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28.ショコラトルテ 

 ポフはガシュウに肩を抱かれたまま、フレアに紹介された。 「弟の、ポフです!」  見せびらかすみたいに肩を揺すられるから、少し恥ずかしい。 「初めまして、フレアさん。兄がお世話になっています。あの、名前はフォレストと申します」  フレアの眉がわずかに下がる。やはりガシュウはフォレストの名前を告げていないのだと察する。  よくあることなので動じない。 「ああ、よろしく」  フレアは短く返事をすると黙ってしまう。そっけない態度に笑顔の置き場を失う。どうしていいか分からずに、ガシュウの方を見上げた。  ガシュウは楽しそうにニコニコしている。ガシュウが笑っているなら悪い空気ではないのだろう。 「フレアさま、さささ、どうぞ中へ」  ガシュウの手が肩から外れ、テーブルの方へ差し出してフレアを招き入れる。 「ああ」  短く返事をしたフレアは室内に足を踏み入れる。ポフの前を通り過ぎて、ガシュウに言われるままテーブル前の床に座った。 「ポフもおいで」  ガシュウに呼ばれて、フレアの動きを見つめすぎていたことに気づく。失礼だったかもしれない。 「うん、今いくよ」  開けられたままだった玄関の扉を閉じて、テーブルの輪に向かった。  ガシュウの隣に座った。丸いテーブル越しにフレアと向かい合った。古い家具ばかりの家の中で、このローテーブルだけは新しい。 「このテーブルはガシュウの賃金で買ったんです。フレアさんがガシュウに仕事をくれたおかげです」 「そうか」  目だけがこちらをなぞって、すぐに窓の外へ逃げた。短い返事に次の言葉が出てこない。会話が伸びず指先だけが落ち着かない。  ガシュウが「あたしが選んだんですよ」とニコニコと伝えると「そうか」と同じ返事をしていた。  フレアが手荷物の紙袋をテーブルに置いた。 「ほら」  ほら……何なのだろう。戸惑っているとガシュウは紙袋を寄せた。 「フレアさまがお土産買ってくださったの。ケーキ!」 「えっ、ケーキ!ありがとうございます。わあ、嬉しいな」  思いがけないケーキの登場に舞い上がる。礼を言うと、フレアは表情を変えずに「ああ」とだけ返事をした。  ケーキの箱を取り出して「どんなケーキ?」とガシュウに顔を寄せる。 「フレアさまが選んだのよ」  そう言って開かれた箱の中は、スポンジの間にジャムが挟まれ、チョコレートクリームでデコレーションされたケーキが三つ入っていた。 「ショコラトルテだ。おいしそう!」 「なあに、それ?」 「トルテ。ケーキの名前だよ。チョコのスポンジが好きだから嬉しいな。ジャムはアプリコットかな」 「ふうん、なんだか賑やかね」  分からない単語が並ぶと、ガシュウは決まってこういう顔をする。ケーキに詳しい必要はないので「とっても美味しいケーキだよ」と伝えた。 「お店で売ってるケーキを食べるのは、ガシュウ、初めてかも」 「そうかもね。孤児院の時は、クリスマスにミーチェさんがケーキ作ってくれたから、僕もそれが最後かも」 「あの食堂のお姉さんね。クリスマスのケーキおいしかったわね」 「うん。あ、僕、お皿とフォーク取ってくる」  玄関横のキッチンに向かう。引き出しからお皿を三枚、できるだけ綺麗なものを選ぶ。フォークとお皿は、形も大きさも揃っていない。 「あとね、はちみつもあるの」 「蜂蜜?」  それも手土産だろう。けれど、蜂蜜だけ舐めるわけでもない。何に使うつもりなのか分からず、手が止まる。 「蜂蜜水、だ」 「それです!」  フレアが言い当てると、ガシュウがぱっと顔を明るくした。 「グラスはあるか?」 「あっ、はい」  少し振り向いたフレアの横顔で、金色の瞳が光を返す。刺さるようで、手元がぎこちなくなる。  グラスはない。欠けたコップを三つ、お皿と一緒に並べて置いた。 「ありがとう、ポフ」 「うん。ねぇねぇ、早く食べようよ」 「うん!」  早く食べたいのは本音だけど、フレアに対しての緊張が解けず、いつも以上に子供っぽく振る舞ってしまう。  ケーキの取り方が分からないガシュウに代わり、ケーキを取り分ける。蜂蜜水をコップに注ぐと瓶一本で済んで、残り二本をテーブルから下ろして端に置いた。 「いただきます」  ガシュウと声を揃えて言うと、ケーキを一口食べる。チョコレートの甘さとアプリコットジャムの甘酸っぱさが絶妙な味わいだ。  おいしいケーキは幸せな気持ちになる。 「おいしい!おいしいです、フレアさん」 「なら、よかった」  低い声が乾いている。この短い返事にどうしても身構えてしまう。手を伸ばした先で、空振りしたみたいな感覚だ。  フレアは静かにケーキにフォークを入れた。  ぶっきらぼうな言い方とは裏腹に、カトラリーの扱いはとても丁寧だった。

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