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「なっ、ちょ……っ」  自分めがけて降り注いできた陰毛を避けるように、晃大は慌てて後退る。右へ左へと舞い降りたそれが爪先のすぐそばに落ちたのを見届けるなり、晃大は低い声を発した。 「おまえなぁ……」  ピクリと、華奢な肩が跳ねる。  一拍を置いて、晃大は続けた。 「……片付け、苦手なのはわかるけどさ。せめてゴミくらいはちゃんとゴミ箱に捨てろよ。おまえ一人で生活してるわけじゃないんだからさ」  このままいけば、魁斗が言っていた『肩に陰毛がついている』という冗談が冗談では済まなくなる日も必ずやってくるだろう。部屋が汚い分には我慢できても、それが外の付き合いにまで影響を及ぼすとなるとさすがに放ってはおけない。 「……」  いくら図太い結月でも、今回ばっかりは笑って済ませられるような空気ではないと察したのだろう。一変した萎縮した態度で、俯いて口を噤んでしまう。  ……これだから、嫌だったのだ。ただでさえ見下ろすほどの身長差があるうえ、年下の相手となると、少し注意しただけのつもりでも必要以上に怯えさせてしまう。  重い空気にうんざりとして、晃大はぽりぽりと首筋を掻いた。 「……ま、俺もしょっちゅう夜中に出入りして迷惑かけてるし、人のことばっか言えないけど。お互い、気をつけて直ることはちょっとずつでも直していこうぜ」  極力威圧感を与えないよう注意して、晃大は言う。  しばらく黙り込んだ後、結月がぽそりと呟いた。 「……ごめん」  素直な態度に、わずかな罪悪感が胸を掠めた。たかが陰毛ごとき、もっと寛容に受け流してあげてもよかったのではと、今さらながらに思ってくる。  しかし今日は、どうにも虫の居所が悪かった。理由はわからない。これでもかというほどエヴァンとヤッたあとなのに。いや、あるいはそのエヴァンとのやりとりにこそ、引っ掛かりを覚えている気がしなくもないが……。  すっと目を逸らし、晃大はバッグを手に取った。少し早いが、これ以上この部屋にいたのでは気が休まらない。俯く結月に背を向けて、無言で玄関へと足を進める。   もし相手が女の子だったなら、キスの一つでも交わしながら「キツく言い過ぎてごめん」と謝るところだが、ここはれっきとした男子寮。相手は自分と同じ、ちんこが生えた男だ。謙ってご機嫌を取る理はまずない。……大前提として、他人に向かって陰毛を吹きかけてくる女の子など、まずいないだろうが。  次帰ってくる頃には、果たして部屋は片付いているのだろうか。それはそれで妙に気まずいような気もするが、これを機に少しでも結月のだらしなさが改善されるなら、それに越したことはない。  散らかった靴の中から唯一きちんと揃えて置かれた某有名ブランドのレザースニーカーに足を通し、晃大はしんとした空気の立ちこめる四〇二号室を後にした。

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