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プロローグ

 三月下旬。都内某所にある『VIPマグナム』男子寮の一室にて、悲劇は起こった。 「あー、ども。俺、今日からルームメイトになる御子柴(みこしば)晃大(こうた)です。クラブでバイトしてるから深夜とか明け方に帰宅することが多いんだけど、そういうときはできるだけ起こさないよう気をつけるから、理解よろし……」  そのとき、確かな違和感が過った。  言葉を止め、晃大は正面に立つ青年をまっすぐと見つめる。  成人男性の平均身長を十センチほど上回る晃大とは対照的な、小柄な体格。目算、百六十五センチ前後といったところだろうか。  身に纏った無地のTシャツはヨレヨレのダボダボで、そこもまた、オシャレが好きな晃大とは対照的だ。ヘアスタイルにしろ、月一で美容室に通ってどこぞのK−POPアイドルばりの青髪をキープしている晃大とは違い、さながら鳥の巣でも乗っけているような有様である。  さておき、問題はそこじゃない。晃大が違和感を覚えたのは、その見るからにだらしない青年の『目つき』だ。丸く大きな瞳をすっと細めて、威嚇とも取れる態度でこちらを睨みつけている。 「え、俺、なんか気に障ること言っ――」 「あ、いっけねー!」  途端、ぱっと表情を切り替えて青年が言った。 「なーんか落ち着かないと思ったら、チンポジ、ちょっとズレてたわ! もうちょい右? いや、左かな? 根元辺りからこう、ぐっと掴んで引き上げてっと……」  言葉と連動して、ズボンに突っ込まれた手が右やら左やら上やらに移動する。いったいなにが始まったんだと、晃大は眉を顰めて身構えた。  実に三十秒近くそんな奇妙な時間が続いた後、 「よし、一丁上がり!」  青年は満足そうに告げて、ズボンから手を引っこ抜いた。 「えーっと、御子柴晃大くんだっけ? 俺の名前は小熊(こぐま)結月(ゆづき)! 俺、掃除とか片付けとか苦手でちょーっとばかし迷惑かけちゃうこともあるかもしれないんだけど、そこはまあ、お互いさまってことで! よろしく!」  意気揚々と差し出されたその左手を、晃大はじっと凝視する。中指と人差し指の間、ちょろんと挟まった縮れ毛を見て、口角が引きつった。  ――陰毛……だと……?  それも、採れたてほやほやの。 「……よろしく」   低く返し、求められた握手はスルーした。  青年――改め、結月はひょいと肩を竦め、差し出した手を引き戻す。その際、ひらひらと足元に舞い降りていった陰毛が、玄関に散乱する靴に紛れて消えた。  すぐ横にシューズボックがあるにもかかわらず、無造作に出し散らかされた七つの靴。『七足』じゃなくて、言葉通り『七つ』だ。靴なのになぜ奇数なのかは、所有者ではない晃大には知る由もない。   いざ、足を踏み入れた部屋の中もひどかった。  床を埋め尽くさんばかりに脱ぎ散らかされた大量の服。漫画。ゴミ。ゴミ。ゴミの山……。  ――ここが、今日から俺が暮らす……。  四〇二号室だ。  散らかった部屋を一望し、晃大は呆然と立ち尽くした。

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