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第34話

「神崎…。」  見開いた目をゆっくりと細めて伊織がそう呟くと、神崎は伊織の顔をしっかりと見つめる。 「俺がお前に何をした?教えて。俺、謝るから。だから…。」  聞こえてくる神崎の声は震えていて、今にも泣き出しそうだった。  伊織は首を横に振り、ゆっくりと口を開く。 「違う。神崎が俺に、何かしたわけじゃない。神崎が悪いわけじゃ、ない。悪いのは、俺。」 「穂積が、悪い?」  意味がわからない、と神崎は壁から右手を離し、まっすぐに伊織を見て、伊織に次の言葉を求めた。  神崎の発言に、伊織が頷く。 「そう。俺のせい。俺が、神崎を傷つけた。」  神崎が不思議そうな顔をする。 「どういうことだ?」  神崎が尋ねると、伊織は俯く。 「俺が、神崎の気を悪くするようなこと、言ったんだよね?」  なぜ疑問形なのか、いつそんなこと言いわれたのか、そもそも言われたのかどうか。  神崎は何もわからず、首を傾げる。 「なんで?」  その言葉が今の神崎の気持ちを一番的確に表現した。  伊織は気まずそうに神崎を見た。 「この前の。テストの次の日。神崎、俺に対してすごく機嫌悪かった。だから、俺が何か、神崎を怒らせるようなこと言ったと思った。  俺、思ったことなんでも言うから。無意識に神崎を傷つけたんだと、思った。」  伊織が言う、テストの次の日。つまり三月九日のことを颯希は覚えていた。 (あの日は確か、朝から伊織が神崎のことで腹を立てていたはず。)  そう、あの日、すこぶる機嫌が悪かったのは伊織。  颯希は朝から悠馬と二人で伊織の愚痴を聞いていたことを思い出す。  そしてもう一つ、颯希は思い出した。  それは、水族館で話した、伊織が悩んでいたことについて、だ。  素直すぎる故に、神崎を傷つけたのかもしれないと悩んでいた伊織を思い出す。  一方、神崎は九日のことを瞬時に理解したらしい。  あの日神崎の機嫌が悪かった理由は間違いなく、その前日に伊織が颯希の頰に触れていた現場を目撃したからだ。  帰り際に颯希を睨みつけ、そのイラつきを次の日の部活で隠せなかったことを思い出す。  伊織を見れば、颯希と一緒にいるシーンがちらついて、嫉妬心が溢れかえっていたのだ。  けれど、神崎が颯希に嫉妬していたことを、伊織が知っているわけない。  何も知らず神崎が機嫌を悪くした理由を考えた伊織は、自らの短所である、素直すぎること、が理由に違いないと勘違いをした。  そこまで理解できて、神崎には理解できなかったことが一つだけある。  それは、避けていた理由。  伊織が素直すぎる自分を責めていたことはわかった。  良いことも嫌なことも、伊織が思っていることをそのまま言葉に出す人だということは二年近くも一緒に部活動をしてきた神崎にはわかっていたからだ。  けれどそれは、これから気をつけていけばいいだけの話。  最近神崎を避けている理由には、なっていない。  そう考えた神崎は鋭い視線を真っ直ぐに伊織へと向けた。 「なんで、俺のことを避けた?」  神崎は先ほどと同じ質問を繰り返し、尋ねる。  けれど、今の問いは、先ほどのものとは違って、より具体的なことを聞いていた。

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