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そうして

 そうやってなんやかんやあって、僕と徹は付き合うことになった。でも僕は手術のためにすぐに海外に行かなきゃで、付き合っているという実感は全くなかった。海外に行ったことで日本との時差もあり、あまり連絡の取れない日々。時々通話もしたけど、すぐに切らないといけなかった。  手術しても、体の弱さが治る訳ではない。ただ、生きれる年数は格段に上がるだろう。これは担当医に言われていたことだ。徹にも、付き合う前にそのことを伝えていた。うるさいことに担当医と遥もそのことを伝えて上で付き合えるか聞いたらしい。徹の返事は、『俺は、旭にたくさんの勇気をもらいました。同時に、幸せもたくさん。だから今度は俺が旭のそばにいて幸せにしてあげたい。病気ごときで離れるようなくそ野郎なら、こんなとこまで追いかけていません』だった。隣にいる真っ赤に照れた僕の手を、徹は優しく握ってくれた。それもう、プロポーズと一緒じゃん、って思った。  その後僕は海外に渡って手術を受けた。リハビリも必要で、日本に帰るのには半年かかると言われた。僕は、それでもいいと思った。前までは日本に執着などなかった。徹と付き合った綺麗な思い出だけ持って消えるつもりだった。日本には帰らないと、そう両親にも伝えていた。でもいまは…いまは、帰らないといけない理由ができた。徹だ。彼の存在は僕を強くした。生きようと、もっと生きて一緒にいたいと思わせてくれた。だから、意地でも帰らないといけない。  僕は先生たちも驚くスピードで容体を回復させ、リハビリを頑張った。ベッドから起き上がる時の身体中の痛みは酷く、リハビリをするときは手すりを使っていても何度も転んだ。でも諦めなかった。どれもこれも、徹との明日のためだった。そうして僕は予定より1ヶ月近く早く退院することができた。もちろん、退院するということは日本に帰れるということ。先生からそれを聞かされたときは本当に嬉しくて、ガッツポーズをした。あくまで心の中だけどね。  遥ともここでお別れかーなんて思ってたんだけど、驚くことに遥は僕と一緒に帰るらしい。当初の予定では、二人とも海外の高校に転入という形を取るつもりで、僕が帰るとなった今、僕だけが日本の高校に戻るつもりだったんだ。でもよく無理をする僕のために、遥をお目付役として日本に同時に返すつもりらしい。両親は元々海外出張の多い人たちだったから、海外にこのまま住んでいた方がいいとは思っていたけど…まさか、遥と帰るなんて。僕は予想だにしない両親の考えに頭を抱えた。だって、正直…遥はうるさい。どっちがお兄ちゃんかわからないほど口うるさいのだ。やれ風邪を引くから厚着しろだの、やれ体が弱いんだから外に行くときは一緒について行くだの、耳が痛くなるほどなのである。それに、遥は、徹と僕の付き合い方にまで事細かに注意してくる。まぁ、最初に雨の中で抱き合って風邪をひいてしまった事もあり心象が悪いんだろうけど。でもそこまで口を出されたらたまったもんじゃない。僕だって、人間なのだ。なんでもはいはい、と頷いて言うことを聞くロボットじゃない。…遥には、悪いと思っている。僕の体が弱いせいで両親を独り占めしてしまったこと、こうしてお目付役だなんてさせてしまっていること。きっと遥にだってやりたいことはあるはずなのに、僕の存在が全てを邪魔してしまう。遥にはもう、自由になってもらいたかったのに。でも僕は天邪鬼だから、遥にそれを伝えることができなかった。  そうこうしているうちに日本に帰る時がやってきた。内心遥と帰るのはちょっと不満だったけど、徹に会えると思えばそんなこと屁でもなかった。  両親に別れの挨拶をし、飛行機に乗り込む。両親は終始僕たちのことを―特に僕のことを―心配していて、最後でもないのに泣きそうになっていて、そんな二人を宥めるのは大変だった。いつも海外出張で家にいないのに、と飛行機に乗る際遥はボソッと言った。僕はそっと遥の肩を小突いた。  飛行機に乗って10時間ほど。行きと変わらずヘロヘロになった僕だったが、すぐに回復する出来事が起こる。荷物を持って待合場所に出れば、椅子に座って携帯を触る徹がいたのだ。今日は平日。もうすぐ春休みだったが徹の学校の春休みとは運悪く帰国日と重ならなかった。だから出迎えは断っていたのに…。 「えっ」  思わず声を出せば、その声に呼応するするかのように徹が僕の方を向いた。徹は何を考えているかわからない表情で僕たちに近づくと―僕をぎゅっと抱きしめた。 「と、とと、徹?!なんで…っ」 「おかえり、旭」 「た、ただいま…え、でも、なんで」 「学校休んだ」 「ええっ」  徹が体を離し、僕の問いに答える。 「恋人が帰国するってのに、学校なんか行ってられるかっつーの」  目と目を合わせてそう言われ、僕は顔を真っ赤にする。この時僕は改めて、徹と付き合っていることを実感した。  僕たちの間に甘い空気が流れていると、後ろからこほんと咳払いが聞こえる。あ、遥のこと忘れてた。 「目に毒だなぁ、どいて」  遥はツンとした態度で僕と徹の間を通り抜け、一度振り返り、タクシー呼んどくからその間話してれば?と言った。僕はありがたくその提案に頷き、徹と待合席に座った。  僕は主に海外での出来事について話した。海外ならではの文化とか、食事とか、生活面とか、日本とかけ離れていて面白かったことなど。徹は日本といたときと同じようにうんうんと頷いて聞いてくれていて、僕は嬉しくなった。徹は変わっていない。僕が日本にいた時から、何も。静かに僕の話を聞いて、時々返事をくれる。徹は自分のことを無口だ、なんて称していたけど、ただ聞上手なだけだと僕は思っている。  数分そうして話していると、遥がタクシー来たよと教えてくれる。タクシーに乗るのを遠慮していた徹だったけど、最終的には折れてくれて後部座席に僕と徹、助手席に遥が座った。  30分ほどでタクシーは家に着き、僕たちはダンボールだらけの家に帰ってきた。本来なら海外に住むはずだったため、ある程度荷物を片付けてしまっていたのだ。結局僕は徹に見つかって、日本にこうして帰ってきたわけだけど。まずは、引っ越した訳でもない我が家の荷ほどきから始めないといけない。僕が腕まくりをした瞬間、遥がすっと僕の目の前手を差し出してきた。 「片付けは明日からにしよう。朝比奈さんと積もる話もあるだろうし、部屋に行ってていいよ」 「え、いいの?」 「その代わり明日から数日は片付けのために朝比奈さんを家にあげないでね」 「あ、うん。わかった」  全く、本当にどちらが兄なんだか。僕は軽くため息をついて徹を自分の部屋に通す。ダンボールがいくつかある僕の部屋は、ベッドだけそのままになっていて、座るところがないためそこに二人で座ることになった。 「…」 「……」  沈黙。さっきまでは普通に話せていたはずなのに、今はなんだか緊張して話せない。だって、僕の部屋に徹を入れるのは初めてだったから。 「あ、あの」 「ストップ」  話そうとして、徹に口を塞がれる。目線だけでなに?と伝えれば、徹は視線を逸らして、あーと言った。 「何も、言わないで」 「むぐ…」  そう言われてしまうと、何も言えない。でも僕はいたずら心が芽生えて、徹の掌を舌でペロリと舐めてやった。途端に離れる手と、睨んでくる徹。やってやったとばかりに笑ったのに、徹はまた下を向いて無言になってしまう。どうしたんだろう、と俯く彼の顔を伺えば、グス、と鼻を啜る音が聞こえた。え、泣いてる?! 「ど、どうしたの徹!なんで泣いて」 「泣かずにいられるかよ…手術成功したって聞いてどんだけ俺安心したか、旭にはわかんないだろ」 「…ま、まあ」  最初から成功する手術だった。ただ、手術できるまでの期間が必要だっただけで。  ふと、思う。徹は、もしかしたら周りにこうして手術をしたという人間がいないのかもしれない。だから不安になって、こうして会うまで心細くなって…。それを思うと、さっきまで普通に話していたのが少し申し訳なく思った。口数が少なかったのは、泣くのを堪えていたからかもしれない。 「…大丈夫だよ」  未だ僕の方を向こうとしない徹の頭を、そっと抱きしめる。 「ほら。僕ちゃんと帰ってきたでしょ」 「…あぁ」 「ね、安心して。僕めちゃくちゃリハビリ頑張ったんだからね!」 「知ってる」 「っふふ、徹の泣く姿久しぶりだなぁ」 「うるさい」  徹が、また鼻を啜る。心配させてしまった申し訳なさと泣いてしまった徹の可愛さで、僕の顔は破顔一笑していた。少しすると徹が泣き止んで顔をあげて、僕の唇を一度攫って行った。 「おかえり、旭」 「ただいま徹」  僕たちは、今一度挨拶をし合ったのだった。   

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