家へ」
屈託のない笑顔を向けられる。そんな笑顔が出来るのは、やはり、ここが温かい空間のせいだろう。
だからこそ、足が止まった。
狭い室内の空気に、兄弟の気配が満ちている。呼吸の音まで、近い。
手を伸ばせば届く。だが、届いてはいけない。
フレアの家は荒れている。
愛着もないあの家に戻れば、今日も同じように散らかったままだ。
そこに縛られている自分が、ここに立っている。
金で縛り付けておいて、今更、何もなかったかのように素知らぬ顔をするつもりか。その輪に入り込めるとでも思ったか。
馬鹿げている。本当にくだらない。
フレアはこの家に来たことを後悔していた。
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