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第10話 色とりどりの花
「だっ、団長ッ……あの、書類が……仕上がりまして……」
木漏れ日が差し込む穏やかな執務室。
大きく、上等な執務机の向こう側には、膝に額が付きそうな程頭を下げた青年の姿。
机の上に紙束を置いてその姿勢になってからというもの、青年は一向に頭を上げようとはしない。
「そうか。早かったじゃないかルーク。随分と休日を満喫しているようだったから、まだ時間が掛かるかと思っていた」
机に肘を付き、目の前のオレンジ頭をじっと見下げながら、俺は至極穏やかな口調でそう答えた。
「ヒッ……そそそそそんなことは、決して……はい」
先日の一件 から、彼は俺の前に顔を出す度、酷く怯えている。その姿はまるで小動物。
俺の怒りはあの場限りだったし、何よりアイラに危害が及んでいないのならば尚のこと気にしてなどいない。
ただまぁ……反応は面白いので、つい言葉で突 いてしまいたくはなる。
「まぁ頭上げろよ、別に怒ってなどない。誤解するなよ、俺は部下に休みはしっかり休んで欲しいと思ってる――ただ、行動は間違えるな」
「ぎょッ、御意ィィィ!!」
俺が促すと、漸 く姿勢を正したルークは、俺の顔を見るや部屋から飛び出してしまった。
――失礼な奴だな。これでも全力の笑顔を作り上げたというのに。
「……何かあったのですか?」
そんなルークと入れ替わりで執務室へと入ったヴィクターは、目にも止まらぬ速さで駆け抜けた男の背中を見送っていた。
「この前アイラと街に出たろ? その時彼をナンパしたんだよ、あのルークとネルは」
残された書類に目を通しながら、少しむくれた顔でそう言うと、扉を閉めながらヴィクターは苦笑った。
「……それはもう、目も当てられない」
手にした本をテーブルの上に置くヴィクターを見遣ると、その奥に置かれたホールクロックが目に留まる。
いつの間にかその針は、太陽が最も高く昇る時間を指していた。
「……飯に行く。お前も行くだろ、ヴィクター」
一旦書類を机の上に置き、緩めたネクタイを正しながら立ち上がると、既にヴィクターは俺の上着を持ち、大きな革椅子の隣へと立っていた。
「勿論、御一緒させていただきます」
当然のように、ヴィクターとは毎日飯を食っている。本来ならば、主と従者が同じ食卓で食事を共にする事は有り得ないのだろうが、騎士団 で彼は俺の部下。別に構いはしない。
「せっかくだ、たまにはカイリも誘ってみるか」
「副団長なら先程、資料室でお見かけしましたが――」
軍服のジャケットを羽織り、さて食堂へ――と踏み出した時だった。
「だっ、団長ッッ!!」
バァンッ! と大きく扉が開いたかと思うと、全身汗塗れの隊員が転がるように入ってくる。
「どうした、何があった」
唯ならぬその様子に、思わず駆け寄ると、彼は肩で息を整えながら真っ青な顔を俺に向けた。
「きょっ、教会裏の山手に例の異形がッ……既に何名かが交戦中ですが――全く歯がたちませんッ」
「教会」と云う言葉に、思わず俺の眉が動く。
ラキシア王国に、大小様々な教会は存在するが『教会』という単語だけで共通認識される場所は1つしかない。
『聖マリナス教会所属の、アイラ・カイ・サディアスと申します』
途端に彼の顔が、ブワッと脳裏に蘇る。
そう、この国で1番大きな……聖人 が居るあの教会に間違いない。
「すぐに向かう。ヴィクター、ルークとネルにも連絡を。直ぐに支度を整え現場に向かえ」
それだけ告げた俺は、クローゼットの前に立て掛けていた金色の剣を取り、勢いよく部屋を駆け出した。
「……これで6件目ですか」
「あぁ。……ここまで来ると何者かの介入が疑わしいな」
騎士団本部と教会は、街中心にある王宮を挟んで西と東。「早く着いてくれ」と逸る気持ちを抑えながら、ヴィクターと並び馬を走らせていた。
「このラキシア王国――もしくはノワール大陸の何処かに、良からぬ事を考えている者がいる、と言うことでしょうか」
「それとなくベルデ王国の騎士団長に聞いてみたがな。向こうではそれらしい事象は起こっていない、姉妹国であるアズーロ王国も同様――やはりこの事案はラキシア国内だけのものと考えた方が良いだろう」
俺がこの国に帰ってすぐ、ある異形が郊外で暴れていると連絡が入った。そこで1度討伐をしたものの、2日後にはまた同じ異形が別の場所へと現れた。
それが、立て続けに――これでもう6度目。
普通じゃないこの事件に、正直頭を悩ませはしていた。
しかも今回は、教会の近く……
――頼むから、山に留まっていてくれよ
手元の手網を動かし風を切りながら、件 の山中へと向かった。
◇◇◇
「団長ッ!! こっちです!!」
山道を駆け上がり、草木を掻き分け森の中へと入る。
既に何名かの馬が置かれている開けた場所では、腕から血を流す隊員が、俺たちの姿を見つけるやすぐに駆け寄ってきた。
森の奥からは「ギィィッッ!!」等と空気を劈く獣の咆哮が聞こえる。姿は確認出来ないが、左耳に付けた黒曜石 もユラユラと揺れている。どうやら敵は、これ迄何度か闘った――闇から産まれた異形 で間違いないだろう。
「あぁ、ルークとネルは?」
馬を降り、高い木々で太陽光を遮られた森の中を見回す。
すると俺たちの到着を待ってましたと云わんばかりに、ひょっこりと2人の男が木陰から姿を現した。
「もちろん居ますよ、だーんちょっ!」
先程までの萎縮はどこへ行ったのやら。すっかりいつもの軽口を叩く男に様変わりしたルークは、どうやら先に着いたようで元気に手を振りながら駆け寄ってくる。
その横――ロッドを両手で持つ黒髪の、物静かな男は俺の顔を見るやペコッと頭を下げた。
「随分早かったな」
「ネルの魔法でちょちょっと転送を……団長も一緒にって思ったんすけど、もう居なくて」
「……あぁ、そうか。転送があったな……」
俺としたことが、ウチのチームには優秀な魔法使いがいた事をすっかり失念していた。
ヴィクター、ルーク、ネル。
この3人は、俺の直属の部下――第1騎士団の幹部連中だ。
ヴィクターの実力は言わずもがな、ルークはこう見えて、剣の腕前に関しては騎士団入隊試験でトップの成績を叩き出した実力派。大人しそうなネルは、魔術師として大陸にその名を馳せる、3人とも俺にとっては必要不可欠な存在となっている。
「やっぱ恋人さんのことを思って焦っちゃった感じですかね?」
「うるさいぞルーク。……それで、状況は」
ニヤニヤと厭らしく笑うルークに背を向け、目の前に立つ隊員へと話しかける。
――まぁ、確かに……ルークの言う通りなんだがな。
「教会」と聞いた瞬間に、頭の中が真っ白になった。こんなもの、戦いの中では御法度だと云うのに……俺らしくもない。
眉間に皺を作りながら、「ハッ」と敬礼する隊員へと視線を送る。
「どうにか森から出ないよう、先発の部隊で押し込めてはいますが……既に何人か負傷して動けぬ状態です」
「分かった。ネルは負傷者の治癒を。ヴィクターとルークは俺と共に一刻も早く異形を討つ。いいな」
「「「御意ッ」」」と元気な返事と共に、俺は森の奥へと駆け出した。
現場には負傷した隊員達が、気力だけで剣を振り上げ応戦していた。
俺たちの姿を見るや、皆一同に安堵の息を吐いた。そんな隊員達に「1度下がれ」と退かせ、俺たち3人が剣を構え異形を取り囲む。
ヴィクターとルークが目にも留まらぬ早さで、異形の周りを縦横無尽に駆け回り剣を振るう中、俺は手にした黄金の剣に魔力を込める。
こうして仕上がった聖剣を一振すれば――忽ち大地を切り裂く様な光の柱が異形の身体を貫き……そして引き裂く。
今日もその手筈で討つ事が出来た。となれば別段強化個体が現れたという訳ではない――ならば何故、コイツらは蘇り続ける?
拭えない疑問に、腕を組み思案していると、剣を締まった2人がこちらに駆け寄ってくる。
「目が縦に四つならんだ狼……やっぱり何時もの異形っすねぇ」
「最初に見た時と何も変わらんな。どこかが強化されているわけでもなく、同じ個体が蘇っているようにも見える」
「ええ……しかしコレの正体は何なのでしょう。こんな獣――過去の記録でも見た事がありません」
真っ二つになった肉塊を、グチャッと踏みつけたヴィクターがまじまじと見つめる。そんな彼の表情が芳しく無い当たり、特にこれと言った情報は読み取れていないのだろう。
「分からんな……一先ず被害はこの森だけか? 他は――」
木々の合間から見える街並みは、別段かわりの無いように見える。もちろん……あの教会も。
「一応」とポケットから金色の通信機を取り出した時、後ろからパキッと小枝を踏む音が聞こえ、反射で剣を抜き勢いよくそちらを振り返る。
「教会は無事だよォ、ジ・ル~」
そこに立っていたのは、この場所が誰よりも似合わないあの男。
「お前……なんでこんな所に居るんだ、ディラン」
見慣れた顔に溜め息を吐きながら、手にした剣を腰へと戻す。
目の前に立つ男はいつものラフな黒シャツとは違う、カチッとした白いスーツを着ていた。 そんな彼を見るや辺りに居た隊員達は一斉に頭を下げる。それはヴィクターも然り。
後ろに何人か従者を従えてる――つまり仕事中って事か。
ディランが俺の所へフラッと現れる時はいつも一人。「仮にも第1王子が……危機管理的にどうなんだ」といつも苦言を呈していたが、それはもう幼少期の頃から変わりがないので諦めた節もある。
「一応ね、この異形について僕も調べてるんだよ。もうすぐ魔術協会の人間が到着する。悪いけどこの亡骸……譲ってもらってもいいかなァ」
「好きにしろ。どうせ俺たちが持って帰った所で、調べる手立てなど無い」
正直無い訳ではない。だが王族と騎士団が持ちうる力 を比べて、どちらがより精度の高い解析が出来るか――そんなもの、考えなくたって明白だ。
それよりも俺は――
ふと、眼下に広がる白い建物へと目を遣った。
ここから人の姿は確認出来ないが、教会は特に異変もなく、今日も尊厳ある佇まいを魅せている。
「とにかく彼の身に何も無くて良かった」と胸を撫で下ろすと、その様子を隣でじっと見つめていたディランが、クイッと肘で俺の腕を突ついた。
「それで、どうなの? 最近彼とは」
コソッと耳打ちする男を、俺は怪訝そうに眉を寄せ、ジロッとそちらを睨み付ける。
「……それは今話すことではないだろ」
無事異形を屠った現場は、確かにお開き状態になっている。
仕事の終わった騎士団の面々は早速山を降り初めているし、ルークとネルも「じゃぁお先でーす」と転送魔法で帰還した。
残された異形の亡骸は、ディランの部下達が現場保護をしているし――まぁ間違いなく、暇なのだろう、この男は。
「まーまー、俺のアドバイス通りデートして……その先も、いい感じに行ったかなぁ」
「まぁな。順番は逆になったが」
ため息混じりに答えた瞬間、ディランとは反対側に立つヴィクターが「え゙ッッ」と大きな声を上げた。
「えっ……主……最低じゃないですか」
「お陰で彼はいま、自分の事を金で買われた愛欲玩具だと勘違いしている」
勢いよくヴィクターが俺の方を振り向き、「本当に信じられない終わってる最低」と言った表情を惜しげも無く披露している。
後ろからは押し殺し切れていない笑い声が聞こえてくるし……
「これは後世に残す程の傑作話だよ。あーぁ……今まで雑に性処理してきた、悪いとこ全部出ちゃったねぇ。ジルくーん」
「お前今すぐここで叩き斬ってやろうか」
今しがたまで異形を斬り割いていた剣に手を掛けると、「降参ー」とばかりにディランは両手を挙げた。
「まぁまぁ、順調ならなにより。あんまりがっついちゃだめだよ? 恋愛初心者ジルくん」
もう一度――柄を強く握った時に「ディラン様、協会の人間が到着しました」と部下のひとりが告げに来た。
「命拾いしたー」とばかりにディランはそそくさと逃げ出し――その場には俺とヴィクターだけが残された。
「本当に……好きになっちゃたんですね」
未だ白い建物を見つめたままの俺に、ヴィクターはそう呟く。
「さぁな。ただ彼を手放したくない――それだけは確かだ」
色とりどりの花のような魅力を持つ彼。
見ていて飽きる筈が無いし、裏の無いその性格も好感が持てる。
彼が居ない時間のつまらなさを最近特に強く感じ、つい通信機に手が伸びているのも事実。
それに――
【彼を、俺の腕の中に閉じ込めてしまおうか。永遠に。どこにも行かぬよう括り付けて】
時々こんなドス黒い感情が、俺の心に影をチラつかせるようにもなった。
「いつか呑まれてしまわぬよう、気を付けねば……」
「……? 何か言いました? 主?」
「なんでもない」
「行くぞ」と身体を翻し、すっかり闇が消え清々しさが甦った森の中を、その綺麗な空気を思い切り吸いながら、俺たちは山を降りていった。
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