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第10話 晴天百パーセント

 ちょ、ちょちょちょ。 「ちょっとどういうこと? 誰?」  姉さんの言うことと、僕が思ってることが被ってしまった。 「真咲っ?」  いや、あのそれは僕も。  姉さんは予定外の登場人物に慌てているけれど、僕も今同じくらいに慌ててるところで。 「付き合ってるんで」  僕と? あなた、が? 「はぁ?」  はい? 「なんなの? あなた、誰? こんな朝からどうして真咲の部屋にいるの?」  あ、えっとそれは僕も、ちょっとわからないというか、謎ばかりたくさんある人で。あ、でもわからないのは彼が誰かって言うことで。この部屋にいるのは終電で寝過ごしちゃったからで。あと、口の中も切っていて痛そうだったから、で。 「俺ですか? 柴壱都(しばいちと)って言います」  柴、くん? 柴さん? とにかく、今、僕も名前知ったんですけど。 「あのねぇ、そんな名前を聞いてるんじゃなくてっ」 「仕事は、スタイリストしてて」  そうなんだ。なるほど。それであんなに整髪料を買ってたのか。ついに謎が解明された。だから昼間なのかな。スタイリストってサービス業だから休日の方が忙しそうだ。 「スタイリストぉ?」 「有名な芸能人も何人もやらせてもらってます」 「そんなの関係ないわ。芸能人なんてもの興味ないし」  すごい。だから芸能人みたいにかっこいいのか。周囲が煌びやかな人ばかりなら、納得できる。 「真咲、あんたももうフラフラしてないで、そろそろちゃんとして……」  フラフラはしてない。けれど、そう、姉さんにも、両親にも、会社を継ぐこともなく、ちゃんとレールの上を進んでいかない僕は「脱線してフラフラしている」ことになるんだろう。 「真咲はフラフラはしてないですよ」 「ちょっ、あなたは部外者でしょ? 関係ないんだから口を」 「関係ありますって、付き合ってるんだから。ね?」  ひえっ。腰。こ、腰、引き寄せられて、頬、くっつけてるんですけど、めちゃくちゃ距離がゼロなんですけど。 「むしろ、この部屋で、僕たちのこの関係にとって部外者はお姉さんの方なんで」 「はい? 私は家族よっ」 「いや、家族だろうが、アポ無しって相手の都合無視しすぎでしょ。それに、こんな朝早くにどうして真咲の部屋に? って同棲してるんだから当たり前じゃん」  え? 同棲? って、ほら、姉さんが目玉飛び出しそうになってる。 「それより、こんな朝早くにって自覚あるんですね」 「ちょっ」 「すみません。僕も仕事あるし、真咲もこれから仕事なんで」 「ちょっ」 「あと、まだ“こんな朝早く“なんでご近所迷惑、かなって」 「ちょちょちょ」 「すみません。失礼しまーす」 「ちょっ、み、認めてないからねっ」 「認めるも何もないのでー、失礼しまーす」 「ちょおおお」 「あっ! そだ!」 「……」  すごい。姉さんが黙っちゃった。 「それから、治るとかじゃないですよ?」 「は?」 「ゲイって、病気じゃないんで。ただ同姓が好きってだけのことなんでー」 「ちょっ」 「さようならー」  あの姉さんを追い返しちゃった。  パタンって扉を閉めて、少しするとヒールがコツコツと音を鳴らして離れていった。 「…………」  そして、部屋の中がなんだかキョトンってしてる。 「あ…………あの、すみません。僕」 「どうにか切り抜けられた?」  嵐の去ったナントカだ。 「あっ、あのっ、すみません! その、姉が朝から騒がしくてっ。いつもあんな感じで、自分の都合で動く人だから」  昔からだった。自分が忙しい時は世界で一番忙しいんだと言いたそうに周りも急かすし、時間がある時は周囲も時間を持て余していると思ってる。  今は父の会社の重役のはず。朝から夜まで忙しくしてるのだろう。そんな彼女にしてみたら、朝くらいしか時間がないのだから、こっちの都合なんて聞いていられないんだ。 「その、いきなりで。あと、ありがとう。庇って、その、お芝居してくれて。あなたは何も悪くないのに、嫌な言い方ばかりして、失礼を」 「……」 「それに、ゲイだって、その」 「さっきも言ったけど」  嵐が去ると、青空が広がる。 「ゲイって悪いことでもないし、病気でもないでしょ」  嵐の時は、雨風がひどくて、空は真っ暗で、外に出るのなんて億劫で仕方ない。 「だから、すみません、なんていう必要ないよ」 「……」 「それにちょっと面白かったし。似てるね。あ、性格は全然違ってるけど。お姉さんに。美人顔」  あははって、爽快に笑う彼がいた。僕がゲイなことにちっともイヤそうな顔をしないでいてくれる。僕のこと、さっきとちっとも変わらずに。 「で、ここで提案なんだけど」 「?」 「お姉さん、あの感じじゃ諦めなさそうだよね」 「まぁ、多分」 「んで、きっとまた来ると思うんだ」 「まぁ、きっと」 「そこで! 同棲してるって言っちゃったし。あ、けど、そこはこれを狙っていったわけじゃないから。そのほうがお姉さん、引いてくれるかなって。同棲してる方が親密度高いでしょ?」  まぁ、確かに。姉さんにとってゲイって本当に風邪みたいなもので、気の迷い、魔が刺した。そんなふうに捉えてるだろうから、同棲、一緒に暮らしてる、っていうのは、ない、っていうか。 「で、俺、今住むとこなくて」 「え?」 「あはは、追い出されちゃって」 「えぇっ」 「住まわせてくれてた子が」  住まわせて……それこそ同棲、ではなく? 「バックにヤバい人たちがいたっぽくて」  ヤバい……人。 「まぁ、そんな噂はちらほらあったんだけど」  ええっ! 「本当だったらしく」  えー……。 「あ、ほら、彼女」  ちょうどそこでテレビではお天気予報が始まっていた。今日は良いお天気、日差しに恵まれて、雨の確率はゼロですって、華やかな声が教えてくれる。  テレビ画面に映っているのは、今、大人気のお天気キャスター。お天気キャスターなのだけれど、可愛いと人気で、バラエティにも出てるし、今度映画にも出演する、なんていう、お天気お姉さんの枠を大幅に超えて大活躍している、芸能人、だ。  名前は――。 「昨日、大丈夫だったんだ。リコちゃん」  そうそう、太田リコ、だ。 「殺されちゃうって言ってたけど」  ころ……。 「で、そんなわけで、俺、住む場所どうしようって思ってたところで」  物騒な夜だったんだ。それで口を……すごい大トラブルに見舞われてたなんて。 「真咲さんは恋人役が必要で」  姉さんしつこいから。それに父さんの命令でもあるのだろうし。 「しばらくここに住んでもいい?」 「………………えっ!」  その時だった。 『今日はとってもいいお天気、リコスマイル百パーセントでーす!』  そう、昨日、怖い人に殺されちゃいそうだったくらいの大トラブルに遭遇していたとは思えない、満面の笑みで太田リコさんが手を振っていて。  なんだか朝から嵐のような展開に見舞われた後なのに。 「葉山さん」  彼が、柴くんが台風が空に浮かぶ雲たちをまとめてどこかに持っていってくれたように。姉さんの発言にモヤモヤとしていた僕の気持ちを持っていってくれた。 「どう?」  ほら、とても清々しくて。 「……ぇ」 「いかがでしょうか」 「……ぇ、ぁ……は……い」 「マジで?」 「う、ん」  嵐の去った後の晴天のように晴れやかだった。

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