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第13話 一日
「っぷ、あはははは」
「ちょ、そんなに笑わなくても」
「いや、だって、ビール買ってきたのに」
言いながら、柴くんが、デリバリーのピザをパクッと大きな一口で齧り付いた。
夕食、兼、引越し祝いはピザにした。ビールにはピザでしょって。
「ビール苦手なら」
だって、レモンサワーとかグレープフルーツサワーとかなかったんだ。ハイボールみたいなのはあったけど、それ苦手だし。カクテルっぽいのがあればよかったけれどそれもなかったし。だから、仕方ないやって。まぁいいかって、飲めないわけじゃないし。
けれど、やっぱりたいして美味しくなくてちびりちびりと飲んでいたら、柴くんが気がついてしまった。
お酒、あんま? って。
だから、ビールはあんまり飲まないからと答えたら、笑ってる。
「普段はお酒飲まないの?」
「飲むけど、サワーとかカクテルとか」
今度、店長に言っておこう。僕の上司である局長、じゃなくて店長のほう。ビールとハイボールだけじゃなくてサワー類も置いてくださいって。今って、宅飲みというのをする人も増えてるから、サワー類あるといいと思いますって。あ、それで思い出した。店長って確かビール好きったかも。この間の送別会の時もビールばっかりたくさん飲んでいた気がする。
「だよね。一昨日の電車、終電だったでしょ? あの時間まで仕事ってことはないだろうし」
一昨日……あ、確かに。終電で帰ってきたのはどこに行ってて? ってなるかもしれない。仕事の帰りにしては遅い。
「友だちと飲んでたとかなんだろうなぁって思ってさ」
「……」
ううん。
友だちじゃないよ。
その日、飲んでたのは、名前も本名かももわからない人。仕事はサラリーマン、としか知らない人と。
僕はホテルで、セックスを――。
「? 葉山さん?」
「! あ、ううん、なんでも」
「……じゃあ、買いに行きますか」
「?」
「サワー」
「え? 今からっ? いいよ。僕のは気にしなくて」
「駅のとこにコンビニあるじゃん。せっかくなら、好きなの飲もうよ。もしくはどっかスーパーあるならそっちでも。まだこの時間ならやってる?」
「あ……うん。まだ、やってる」
「じゃあ、周辺のことを覚えるためにもスーパーにしよう」
柴くんは、良い人だ。
ビールうまいって言って飲んでた。別にビールでも満足しているのに、僕が苦手だからとわざわざ買いに行こうって言ってくれる。面倒だろうに。笑って、周辺探索を目的にって言い換えてくれる。
それは、確かに女性は好きになるだろう。
「行こっか」
「……うん」
こんなふうに優しくしてもらったら。
「夜はやっぱ冷えるねぇ。昼間はけっこうあったかいのに。つーか暑かった」
柴くんは日中、コインロッカーから荷物を持ってきた。
大きな布でコーティングされた持ち運びができるメイク箱とボストン型にもなるリュック。必要な衣類はそこに入っているだけらしい。
太田リコさんの自宅で同棲していた時の荷物はほぼ置いてきたって言ってた。追い出されるように出てきたからって。と言ってもそもそも、そんなに物は持たないようにしてるらしくて。仕事道具とスマホがあればどうにでもなるらしい。
「静かだね」
うん。静かだよ。だって、終点駅だもの。
マンションは駅から近いけれど、夜になれば閑散としていてとても過ごしやすい。日が暮れて、夕飯時くらいの時間になると人はほとんど歩いてない。繁華街と言われるような場所とは全く違って、話し声も僕らのものしかしていない。逆に繁華街や都心部の駅付近に住んでいる人は騒々しくて眠れなくないかなって思ってしまう。
「この辺って何もないから」
「そっかぁ。じゃあ、俺、昨日葉山さんに声かけてもらわなかったら、けっこう本当に途方に暮れてたじゃん」
「うん。だから、電車の中で柴くん見つけた時は、どうしようって」
「ありがとー、助かったぁ」
そう言って、肌寒さからか、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「助かったのは僕だよ。今日の朝」
「あはは、お姉さん?」
「ありがとう」
姉さんを追い返してくれたこともそうだけど。
「…………あの」
「?」
「や、だったりしない? その」
「……」
僕がゲイだってことに、イヤな顔、しないでいてくれたこと。
「別に、好きな人が男ってだけでしょ?」
「……」
「俺の知り合いにもけっこういるよ? ゲイもバイも。そんなに緊張して言うことじゃない」
「……」
「それをいうなら俺のほうがやばくない? 女の子のうちに転がり込んでる」
「べ、別にそれはっ、相手が来て欲しいって思ったんだから」
「……」
思っちゃう、んじゃないかな。
来て欲しいって。
「だから、いいんじゃないかな」
優しくて、こうして僕のことを否定しないでいてくれる人。
「じゃあ、葉山さんもいいんじゃない?」
「……」
「同性好きになるの、いいんじゃない? 好きって、コントロールできないでしょ? 好きになっちゃうものは仕方ないじゃん。その人の性別が同じってだけでしょ」
助けかったのは、僕のほう、なんだ。
「あ、あそこがスーパー?」
「ぁ、うん」
「オッケー」
同性愛者だってことを全く、一ミリも、一ミリグラムも否定しないでいてくれたこと、すごくホッとしたんだ。
「さ、お酒たんまり買おう」
「え、少しでいいっ」
「いやいや、今日は飲むぞー」
「え、えぇ」
そういえば、今日、一日の出来事だったんだ。
柴くんが寝過ごした終電は日付を超えたところでこの駅に到着するから。そこから、朝の姉さんのこと、太田リコさんのこと、フリの同棲生活のこと、全部、今日一日のことだったんだ。
なんて。
「あー、なんかお惣菜見たらお腹も空いてきた」
「あはは」
これ全部、今日一日の出来事だったなんて。驚いて、僕も急にお腹がぺこぺこに空いてきた気がした。
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