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第60話 健気

 えっと、五百円玉分くらいのサイズ……っと。 「こ、これ? くらい?」  お風呂上がりに付けるといい、そうです。  ――ちなみに、どんないい成分でも、つけるタイミングって必要なんです。  そう藤野さんが教えてくれた。彼女とか「薬剤師」っていう共通キーワードがあることを発見してから、なんだか急接近している。もう少しおとなしい人だと思ってたけど、案外、おしゃべりで、薬剤師になりたいだけあって、成分とかを読むのが好きみたいで。  ――お風呂上がり五秒以内につける、これ、鉄則です。  で、でも、五秒って難しくない? お風呂から上がってバスタオルで身体を拭いてたらすぐに五秒くらい経っちゃうと思うのだけれど。  でも、よく見てみると水分を拭き取ってからって書いてあるし。当たり前だよね。水でびしょ濡れのところに化粧水つけても薄まっちゃうし。  だから大急ぎで身体を拭いて、とりあえず、Tシャツを着た……けど、ここですでに五秒は経過してる。服を着るのは後でにして、五百円玉くらいの化粧水を手に出して、顔にピシャピシャと当てて? 塗って? いたところだった。 「ただいまぁ、真咲さん? お風呂? どうかした?」 「あ、待っ」  帰ってきてすぐ、バスルーム玄関で靴を脱いで四歩も歩けば到着してしまう。 「……ぁ、ごめ。もうお風呂入ってるから、なんかあったのかと」 「あ、ううん」  ちょっと見られると恥ずかしい、かも。 「何にも、ない、よ」  いつもお風呂は寝る直前に入ってる。けれどそれじゃ、化粧水を塗ってるところを見られてしまうから、今日は早めに入ったんだ。柴くんが帰ってくる前に、急いで、慌てて。けれどそれを柴くんは体調不良? とか、何かあったのか? って心配してくれてた。 「……」 「あ、えっと」  なんでもないです。ただ、化粧水を知られず塗って、気がついたら、少しくらいは肌が綺麗になってますねっていう作戦だったんだけど。  化粧水塗ってるところ見られちゃった。しかも半裸だ。 「あの、ちょっとスキンケア、してみようかと」 「……」 「こっ、これは、五秒以内って教わって。職場の子に」  まさか初日で知られてしまうとは。僕の予想展開の通りにはどうやらいきそうもない。 「お店で買ったの?」 「うん」 「なんで急に」 「それは、まぁ」  君が付き合ってきた女の子たちには敵わないだろうけれど、それでも少しくらい、魅力的になりたくて。 「言ってくれればお風呂上がりに俺がケアしてあげるのに」  柴くんが優しく笑って、手を洗うと、僕が薬局で買ってきた化粧水のボトルを手に取った。 「よくわからないから、とりあえず買ってきたんだ」  きっとプロの柴くんにしてみると微妙かもしれない。もっと高くて、デパートなんかで売ってるような高級品を使ってるのかもしれない。 「しっかり手のひらで化粧水を柔らかくする」  そうなんだ。それは知らなかった。 「五百円玉くらいを手に出して」  あ、それは同じだ。プロもそうするんだ。 「ゆっくり優しく肌に染み込ませてく」  わ。 「ゴシゴシしない」  こんなにふんわりやるものなの? びしゃびしゃ叩くみたいに擦り付けちゃってた。 「顔の肌は他の肌よりも薄くて敏感だから」  そっと、そーっと。頬、目元、鼻先、おでこ。顔全体を優しく撫でてもらってる。 「ラストに手のひらでぎゅっとパックしてく」  すごい。 「はい。オッケー」  気持ちい。 「あ、りがと」 「急に化粧水塗ったりして」 「……」 「五秒以内っていわれて?」  大急ぎで頑張ったけど。女の人はどうしているんだろう。到底間に合わないと思う。 「こんなセクシーな格好したりして」  これは、別にセクシーな格好ってわけじゃなくて、もう上を着終えたところこで五秒以上経ってたからで。 「健気だなぁ」  ニコって柴くんが笑った。  それから僕の化粧水を塗りたての肌に唇で触れる。  まだ一回くらいじゃ触り心地なんて大して違わない? よね。  でもちょっとくらいなら違ったりしないかな。触りたくなるような質感に、ちょっとなってたり、しない? 「し、ばくん」 「うん」  あ、でも、帰ってきたばかりだった。じゃあ、まだ、だよね。 「うーん」 「柴、くん?」  お腹も空いてる、でしょう?  僕もお腹は空いてるんだ。まだご飯は食べてないから。それより先にお風呂に入っちゃったから。  だから、ご飯前だし、柴くんは帰ってきたばかりで一休みしたいだろうし。  もう少し「待て」しないとなんだけど。 「節操なし、ではないけども」 「……」 「その格好で一生懸命にされたら、待て、するのは難しいです」 「あ」  そして柴くんが困った顔でキスをしてくれたけれど。 「ン」  僕は内心大喜び、だったんだ。  やっぱり柴くんの手は、指は、魔法が使える気がするから。気持ち良くて。 「柴くん……っ」  僕はずっと触って欲しいって思ってたから。  だから、彼を呼ぶ声はすごく甘くて、柔らかい声になってしまった。

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