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第12話 いつもと違う
なんか、朝、職場に着いたところで、日常に戻れた感じがしてホッとした。
「葉山くん、おはよう。あれ? 髪切ったんだね」
「おはようございます」
「おはよう」
局長が朝にお似合いな爽やかな笑顔で挨拶をすると、カバンの中から愛妻弁当を取り出し、冷蔵庫にいつも通りしまう。
「昨日、仕事の後に散髪したの?」
局長はくるりと振り返って、名札を自身の首から下げた。いつものルーティーンをこなして、着々と仕事開始の準備をしている。
「あ、いえ、髪は切ってなくて」
ただ、プロにスタイリングしてもらっただけで。
「え? そうなの? なんかさっぱりしてるから切ったものだと。失礼失礼」
「いえ」
いつも自分が使ってるヘアミルクを使っただけ、切ってもいないし、アイロンでブローしたわけでもない。玄関先でちょっと直してもらっただけなのに。
――くせっ毛、好きじゃない?
うん。好きじゃなかった。
「それに、パーマあてたのかと思ったよ」
「あててませんよ。それにパーマはあてるんじゃなくて、かけるんです」
「えぇっ? パーマってあてるって言うでしょ? えー……今の子はそう言わないんだねぇ」
「はい」
局長はなるほどねぇって感心したように頷いてる。
―― 俺は、良いくせだなぁって思うよ。
でもずっと好きじゃなかった。ずっと憧れていたのはサラサラストレートで。羨ましいなぁって思ってた。
「……」
初めてかもしれない。
「いつもストレートパーマをかけてたんですけど」
「そうなんだ? パーマも色々なんだねぇ」
自分の髪。
「でも」
「?」
「ストレートじゃなくても良いかなぁって」
好きかもしれない、なんて思ってたのは。
「うん。とても良いんじゃないかな」
初めて、だった。
父の製薬会社は継げないけれど、この仕事は好きなんだ。
薬剤師の仕事。
大変なこともたくさんあるし、派手じゃないし、煌びやかでもないけれど。
「葉山くん、お疲れ様」
「ぁ、もうそんな時間……でした」
時計、見るのを忘れてた。
今日は品出しもしてたから、ちょっと忙しく歩き回ってた。局長に言われて顔を上げると、もう早番の終わり時間をすでに五分くらいすぎていた。
日々、調剤、品出し、レジ対応。それから薬の説明や、探してるお客さんに適切な薬をオススメするとか。
相手はおばあちゃんや主婦や、年代も性別もバラバラ。そんなお客さんの生活の一部を手伝う、サポートするのが僕の仕事。
柴くんの仕事とは全く違うのだろう。
彼の周りは芸能人とかモデルとか? スタイリストなんて知り合いにいないから、何を一日やってるのかもよくわからなけれど。
遠く、まるで別世界のように、こことは違う場所の人。
だからきっと本来なら交わることのなかった二人だ。
白衣を脱いで鞄に入れると、そのまま私服で店内を……。
普段ならこのままお店を出るんだけど、今日はスタッフオンリーの扉を開けてくるりと左、店内奥へと向かった。
向かった先は――。
「明日遅番だから、今日はゆっくり?」
「あー、まぁ、そんな感じです」
店内奥に並んでいるお酒コーナーからビールを二つ手に取って、レジカウンターに向かうと、局長がやってきてくれた。そして、僕が買おうとしているものを見てニコッと微笑む局長にぺこりと頭を下げた。
「珍しいね。店内で買い物して帰るなんて」
「えぇ」
そう、普段は買い物なんてしない。ここから電車に乗って繁華街に向かうのに、買い物バックを下げて行かないでしょう?
なんだか「見つかってしまった」という謎の気恥ずかしさに、つい、俯いてしまう。
「じゃあ、これは僕からのサービス」
「!」
「お酒のお供にいいよ」
レジカウンターのところにあった小さなお煎餅のミニパックを一つ、つけてくれた。
「いつもご苦労様」
「……ぁ、ありがとうございます。それじゃあ、お先に失礼します」
「うん。また明日」
ぺこりとまた頭を下げて、さっきまで品出しで動き回っていた店の中を通って外へ。
帰ったら、柴くん、いるのかな。
荷物は無事にコインロッカーから取り出せたのかな。
夕食、何か作った方がいいかな。煌びやかな芸能界の人たちって、なんだか毎日オシャレなレストランで食べていそうなイメージがあるけれど。
何食べるんだろう。柴くん。
そんなことを考えながら、外に出たところだった。
「おーい、葉山さん、お疲れ様」
「!」
柴くんがいた。薬局の駐車場で、あれ? ここで雑誌の撮影でもしてるんです? って聞きたくなるくらい、ガードレールに腰を下ろしたのも様になるイケメンが。
「迎えに来ちゃった」
笑ってた。
「おかえり」
「……」
「葉山さん?」
「あ、いや……はい。あの、ただいま」
「っぷ、あはは、真面目」
ついこの間までは謎だらけの人だった。
「荷物、取ってきたの?」
「うん。って言っても少ないけど。どうりでリコちゃんがあんまり俺の荷物を置かしてくれないわけだよね。部屋すごい広いのに」
ついこの間までは一つ二つ言葉を交わすだけの常連さんと店員だった。
きっとそれ以上にはなることなかったと思う。
けれど、あの一つ二つ、言葉を交わしていなかったら、きっと僕は、あの終電でこのアッシュグレーの髪を見つけても話しかけなかっただろう。
あの一つ二つの言葉がなかったら、本当の本当にただの他人だろうから。
でも、あの言葉があったから話しかけた。
「ビール、買ってきた」
「え?」
「あ、ビール、苦手だった?」
「いや、全然」
「その、ひっ」
話しかけてみたから柴くんって名前を知ることができた。
「引越しっ祝いっ」
それがなかったら、今日も僕は自分のくせっ毛に不満だっただろうし。
「一応、新しい住まい、だからっ」
「……」
僕はきっと。
「……ありがと。葉山さん」
「!」
「髪、いい感じじゃん。あんまボサらなかった?」
「あ、うん」
「気に入った?」
「ぅ、うんっ」
きっとビールは買わない。
「そっかー、よかった」
きっと電車に乗って、また、行っていた。そして、夜をどこかで過ごして、どこかで溜め息をついていた。
こんなふうに真っ直ぐうちへ帰ることなんてしなかった。
彼がいたから、ちょっと帰り道が楽しくなった。
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