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第15話
あまりにも衝撃的な一瞬の出来事に颯希は驚き、声すら出ない。
神崎は慌てて伊織から顔を離し、その様子を確認する。
それでもまた擽ったそうにするだけで開けることのない瞼。
それを見て安堵した神崎が時間を確認し、伊織を叩き起こした。
「おい穂積っ。起きやがれ。」
荒い口調で話しかけ、右手で彼の体を揺さぶる。
「…ん…神崎?なんでうちのクラスいんの?」
眠たげな声を出すが、神崎を見た瞬間に伊織の視線は凍る。
どうやら先ほどされていたことを何も知らないらしい。
用件を真顔で尋ねると、深いため息をつきながら神崎が答える。
「ったく。学年ミーティングやるって言っておいただろーが。」
「そうだっけ?」と首をかしげる伊織に神崎は呆れながら舌打ちを打つ。
「…ちっ。ほらいくぞっ!立ちやがれ、馬鹿野郎。」
「うるさい。自分で立って歩ける。」と不服そうな表情を浮かべ、神崎とともに教室を後にした。
静かな教室。
一人教室に残っていた颯希は腰をあげ、伊織の席の前に立ち、つい先ほどの出来事を思い出して無言で涙を流す。
胸はズキズキと痛み、噛み締めた唇は薄く血が滲んでいた。
黙って見ていることしか出来なかった自分が情けない。
伊織は自分のものではないけれど、目の前でキスされたことが悔しくて仕方なかった。
ぽたりぽたりと落ちる涙を止められず、左手で眼鏡を外し、右手でふき取る。
けれど、次から次へと溢れる涙を拭っても意味はなく、相変わらずに涙を落とし続けた。
「颯希?」
その時、背後からよく知る声がかかる。
颯希が驚いて振り返るとその声の主は目を丸くした。
それは伊織だった。
忘れ物でもあったのか、教室へと戻ってきた伊織が優しい声色で口を開く。
「何か辛いこと、あった?」
原因の本人に言われても困る。
颯希は黙り込んだ。
すると伊織は颯希の頰を両手で包み込み、顔を自分の方へと向かせる。
その行動と真剣な表情が、泣いている理由を教えてと伝えてくる。
観念しても、伊織が眠っている間に神崎がキスしたから悔しくて泣いてる。なんて言えるわけもなければ、言いたくもない。
色々と考えを巡らせた結果、ただ、こくん、と頷いただけだった。
伊織が怒ったかもしれない、と伊織の顔をみる。
けれど、想像していた表情とは違く、優しく柔らかく笑う顔。
何も聞かず、颯希の頭を左手で撫で、頰に触れたままの右手の親指が颯希の唇をゆっくりとなぞる。
しかし、その指は少しして止まった。
伊織は心配そうな表情へと変わる。
「血、出てる。」
それは先ほど颯希が悔しさを噛み締め、自分で作った唇の傷。
「痛そう。」と呟く伊織。
だが、颯希は思う。
胸の苦しみと痛みに比べればこんな唇の傷など痛いとも感じないな。と。
無意識に頰を伝う涙。
伊織の突然の登場に拭うことをしなくなった涙は重力で真下へと落ちる。
しばらく泣いていたせいか、その目元は赤い。
珍しく眼鏡を外した颯希。涙で潤んだ瞳が堂々と晒されていた。
それを改めて確認した伊織は泣いている男を前に優しく微笑んで言い放つ。
「…綺麗。颯希が泣くとこ、初めて見た。
男が泣く姿ってあんまり見たことないけど、颯希の泣き顔ってこんなに綺麗なんだね。」
誰のせいでこんなに泣いているのか、無神経すぎるのはさすがだな。と思ったけれど、単純な颯希の脳内はやはりそれどころではない。
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