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第10話

 颯希は悩んでいた。  理由は一つ。  悠馬から渡されたチケット、それに伊織を誘うためである。  普段は悠馬から声をかけてきて、颯希と伊織はその誘いを受けるだけだったために自分から伊織を誘うのは慣れていない。  声をかけるタイミングを掴めずにいた。  弓道着に着替え、部活に向かおうとする伊織がなぜか颯希の方へ歩く。 「ねえ、颯希。  俺、なんかした?  今日午後からずっと俺のこと見てたよね?  目を合わせたら逸らされるし、颯希にそういうことされると俺、かなり落ち込むんだけど。」  伊織は怪訝そうな表情を浮かべつつ、颯希の席の前にしゃがむ。  返事を待つように上目遣いで颯希を見る。  弓道着から覗くうなじに釘付けになりそうで、颯希は目を逸らした。  それを見た伊織は頰をふくらます。 「なんで、目、逸らすの?  最近、颯希の様子がおかしいのって、俺がなんか颯希の気にくわないことしたから?」  だんだんとイライラしてきた伊織に颯希は誘うなら今しかないと心を決め、口を開く。 「あの、さ。これ、一緒に行かない?  二枚あって、誘おうと思ったんだけど、タイミング掴めなくて。」  伊織は颯希の手に握られたチケットを一枚受け取ると安心したようにふわりと微笑む。 「水族館かぁ。いいね。あとで予定確認して空いてる日教える。  よかった。颯希に嫌われたのかと思った。」  伊織の無邪気な笑顔を見ると、颯希は顔を赤くして俯く。  うるさいほどの動悸。  少しでも伊織にバレないようにと俯いたが、逆効果だった。 「大丈夫?熱でもあんの?」  心配した伊織が右手を颯希の額に当て、熱の有無を確認。  三月が近くなった室内で冷えた伊織の右手が赤くなった顔に心地良い。 「ちょっと熱あるかも。今日は部活休んだら?」  かけてくれている声はもう颯希の脳内には入ってこない。  数秒前まで触れられていた額から更に熱を持つ。  じんわりと広がる熱は全身へと向かう。  頭がぼうっとし、意識が遠のく。  かすかに残る意識の中、必死に自分の名前を呼ぶ伊織の姿が見えた。  目を覚ましたのは保健室。  時間を見ると約一時間が経過していた。 (好きな相手が触れただけで倒れるとか、情けなさすぎる。)  またも自分にため息が出た。  ベッドのカーテンを開け、まだ活動中であろう合唱部へ向かおうとする足を、保健医に止められる。 「長谷川君、もう大丈夫なの?」  「はい。」と頷くと保健医がまた口を開く。 「次に穂積君に会ったら、声かけてあげてね。大切なお友達が目の前で突然倒れてすごく心配していたから。」  「わかりました。」と言いつつ保健室のドアを開き、歩き出す。 (思えば最近、穂積に心配かけてばかりだな。)  長い廊下を歩きながら最近のことを振り返って本日何度目かのため息をつき、弓道場へと向かった。

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