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まごころ
俺はα(アルファ)だ。
誰もが思い描くような、典型的なα。
身長は188cm。
すらりとした身体には無駄な肉ひとつ付いていない。少し運動すればすぐに筋肉がつくし、絞ろうと思って走り込めば、面白いほど簡単にスリムになれる。
学歴も申し分ない。
αの両親から生まれた俺は、私立の進学校を経て、父と同じ医師の道を選んだ。
専門は皮膚科だ。
優秀だったため、外科医や先進医療の分野に進むことも考えたが、俺は先祖代々受け継いできたこの皮膚科を守る道を選んだ。
昨今の美容医療ブームもあり、病院は自由診療に力を入れることで規模を拡大させていた。
だが、俺自身は美を追求することよりも、日々の肌トラブルや皮膚炎、火傷の治療——中でも、子供のアトピー治療に一番力を注いでいる。
自分自身は肌トラブルとは無縁の世界で生きてきた。
だからこそ、痒みや痛みに苦しんでいた子供が、少しでも明るく前向きになれた時。
「ありがとう」と感謝の言葉をかけられる瞬間には、何物にも代え難い喜びを感じられた。
贅沢な悩みだとは分かっている。だが、俺は……。
周囲に求められるがまま「常に素晴らしい人間」であり続ける自分に、どこか違和感を抱いていた。
「凍(トウ)兄さん、お疲れ!」
同じビル内にある美容皮膚科フロアから、弟の涼(リョウ)が顔を出した。
涼は美容皮膚科の副院長として日々邁進している若手医師だ。
彼もまたαだが、そこにいるだけで周囲がパッと明るくなるような、圧倒的な人間力を持つ男だった。
「土曜日、半端ないね。予約優先なのに、全然スムーズに回らないよ」
涼は診察室の椅子にどっかりと腰を下ろすと、今日の診療がいかにハードだったかを振り返り、愚痴をこぼし始めた。
「それだけ予約が埋まっているのは、信頼の証だ。ありがたく思って、一人ひとり丁寧に診るんだぞ。近頃の美容医療業界は……」
「あー、分かった分かった! 『まごころ』だろ? 医療に大切なのはまごころ! じいちゃんの口癖だもんな」
涼は俺の説教を遮るように立ち上がると、そそくさと退散していった。
全く。人の話は最後まで聞けよな。
……まあ、いい。
今日の俺には、大切なイベントがある。
この「大切なイベント」だけは、絶対に一人で楽しみたい。
こっそりと。
俺だけの、至福の時間を。
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