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第一回
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【第1話】同室になったΩとα、誤解と期待の距離感
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――第1章:部屋替えの日
高校2年の夏休み明けに、寮では部屋替えが行われる。
表向きは、新しい人間関係の構築だと学校側は言っているが、実際のところは学校に通うアルファのために、相性が良いオメガをあてがうためだとの噂が絶えない。
この学校は、市内随一の進学校だ。優秀かつ権力を持つ家柄のアルファも多数通っているから、学校側への圧力もあるのかもしれない。
真意のほどは分からないし、さすがに男性アルファと女性オメガが同室になることはないが。
夏休みの間、自分で荷物をまとめて移動する生徒もいれば、寮のスタッフや自身の家の使用人に任せる者もいて、そこでもアルファとオメガの格差が窺えた。
三浦律(みうら りつ)は、少ない荷物を段ボールに詰め、移動先の部屋に向かう。同室は、アルファの中でもさらに上流家系出身と言われている橘蒼司(たちばな そうじ)だ。
律 (僕がアルファと同室になるなんて)
普段から抑制剤を欠かさず服用し、ヒート時も薬で制御している律は、普段からアルファには近づかない様にしていた。もし、ヒートのときに何かあれば、学校にも居られなくなるだろう。
律 (気を抜かず、いつも通りにしていれば大丈夫…)
律は、部屋に入る前に心の中で小さく決意してから、ドアを開けた。
玄関部分にちょっとした共有スペースがあり、奥には左右に分かれてベッドとクローゼットが置いてある。窓際には机と椅子が1組ずつ。
…この部屋だけ、地震でもあったのだろうかと律は思った。服や小物が、ベッドや床に散乱している。一部は、律のベットにも進出していた。
蒼司 「あー!片付かねぇ!なんでだ?」
頭をガシガシとかきながら、ベッドとデスクの間で、男が声を上げている後ろ姿が目に入った。
身長は、180センチはあるだろうか。やや明るめの髪、綺麗な形の背中。
律 (橘蒼司?この人が、アルファ?)
アルファと言えば、高慢で強引で完璧主義、が律のイメージだ。実際クラスメイトのアルファの印象は良くない。
しかし、子どもみたいに部屋を散らかして、悪態をついている蒼司の姿には…良く言えば人間味がある。それが、律が見た、蒼司の第一印象となった。
律はやや呆気に取られながら、持ってきていた段ボールを玄関脇に置いた。
――第2章:同室になったαとΩ
玄関から物音がして、蒼司は振り返った。途端、蒼司の鼻腔が、微かなオメガのフェロモンを感じた。脳にバチっと何かが到達する。初めての感覚だったから、それが何かは分からない。
真面目な顔をした黒髪メガネの生徒だ。背は俺より低いな、と見たままのことを思う。
蒼司 「三浦律か?同室の」
律 「そうです。あなたは、橘蒼司さんですね」
匂いに惹かれて、蒼司は玄関の方に向かった。やっぱり、微かではあるが、甘く綿菓子のような香りがする。
蒼司 「律、お前オメガだよな?ちょっと良い匂いするし」
蒼司がすんすんと鼻を鳴らす。それを聞いた、律は絵に描いたように青ざめた。
律 「え?僕、抑制剤使ってるのに、何でフェロモンが分かるんです…?」
そのままだと首筋を嗅ぎに来そうな勢いの蒼司から、律は数メートル距離を取る。
なぜと聞かれた蒼司は、あっけらかんと答えた。
蒼司 「あ、やべ。今日飲んでなかった」
律 「はぁ…?あなた、本当にアルファですか?ある意味、アルファのほうが抑制剤は必須でしょう?」
オメガが抑制剤を使用する主な目的は、アルファを誘引しないことと不定期にヒートにならないようにするためだ。
対してアルファもオメガを不用意に誘引しないことはもちろん、ヒートのオメガに対しての暴力性を抑えるのが目的という違いがある。
特に上流階級のアルファは、理性を重んじるのが美徳のはずだ。
それを知っているはずの蒼司は、律に抑制剤の服用を問われて目を泳がせた。
蒼司 「でも今まで平気だったし…」
律 「今そうじゃないじゃないですか…」
言われた蒼司は散らかった部屋へ戻り、キョロキョロとする。
蒼司 「じゃあ、俺の薬探してくれ。片付けてたらどっか行ったんだよ」
律 「…」
さも当然の様に蒼司は言う。律は深いため息をついて、おろした荷物を再び抱え、ベッドのある共用スペースに向かった。
落ちている物を踏まない様にしつつ、自分のベットの方に進む。
その時だった。
蒼司の近くに来た時、普段なら絶対に感じるはずのない香りを感じる。
汗や香水の匂いでは無い。目の奥をざらりと撫でるような、鋭く鼻腔を刺すような香りだった。
律 (え?これって、橘さんの…?)
初めてヒートになって以来、律は抑制剤を使用し続けている。おかげで、高校に入ってからもアルファのフェロモンを感じたことは無かった。
今日だって、すでに服用している。
なのに何故…?
律 (早く、探さないと)
このまま蒼司のフェロモンが漏れ続ければ、最悪の場合オメガである自分がヒートになりかねない。律は慌てて、アルファ用の抑制剤が無いか、探し始めた。
蒼司 「一生懸命探してくれてるな、助かるぞ」
律 「お礼はいらないので、さっさと見つけてください」
蒼司 「何だ、照れてるのかよ」
会話をすると疲れるタイプだ。律はそう感じ、無視した。それよりも、早く見つけないと。
蒼司 「あ、あった!」
蒼司は、自分のベッドの下を覗き込んでいた。何でそんなところに…と律は頭を抱える。
蒼司は、手を伸ばして薬のボトルを掴み出すと、一粒取り出して飲み込んだ。
律 「あ、水…」
律が言うが早いか、蒼司が盛大にむせる。律は仕方なく、備え付けのウォーターサーバーから水を入れて渡した。
受け取った蒼司は、一気に飲み干す。
蒼司 「助かった」
そう言って、コップを律に渡す。
律 「…何で僕に渡すんですか」
蒼司 「え?」
律 「あなたが使ったんだから、あなたが片付けてください」
律はコップを返そうとする。
蒼司 「何で?そう言うのは、将来の番である三浦の役目だろ?」
さも当たり前の様に蒼司は言う。律は、一瞬目を見開いたが、さっきよりもさらに眉間のシワを深くした。
律 「僕はあなたと番になる気なんて、サラサラありませんけど」
蒼司 「え?!俺を選ばない?…それ、冗談だろ?」
この人は、どんな育ち方をしてきたのだろうか。
選ばれて当然と言う態度だけは、アルファらしいと言えばアルファらしい。
律 「…オメガを何だと思ってるんですか」
蒼司 「俺が養って、オメガは俺の世話をする」
律 「…価値観が古代史レベルですね」
蒼司 「古代はそうだったのか?」
律 「はぁ…もういいです。どうせ、掃除も整理整頓も出来ないんでしょう?」
蒼司 「できないんじゃなくて、やらないんだ」
律 「僕と同室になる前はどうしてたんですか」
蒼司 「ルームメイトがやってくれていたが」
蒼司の目線が右上をみた。部屋替え前を思い出している様だ。前のルームメイトが、アルファかベータかオメガかは知らないが、律はツケが回ってきた様な心地になる。
律 「それが当然だと思ってもらっては困ります。今日は手伝いますが、明日からは手を貸しません。自分で何とかしてください」
蒼司 「何とかって、具体的にどうすりゃいいんだよ。で、それ俺がやる必要あるのか?」
想像がつかないと言った様子で、蒼司が聞く。
律 「部屋は散らかさない、自分で使ったものは自分で片付ける」
蒼司 「…なるほど。まあ、できるだろ」
律 「抑制剤はちゃんと飲む」
蒼司 「律が飲んでいるなら、俺が毎日飲む必要はないんじゃないのか。たまには飲んでいるし」
律は目眩を覚える。由緒正しいと噂の橘家の御曹司が、この体たらくだ。
それに、またあの香りがするなら、僕の抑制剤の効きが悪くなっているのかもしれない。やっと、身体に合う薬を見つけたってのに。
律 「それで、フェロモン振り撒いて、ヒートになったオメガに手を出したら、退学ですけど?まあ、僕は部屋が静かになるんで構いませんが」
蒼司 「せっかく同室になったのに、それは嫌だな」
蒼司は素直にそう思った。目の前のオメガの男は、今までに見てきた者たちとは反応をするので面白い。艶のある黒髪と、知的な眼鏡の奥の瞳、睨む様に見てくる視線も新鮮だった。
…よく見れば、整った顔立ちもしているし。
律 「なら、僕の案を飲んでくれますね?」
蒼司 「そうだな。じゃあ、律、頼んだ」
律 「…頼んだ?」
蒼司 「毎朝、薬を用意してくれ」
律 「…はぁ」
律は諦めた。
言葉は通じるが、自分がこれまで身につけてきた常識は通じない。それを念頭に置かなければ、この橘蒼司とはやっていけそうにない。
蒼司が抑制剤を探すためにさらに散らかった部屋を見渡して、律はもう一度深くため息をついた。
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【第2話】すれ違うαとΩ、それぞれの現実
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――第3章:αな蒼司の日常
3限目と4限目は、校内のアルファのみを対象にした授業が行われる。この学年のアルファは、蒼司を含めて7人。皆それぞれ、政治家や官僚、有名スポーツ選手などを親に持つ。
蒼司の家も、代々続く名家だ。
特別授業では、政治経済、交渉術など、将来のリーダーを育てるための特別カリキュラムが組まれている。進路指導もベータやオメガとは別だ。
アルファを優遇する教育に異議を唱える者もいるが、蒼司の周りではそういった声は聞いたことがなかった。
蒼司 (…)
蒼司は、黒板に映される文字列を、意味のない文字列としてただ眺めていた。頭にあるのは同室になった三浦律。
アルファである俺に、臆することのないオメガ。
部屋を散らかすな、野菜を食え、薬は飲んだのかと、毎日のように言ってくる。
蒼司 (もう少し優しく言ってくれれば俺だって…)
思い出して不貞腐れていると、「橘」と教師が呼ぶ。慌てて思考を戻すと、教師が黒板の一部を指差していた。解答しろということだ。
蒼司は、一瞬考えたが、何も出てこない。仕方ないので、隣の席の二階堂に聞く。
蒼司 「アレの答えは?」
二階堂 「判別式 D ≧ 0 → 4 - 4k ≧ 0 → k ≦ 1」
蒼司 「だそうだ」
二階堂が答えたので、蒼司はどうだとばかりに教師を見る。教師は、ひとつため息をついて言った。
教師 「正解だが、そのようなやり方は感心しないぞ、橘」
蒼司 「なぜだ?できる者がやればいいと思うが」
教師 「君にもできるようになってもらわないと、先生として困るんだ」
蒼司 「成績に響くのか?」
教師 「響く」
蒼司 「響くなら対処する」
そのやり取りを何人かのアルファが、ニヤニヤとしながら見ていた。視線が語る。
――橘家の息子ってあの程度かよ
――あのくらいも解けないのか
蒼司は居心地の悪さを感じつつも、表情を崩さずに、教科書に視線を戻した。勉強は得意ではないと自覚しているが、それをわざわざ面白がる神経はよく分からない。放っておけばいいものを。
隣の二階堂が、気にするなとばかりに背中を一度叩く。蒼司も気にするなと、軽く笑みを返した。
4限目が終わり、昼休みに入る。生徒たちが教室から出ていく中、蒼司は座ったままだった。
二階堂 「蒼司、さっきの気にしてんのか?」
蒼司 「いや。慣れているからな。それより、二階堂」
蒼司は、座ったまま、隣に立つ二階堂を見た。
二階堂 「何だ?」
蒼司 「お前は、番候補とは同室か?」
夏休み明けの部屋替えは、表向きは生徒の交友関係を広げる目的とされている。しかし、アルファの生徒と相性が良いとされるオメガが同室になるケースが多い。つまり、アルファのための番探しが行われているのだ。
あくまで「噂」だが、当の本人たちはそれを事実だと考えている。それに、抑制剤を使用していれば、番であってもフェロモンの影響はほとんど受けない。だからこそ、実現している仕組みでもある。
二階堂 「まあ。ただ、オレとマッチするやつが3人いるらしくて、隣の部屋にもオメガが2人」
蒼司 「候補が3人!?」
驚いて思わず大きな声が出る。二階堂は、うるせー、という顔をしつつも続けた。
二階堂 「そ。他のやつも、2人とかみたいだぞ。今学年は、オメガの方が多いしな」
蒼司 「俺は1人なんだが」
律は選ばれしオメガだったのか。蒼司の中で都合よく結論が出される。
二階堂 「ああ、三浦律だろ?」
蒼司 「律を知ってるのか」
律の名前が二階堂から出たことにも驚く。
二階堂 「ああ。オメガなのに、入試でほぼ満点取ったってどっかで聞いた」
蒼司 「頭がいいのか?」
二階堂 「良いのかと言われると、アルファみたいに潜在的な知能じゃないんじゃないか。でも、アルファを除けば学年トップだぞ?」
蒼司 「は?トップ?」
二階堂 「成績良いの知らなかったのか」
蒼司 「知らなかった」
部屋替えが終わり、夏休みが明けて2週間。
言われてみれば、自室にいる間の律は勉強しているか寝ているかだ。死んだように眠るので、こっそり息をしているか確かめたことがある。律の寝顔が一瞬脳裏をよぎった。同時にほんのかすかな甘い香りも。
二階堂 「オメガでヒートもあるだろうに、学力キープしてるって凄いよな」
言われて気づいたが、蒼司はまだ律のヒートを目の当たりにしたことがなかった。自分の母親はベータだし、姉もアルファなので、オメガとこんなに近い距離で生活するのは初めてのことだ。
それに、律に口酸っぱく言われているので、今は抑制剤も欠かさず服用している。薬のおかげで、律のヒートにも気づいていないのかもしれないと蒼司は思った。
二階堂 「今日寮に帰ったら、三浦くんに勉強教えてもらったら?」
蒼司 「いいな、それ。帰ったら聞いてみる」
頭のいい律が教えてくれるなら、自分でやるよりもきっと効率がいい。それに番候補なのだ。頼めばきっと聞いてくれるだろう。蒼司は心のなかでよし、と小さく気合を入れた。
二階堂 「候補1人なんだし、大事にしろよ」
蒼司 「してるつもりだぞ?」
二階堂 「はいはい。じゃあ、飯行こうぜ」
二階堂は一瞬肩をすくめたあとに歩き出す。蒼司も立ち上がり、教室を後にした。
――第4章:Ωな律の日常
アルファと…橘蒼司と同室になって2週間。1限目の授業に間に合うように、律は廊下を歩いていた。
極力アルファを避けていたのに同室なんて、と律はもはや日課となっている愚痴を心の中でこぼした。
しかし、学校に従わない訳にもいかない。学業成績の優遇枠で学費免除を受けているため、波風を立てると何に影響するか分からない。この学校はアルファに「優しい」し。
教室に入ると、半数がすでに席についていた。
中に1人、アルファがいる。
番候補か取り巻きかが、彼を中心に輪を作っていた。得意げに何か話し、周りが持ち上げる。きゃあきゃあと、耳障りな騒音だと律は思った。
律 (媚びてる方も媚びられてる方も、どっちもどっちだ)
一瞥してから、席に着く。しかし、視線に気づいたらしいアルファが、律のもとにやってきた。
飯塚だ。頭脳明晰、スポーツ万能、人心掌握にも長けている。…まぁ一部の人間相手だけど。僕が橘さんと同室になったと知ってから、やたらと絡んでくる。
飯塚 「三浦、来たなら挨拶は?」
律 「おはようございます」
抑揚をつけずに返した。目も合わせる気はない。僕の態度を、飯塚は鼻で笑った。取るに足らないと言うかのように。
飯塚 「朝から機嫌悪いな?」
律 「平常運転です。予習するので、放っておいてくれませんか」
飯塚 「オメガの癖にアルファから離れたいって、おかしな奴だな相変わらず」
オメガの癖に、が飯塚の口癖だ。どこまで行ってもアルファ様だな、と律は内心思う。
律 「そうでもしないと、あなたを抜いて本当の学年トップになれないので」
飯塚 「お前の同室は、昨日、簡単な問題すら解けてなかったけどな?」
律は、飯塚がバカにしたいのは蒼司の方だと思っている。家柄では敵わないのだろう。そして、本人に言えば、都合が悪いことになりかねないとも考えている、と。
律 「良いじゃないですか。競争相手が減って」
飯塚 「お前がアルファだったら、張り合いがあったのにな」
ハハ、と何が面白いのか、飯塚は笑ってから輪の中に戻って行った。
律 (何なんだよ、毎回…)
蒼司と同室になってからというもの、飯塚のようによくわからない嫌味を言われたり、蒼司を狙っていたらしいオメガに冷たい視線を向けられたりと、律の生活は変わった。悪い方に。
律 (僕がオメガじゃなければ良かったのに)
そう内心でつぶやいてから、小さく頭を振った。
律の母はオメガだ。
番化せず、1人の女性として僕を産み育てた。そして、オメガだからと言い訳をしない。仕事で大変なときも、ヒートでしんどそうにしていても。
そんな母が事あるごとに言うのが「フェロモンやヒートと、上手く付き合う術を身につけなさい」だ。だから僕は、抑制剤は欠かさない。ヒートにのまれるのが怖いから、でもある。
それなのに。
よりにもよって、アルファの自覚の薄い橘さんと同室になるなんてついていない。
律は不本意ながら、毎朝蒼司に抑制剤を飲ませるために起こし、ちゃんと服用するかを見張っている。初めのうちは渋々と言った感じだったが、今はそれが当たり前かのような態度だ。薬を飲むたび「飲んだぞ」と自慢げに見てくる。
律 (あの人は、抑制剤が自分を守るものって自覚がないのかな…)
それに、部屋を片付けてと言えば、当の本人は、「律、これどこに置くやつだっけ?」と言い出す有様だ。僕の方がものの場所を把握しているんじゃなかろうか。
律 (…勝手にいくつか捨ててやろうかな)
注意すれば、一応は片付けるだけ、マシかもしれないけど。
ぐるぐると問題ばかりが頭に浮かんでは、消えていく。教科書をめくっても答えは書いていない。
律 (でも、飯塚よりマシか…)
飯塚と同じアルファだが、橘さんは今のところ悪意を持って僕に接してはこない。幼い・無自覚・手がかかる・思慮不足。橘さんは、悪い人じゃないけどめんどくさい。会話すると疲れる。
放課後、自室ではなく、図書館で静かに過ごすという手もあるが、校舎の施錠時間や寮の食事・入浴時間を考えると利用できるのは僅かな時間だけだ。
律は、何度か深呼吸をした。
食事と睡眠は、今のところ取れている。
体調が悪い訳でもない。勉強に集中できれば、時間もあっという間に過ぎていく。
あと、1年と少しだ。
このまま学力だけは維持して、奨学金で大学に行く。そして、就職したら、母さんに恩返しをするんだ。だから、僕も母さんみたいに強く生きなければ。
オメガでも、ヒートがあっても。
僕は、僕として。
やがて始業のベルが鳴った。それを合図に、律は意識を黒板へと移した。
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