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事の発端は、晃大がこの寮で暮らし始めて三年目を迎えようという、三月中旬のことだった。
(あー、晃大。今話いー?)
出先から帰り、自室の三〇一号室に向かうべくエレベーターに乗り込もうとしたそのとき。ふと背後からかかった声に、晃大は足を止めて振り返った。
(一条 さん。どうしたんすか?)
百八十一ある晃大よりさらに数センチほど高い背丈に、スーツ越しでもよくわかる引き締まった体。この寮の設立者かつ管理人でもある一条は、キャリアに反して三十手前とまだギリ若者の部類に入る。
(急で悪いんだけどさー、おまえ、来月から別の部屋に移動してくんね?)
(え、移動……すか?)
問い返した晃大に、「んー」と一条は軽い相槌を打った。
(三月いっぱいで徹 が退寮するだろ? それも兼ねて、今一人で部屋使ってるやつんとこ移ってほしいんだよね)
(はあ……)
徹とは、当時二人一組で部屋を共有していた晃大のルームメイトのことだ。晃大の二つ年上で、今年度で大学を卒業するので、それを機にということらしい。
正直、少し面倒臭い。が、寮長に言われたのなら受け入れるほかない。
(わかりました……けど、新しいルームメイトってどんなやつなんすか? 俺とタメ?)
(いや、一個下。四月から大学二年。どんなやつかは会ってからのお楽しみってことで)
(や、お楽しみって)
適当だなと思いつつも、踏み込んで訊くほど関心があるわけでもない。基本、部屋には寝に帰っているだけのようなものだから、ルームメイトがどんな相手であろうとあまり関係ないのが事実だった。
(ま、おまえどんなやつ相手でもそれなりに上手くやってけるだろ。てことで、あいつのこと任せたわ)
最後の一言にやや違和感を覚えたが、こだわることなく話は終着した。そうして大学三年になると同時、晃大はかの四〇二号室で暮らし始めることになったのだか……。
「えー、それ、一回ビシッと言ってやったほうがいいんじゃないっすかぁ? 何事も始めが肝心っすよ、御子柴先輩」
ネオンライトが光るフロアの片隅、DJが奏でる爆音のミュージックに紛れて、一つ年下のバイト仲間――{魁斗|かいと}が言う。
当然ながら、話題となっているのは小熊結月だ。
「ま、それもそうなんだけどさー。言っても俺、寮には寝に帰ってるだけじゃん? 細かいことでがたがた言うほうがめんどいかなって」
なにより、ルームメイトがだらしないことを除けば、今住んでいる寮はこれ以上ない優良物件なのだ。
セキュリティは万全でありながら、門限がないため基本的には何時でも出入り自由。大浴場は二十三時になると閉まってしまうが、五階にあるスポーツジムと一緒に設備されたシャワールームは二十四時間使用可能だ。
平日の朝晩はイタリアンシェフ――ジュリオ・シルヴェストリによる食事付きで、こちらもまた、申告さえしていれば提供時間外でも取り置き可能。夜間から早朝にかけてナイトクラブでバイトをする晃大にとって、あらゆる面で時間に制約がないというのは非常に助かる。
ジムやらイタリアンシェフやら一体どこの高級ホテルだという話だが、事実としてこの寮は、一条財閥の御曹司――一条雅臣 が趣味で元高級ホテルを改築したもので、内外装ともに洗練されたモダンな造りになっている。
にもかかわらず、家賃はたったの三万五千円というバグ設定だ。入寮には顔写真と全身写真を添えた謎の書類審査と対面面接があったが、そこは難なくパスできた。
これだけ恵まれた環境で生活させてもらっているのだから、ちょっとやそっとルームメイトがだらしなくても甘んじて受け入れるほかないだろう。
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