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第16話
通常、男が男に泣き顔が綺麗。なんて気持ちが悪いと思うもの。
これが他の男だったら正直にいって引くだろうなと思う。
けれど、好きな相手である伊織がいうのだからやはりたまったものではない。
真っ赤に染まる顔は泣いたからか、照れているのか。どちらも本当だ。
神崎に髪を触らせ、易々とキスされたことが気に食わない。
目の前の伊織に文句を言いたいくらい苦しい。
けれど、伊織の言葉でこんなにも嬉しくて照れてしまう自分。
悔しい。
伊織に紡がれた言葉や伊織がとる一挙手一投足がこんなにも自分を振り回す。
けれど、それでまた気づく。
やはり自分は伊織が好きだ。
「もう大丈夫?」
右手を頰に、心配そうな表情を浮かべ、伊織が口を開く。
颯希はこくりと一度だけ頷く。
流れる涙をようやく留め、セーターの袖でしっかりとふき取る。
眼鏡をかけ、最後まで一緒にいた伊織に声をかける。
「…ごめん。用事あったんじゃないの?」
颯希の返答を受け、ふわりと微笑む。
「うん。部活の道具、取りに来た。でも大丈夫。」
最後の「大丈夫。」は伊織の用事を邪魔してしまったのではないかと颯希が自分を責めることを防ぐために発せられた言葉。
伊織の優しさは颯希の「好き」を膨らませる。
それでも告白できないのは、様々な不安な気持ちがあるから。
颯希は開こうとした口を静かに閉じる。
その一瞬の動作を見逃さなかった伊織は不思議そうに首を傾げ、「どうかした?」と尋ねる。
笑顔で「大丈夫。」と返そうとした瞬間、今、颯希にとって最も会いたくない人物が不機嫌な表情だだ漏れでやって来た。
袴姿で鬼の形相のそいつは、神崎だった。
「おい、穂積っ!道具とってくるだけでどんだけ時間かかってんだっ!次、お前の立…」
歯切り悪く口を閉ざした神崎の目が、伊織の後に颯希に、そして颯希の頰に触れる伊織の右手で止まる。
鋭い眼光で颯希を睨みつけ、伊織の右腕を強引に引っ張る。
頰から離れていく手に寂しさを感じた。
「行くぞ。」
「ちょっ、待ってってばっ。俺まだ、道具持ってない。」
強引に連れて行かれる前に慌てて机の横にかけられた少し大きめの袋を持つ。
急いで教室を出た時、神崎は確かに颯希を睨んだ。
その日、颯希は初めて仮病で部活を休んだ。
ぽたぽたと濡れた髪から水滴が落ち、お湯の張られた浴槽へと落ちる。
風呂や自室。
一人になるタイミングが来る度に今日の神崎と伊織のキスシーンを思い出し、胸が痛くて仕方がない。
唯一の希望は、あの時伊織が眠っていたこと。
起きていたら拒否していただろうと必死に考える。
それでもあの出来事が嘘ではないことからいくら考えても気分は沈む。
そしてまた、いつもの深いため息を吐いた。
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