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第11話 彼と青空と

 すごいことに、なっちゃった……んだけど。  ついこの間まではただのお客さんだった人と一緒に暮らすことに、なっちゃったんだけど。 「あ、の……合鍵は……えっと、どこだっけ」  合鍵は使うことないからどこにあるのか、ちょっと探してしまった。  謎な人、だった彼の名前は柴壱都、くん……さん? どっちがいいだろう。  とにかく彼と同棲、するフリをすることになった。 「あ、あった、合鍵、これ、です」 「うん」 「えっと、あとは……」  もう全部姉さんのせいだ。朝からなんて来るから。もう少し後だったら……いや、でも朝でよかったのかもしれない。柴くんがいなかったらすごく困っていたと思う。きっと、僕一人で抵抗したって向こうも粘ってただろうし。姉さんは、父さんの考え丸呑みで納得できちゃう人だから。  敷かれたレールの上を真っ直ぐ正しい姿勢で歩いていくことが素直にできる人だから。  僕には無理だったけれど。 「今日、何時くらいに帰ってくる?」 「え? あ……今日は、早番なので、夕方の六時、くらい、かな」  彼は大人気お天気キャスターの太田リコさんと付き合っていたそうで。けれど、その太田リコさんは怖い人たちと何やら繋がりがあるらしく。  まるで別世界だけれど、芸能界でお仕事をしているヘアスタイリスト、なら、大人気お天気キャスターの彼女と知り合うこともあるのだろう。  太田リコさんは、芸能人にとても疎い局長でも知っているだろう有名人だ。  ――あ、このこと内緒ね? 世間に知られたら、っていうか、知られる前にそのネタごと抹消されちゃうから。  い、言いません。絶対に。  日々悩むことも多いですが、まだ抹消はされたくないので。 「じゃあ、そのくらいには戻っておく。ほら、荷物取ってこないと」 「……あ、え? 荷物って、もしかして戻ったり」  そしたらまた殴られたりしちゃうんじゃ。 「あ、大丈夫、リコちゃんのところには戻らないよ。つーか、戻れないよ。抹消されちゃう」  ひぇ。あんなに爽やかに華やかに笑う人の背後がそんなダークとか、芸能界ってどんなところなんだ。 「必要なものがコインロッカーにしまってあるから」  そうなんだ、じゃあ、大丈夫か。  太田リコさんと付き合ったのは、数ヶ月前のことらしい。とても住み心地がよかったそうです。まぁ、あれだけ売れてる芸能人だからすごいところに住んでそうだけど。でも、その前も、その前の前も、女性のお家に住んでいたらしい。  頼んだわけじゃなくて、是非、と招いてもらえるそうで。  そんなにモテるなんてすごいなって思ったけど。どんなモテ方をしたら、女性から生活費いらないから一緒に暮らして欲しいなんて言われるのだろう。  配信もしているらしい。  スタイリストっていうことで、技術と知識を活かして、髪のセットの仕方だったり、シャンプーの正しいやり方、簡単なまとめ髪の紹介などなど。その中でも整髪料の比較動画は人気があったって言ってた。  なるほど、それであんなに整髪料を買い込んでたんだって、納得がいった。  ちょっとだけ有名なんだよ、って、教えてくれた。  だから彼を独り占めしたい女性は確かにたくさんいることだろう。  かっこいいし、気が利くし。  女性はホロホロにされちゃいそうだなぁって。  ――ゲイって悪いことでもないし、病気でもないでしょ。  そう言ってくれた。あの包容力は、なんだか。 「気をつけてね」  ズルい、とさえ思ってしまう。  ちょっとダメな人だけれど。  女性のうちを転々としているところとか。お仕事はしてるから、ヒモ、ではないのだろうけれど。  甘え上手なんだろうな。  一途ではあるんだそうです。  その住まわせてくれる女性のことだけを大事にする主義らしく。  だからちょっとだけ、ほんのちょっとダメな人、かな。二股かけて、挙げ句の果てに遊びだった相手を貶すような奴に比べたら数倍も数十倍も良い人だと思うし。 「いってきます」 「はーい。いってらっしゃい」  きっとたくさんの女性をこうして見送ったりしてるんだろうな。 「あ、ちょっと待って」 「?」 「くせっ毛好きじゃない?」 「えっ?」 「縮毛矯正取れかかってるでしょ? いつも使ってるミルクある? 洗面所?」 「ぁ……」  玄関先で靴を履いたところで呼び止められた。  そして、待ってて、そう言って柴くんがバスルームへ向かった。 「アイロンとかで伸ばすのもありだけど……」 「?」 「耳にかけちゃえばいいよ」 「!」  ふわりと髪触れる手は驚くほど優しくて。  心地よかった。 「俺は、良いくせだなぁって思うよ」  僕の、髪が? 「……はい、出来上がり。固めたりしてないし、ミルクってスタイルをキープさせるためのものじゃないから、触れば元に戻っちゃうけど、これから格好がつくかな」  そう、なんだ。 「どう? こんな感じ」  そして、柴くんが自身のスマホで僕の様子を見せてくれた。玄関付近には鏡なんてものは置いていなかったから、鏡代わりに。 「……わ」  彼のスマホに写ってた僕はまるで違っていた。イヤ、まるで、は、嘘かな。 「気に入った?」  ただ少しミルクをつけてボリュームを抑えたんだと思う。そして、ただ耳に髪をかけただけ、なんだけど。 「……うん」  なんだか素敵になっていた。 「そ? ならよかった。いってらっしゃい。ごめんね。引き止めて」 「う、ううんっ」  ふわりと気持ちが軽くなる。髪を耳にかけたからだろうか。 「いってらっしゃい」  彼の、柴くんの声がよく聞こえる。  優しい低音も、髪に触れた指先も。  とてもとても気持ちの良いもので。  玄関を開けると清しい青空が眩しくて、瞬きを繰り返した。 「い、いってきます」  そう挨拶をするのが久しぶりで、少し、くすぐったかった。

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