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第14話
三月四日。
明日から中学二年生最後の試験が始まる。
朝の教室では三人は集まることなく、各々の勉強に励んでいる。
特にこの時期の伊織はいつもよりも深刻な寝不足で、目もとのくまはその存在を主張するばかり。
そんな彼に颯希も悠馬も声をかけることはしない。
それは徹夜続きで勉強を行う伊織は本当に機嫌が悪いということを二人とも知っているから。
そして、三月四日現在、颯希は伊織に一週間の間、昼食時以外での会話がほとんどない。
いつもなら当然のことと思っていたこと。
けれど、今の颯希にとってはそうではなかった。
理由は一つ。
自らの誕生日。
弓道場での出来事を考える。
悠馬に相談に乗ってもらったにも関わらず、それでも神崎と伊織が話す姿を見かけると思い悩んでしまう颯希。
部活が同じ神崎と伊織が話すことはよくある。
それはもちろん、個人的な楽しい会話ではなく、事務的な淡々とした会話。
笑い合うこともなければ、怒り合うこともない。
けれど二人が話す姿が颯希の視界に入る限り、そちらを見つめてしまう。
悠馬に相談に乗ってもらい、少しは心が軽くなったけれどそれでも不安な気持ちは治らない。
颯希と伊織は恋人同士ではない。
それどころか、颯希の伊織への気持ちを告白したことすらない。
こんな気持ちを抱く自分の重さと、告白すらまともにできない自分の弱さに今日もまた深くため息をつく。
悩む自分の脳内を違うことで満たしたくて、颯希は手元の教材を夢中で読み続けた。
三月八日。
ようやく面倒な試験が終了し、クラス内は元気を取り戻した生徒たちが大騒ぎしていた。
そんなクラスの雰囲気の中で迷惑そうな顔をしながらいつもと同じように「眠い。」と一言呟いて机に突っ伏す伊織。
担任の八坂先生が帰りのHRを終え、帰っていく生徒たち。
しんとした教室には合唱部の活動時間まで時間を潰す颯希と相変わらず自分の席で腕を枕に寝ていた伊織だけ。
部活の時間が近づき、まだ眠っている伊織を起こそうと近づこうとした颯希は瞬間、歩みを止め、カーテンの影に身を隠した。
そこには神崎が歩いてきていたからだ。
一歩一歩確実に伊織に近づき、伊織の前に立つ神崎。
一度隠れてしまった颯希は姿を現すタイミングを完全に逃し、カーテンの裏で物音を立てないように腰を下ろした。
ぐるりと周りを確認した神崎は、どうやら颯希に気づいていないらしい。
もう一度眠っている伊織へと視線を落とす。
伊織の頭部へと手を伸ばし、黒く、艶のある髪に触れる。
「男のくせに、柔らけぇのな。」
ぽつりと呟く。
髪に触れられて擽ったそうにする伊織が腕で隠していた寝顔を晒す。
けれどその瞼はまだ開かない。
そんな伊織の顔を凝視した神崎は頰を赤く染め、呟いた。
「てめぇが起きねぇのが悪い。」
伊織がまだ気持ちよさそうに眠っていることを確認した神崎は次の瞬間、伊織の唇に自分の唇をそっと重ねた。
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