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第6話 本気の褒め言葉は危険物

褒めることは、俺の仕事だ。 顔がいい。声がいい。今日の服、似合ってる。 頑張ってるの、ちゃんと分かってる。寂しかったら、俺のところに来ればいい。 そういう言葉を、俺は何百回も、何千回も使ってきた。 言葉は商品だ。 相手が欲しがる形に整えて、欲しがる温度で渡す。 熱すぎると重い。冷たすぎると届かない。甘すぎると嘘くさい。 だから、ちょうどいいところを探す。 客が少しだけ泣きそうになって、それでも笑えるところ。それが俺の褒め方だった。 けれど、玻璃宮千歳相手だと、どうにも勝手が違う。 顔がいいと言えば、雑だと言われる。 金があると言えば、帰れと言われる。 綺麗だと言えば、軽い口で言うなと言われる。 軽くないと言えば、困ると言われる。 そして、困らせたこっちまで困る。 非常に面倒くさい。しかも、面倒くさいのに、嫌じゃない。最悪だ。 「というわけで」 笹目冴は、いつものファミレスで偉そうに腕を組んでいた。 「今回は、褒め殺しです」 「物騒な言葉だな」 「正確には、承認欲求攻略」 「もっと物騒になった」 「人間、大体みんな承認欲求で動いてるから」 「急に人生の闇を出すな」 朝のファミレスは、今日も平和だった。 隣の席ではサラリーマンがモーニングを食べている。 窓際では女子高生が単語帳を開いている。 俺の向かいでは、幼馴染が人間の欲望を分析している。 世の中はバランスがおかしい。 冴はメモ帳を開いた。もう完全に恒例だ。 ページの頭には、大きくこう書かれている。 ーー 攻略ログ05:本気の褒め言葉は危険物 ーー 「まず、千歳さんは表面を褒められ慣れてる」 「顔、金、家柄、能力」 「そう。そこは刺さらない。むしろ刺すと怒られる」 「怒るというか、冷たく処理される」 「余計怖い」 俺はコーヒーを飲んだ。少し苦い。 「じゃあ何を褒める?」 「誰にも見られてない部分」 冴はペン先でメモ帳を叩いた。 「千歳さんはたぶん、ずっと“できて当たり前”の場所にいる」 「財閥の跡取りだから?」 「うん。顔がよくて、頭がよくて、立場があって、金がある。そういう人って、結果を褒められることはあっても、踏ん張ってることは見られにくい」 「……」 「だから、言うならそこ」 「誰にも弱み見せずに立ってるところ、とか?」 冴が、にやっと笑った。 「もう分かってるじゃん」 「この前言った」 「言ったね。で、千歳さん、困ったんでしょ」 「困ったらしい」 「そこ」 「どこ」 「刺さってる」 俺はカップを置いた。 「でもさ」 「うん」 「それ、褒めていいやつか?」 冴の表情が、少しだけ真面目になる。 「いい質問」 「お前に褒められると腹立つな」 「人の痛いところを褒める時は、気をつけないと傷口を撫でることになる」 「それだよ」 千歳は強い。涼しい顔で、どんな場でも立っている。 皮肉屋で、高慢で、全部見透かしていて、こちらを振り回す。 でも、本当に何も痛くないわけじゃない。 母の話。澪標の丘。白蝶会。父不在。 執事の鏡味だけが知る顔。まだ俺は、千歳の全部を知らない。 知らないのに、「頑張ってるな」なんて軽々しく言っていいのか。 その言葉が、あいつにとって刃物にならないか。 「……俺さ」 「うん」 「あいつを落とすために褒めるって、ちょっと嫌なんだけど」 言った瞬間、自分で驚いた。 冴は驚かなかった。むしろ、予想していたみたいに静かだった。 「そこまで来たか」 「何が」 「攻略が嫌になってきた」 「嫌っていうか」 「雑に扱いたくないんでしょ」 俺は黙った。 そうだ。雑に扱いたくない。 千歳の綺麗な顔も、皮肉も、困った声も、少しだけ休んだ表情も。 全部、攻略の材料として切り分けるのが嫌になっている。 「纏」 冴は少し優しい声で言った。 「今回は、落とすために褒めるんじゃなくて、見えたから言う」 「見えたから」 「そう。本当に見えたものだけ言う。分からないことは言わない。大げさにしない。慰めにしない」 「難しいな」 「難しいよ。だから危険物」 冴はメモ帳に書き加えた。 ーー 本気の褒め言葉は、相手を落とすためではなく、相手に届いてしまう。 ーー 「届いてしまう?」 「そう。届かせようとすると嘘くさくなる。でも、本当に見たものをそのまま言うと、届いてしまう」 「それ、攻略としてどうなの」 「攻略じゃなくなる」 冴はにっこり笑った。 「だから面白い」 「面白がるな」 「だって、いよいよだなって感じするじゃん」 「何が」 「アンタが“仕事としては正しいけど、人としてはやりたくない”って悩み始めた」 言い返せない。冴は続ける。 「今日の作戦」 「はいはい」 「一、雑な褒めは封印」 「顔がいい禁止?」 「禁止」 「金がある禁止?」 「禁止」 「語彙が死ぬ」 「生き返らせろ」 「厳しい」 「二、千歳さんが無理してる瞬間を見る」 「無理」 「うん」 「三、見えたものだけ言う」 「……」 「四、言った後に、逃げない」 俺は顔を上げた。 「逃げない?」 「本気の言葉を言った後、アンタすぐ茶化すでしょ」 「癖」 「今日は茶化さない」 「無茶言うな」 「千歳さんも逃げる。アンタも逃げる。二人で逃げてたら進まない」 「……」 「言ったら、受け止める。相手が困っても、茶化さず待つ」 待つ。今度は俺が待つ側か。 これまで、千歳は何度も俺の答えを待った。 それは、君の口から聞きたい。 途中から先は? 俺に誤解されたくなかった? 呼ばれたい? あいつはずるい質問をして、俺が答えるのを待つ。 今度は、俺があいつの沈黙を待つ番。 「あと、腐女子向けに言うと」 「出た」 「本気で刺さった時、口より手が先に漏れる」 「何語?」 「沼語」 「また沼」 「千歳さんみたいな人は、言葉では認めない。顔にも出さない。でも、袖とか手首とか、そういうところに出る」 「出るって何が」 「離したくない、とか。ここにいてほしい、とか。今の言葉をなかったことにしたくない、とか」 「袖にそんな情報量ある?」 「ある。袖を掴む男は強い」 「どういう基準だよ」 「アンタにはまだ分からなくていい」 「毎回それ言うな」 冴はにやっと笑った。 「でも、もし掴まれても、茶化すな」 「袖を?」 「うん」 「掴まれる前提なの何なんだよ」 「女の勘」 「信用ならない」 「当たるよ」 嫌な予言をするな。けれど、少しだけ想像してしまった。 千歳の指が、俺の袖を掴むところ。一瞬だけ。すぐ離すところ。 そんなものを想像しただけで、胸が少し変になる。かなり末期だ。 「次、どこで会うの?」 冴が聞いた。 「玻璃宮グループの本社」 「本社?」 「青い器を見に来るかって」 「執務室?」 「ああ」 冴の目が少し鋭くなった。 「それ、かなり奥に入れてもらうってことだよ」 「そうなのか」 「普通、ホストを財閥本社の執務室に呼ぶ?」 「普通が分からん」 「普通じゃない」 冴は少し笑う。 「千歳さん、自分の場所も見せる気になってる」 俺はスマホを取り出した。 昨夜のやりとりを、また見てしまう。 『青い器は、しばらく俺の執務室に置くことにした。見に来るか』 俺は一晩考えて、こう返した。 『行く。その高さ、見せろよ』 千歳の返信は短かった。 『なら、逃げるな』 俺は、それにまだ返せていない。逃げるな。今回の作戦と同じだ。 冴が俺のスマホを横目で見て、笑った。 「返事は?」 「まだ」 「何て返すの」 俺は少し考えて、打った。 『逃げねぇよ。そっちこそ、隠すな』 送信。すぐ既読。 そして、少し遅れて返信。 『善処する』 「固っ」 冴が覗き込んで笑った。 「財閥語?」 「たぶん照れ隠し」 「分かってきたじゃん」 俺はスマホを伏せた。 照れ隠し。そう思えるくらいには、千歳の皮肉や硬さの奥を見ようとしている。 見ようとしてしまっている。それがもう、だいぶ危ない。 **** 玻璃宮グループ本社は、想像より静かだった。 いや、建物はでかい。めちゃくちゃでかい。 見上げると首が痛くなるレベルのガラス張り高層ビル。 エントランスは美術館みたいで、受付の人間は俺のスーツの値段を一瞬で見抜きそうな顔をしている。 けれど、派手さはない。 金持ちが本気で金をかけると、逆に静かになるらしい。 Club Perigeeとは正反対だ。うちの店は、金をかけて夢を盛る。ここは、金をかけて余計なものを消している。 「架橋纏様ですね」 受付に名前を告げると、すぐに秘書らしき女性が迎えに来た。 「玻璃宮がお待ちです」 玻璃宮。 千歳ではなく、玻璃宮。 ここではあいつは個人名ではなく、家の名前で呼ばれる。そのことが、少し胸に引っかかった。 エレベーターは、専用だった。 静かに上がる。 階数表示が無機質に変わっていく。途中で誰も乗ってこない。 この箱の中で、俺だけが明らかに場違いだった。 夜の匂いを抑えたスーツ。薄い香水。磨いた靴。 それでも、このビルの空気には馴染まない。でも、逃げない。お前の高さ、見せろよ。そう言ったのは俺だ。 最上階に近いフロアでエレベーターが止まる。 廊下を歩く。床は音を吸うような厚い絨毯。壁には控えめな絵。 遠くに、大きな会議室が見えた。 ガラス越しに、何人もの役員らしき人間が座っている。その中央付近に、千歳がいた。 会議中らしい。秘書が小声で言う。 「少々お待ちください」 俺は廊下のソファに座った。 待つ間、会議室の中が少し見えた。千歳は、白いシャツに濃いスーツ。 ネクタイはきちんと締めている。 Club Perigeeで水を飲んでいた千歳とは、まるで違う。 声は聞こえない。でも、空気は分かる。 一人の年配の男が強い口調で何かを言っている。 他の役員が頷く。 白蝶リゾート構想。資料の一部に、その文字が見えた。 俺は思わず身を乗り出した。千歳は、表情を変えない。 年配の男の言葉を最後まで聞き、静かに資料をめくる。 そして、一言二言だけ返す。 それだけで、会議室の空気が変わった。反論した男の顔がこわばる。 役員たちの視線が千歳へ集まる。千歳は、涼しい顔でそれを受けている。 強い。本当に強い。でも。俺には、その背中が少しだけ痛そうに見えた。 全員の視線を受けて、少しも揺れない姿。 揺れないのではない。揺れを見せないようにしている。 そう思った瞬間、冴の言葉が胸に落ちた。 誰にも見られてない部分を褒めろ。 **** 会議が終わった。 役員たちが出てくる。何人かが俺に視線を向けた。 値踏み。警戒。軽蔑。珍しいものを見る目。 俺は軽く笑って流した。 その中に、斎門がいた。玻璃宮斎門。 チャリティオークションで見た千歳の叔父。 彼は俺を見ると、眉をひそめた。 「君は」 俺が名乗る前に、千歳の声がした。 「俺の客です」 客。その言葉に、周囲の視線が少し変わった。 ホストである俺が、御曹司の客。立場が逆転していて、妙におかしい。 斎門は千歳を見た。 「本社にまで連れ込む相手かね」 「ええ」 千歳は静かに言う。 「俺が招いたので」 「……君は最近、妙な噂が多い」 「噂は昔から多いでしょう」 「男相手の噂は初めてだ」 廊下の空気が少し冷えた。 俺は一歩前に出ようとして、千歳に視線で止められた。 千歳は微笑んでいる。 鈍いふりをする時の、あの微笑み。 「叔父上」 「何だ」 「私生活までご心配いただけるとは、光栄です」 「茶化すな」 「では、業務の話を。先ほどの白蝶リゾート構想について、叔父上の資料には収益試算の前提が三年前の観光統計に基づく箇所がありました。修正資料を後ほどお送りします」 斎門の顔が歪んだ。痛いところを刺したらしい。 千歳は声を荒げない。ただ、静かに切る。 「……相変わらず可愛げがない」 斎門はそれだけ言って去っていった。 廊下に残った空気は、ひどく冷たい。 千歳はしばらくその背中を見ていた。 表情は変わらない。でも、指先が少しだけ握られている。 「千歳さん」 俺が呼ぶと、千歳はすぐにこちらを向いた。 「待たせたな」 何もなかった顔で言う。何もなかったことにする顔。 俺はそれを見て、胸の奥が少し重くなった。 「今の」 「気にしなくていい」 「気にするなって言われると気になる」 「では、気にしろ」 「雑だな」 「君に合わせた」 いつもの返し。でも、少しだけ疲れている。 「執務室へ行こう」 千歳は歩き出した。俺はその隣に並ぶ。 今度は、千歳の歩幅より少しだけ遅く。追いつくためではなく、隣で見失わないために。 執務室は、広かった。 広いのに、無駄がなかった。大きな机。本棚。窓の外には、都心のビル群。 壁際には、先日落札した青いガラスの器が置かれていた。 澪標の丘の水の色。千歳の母がそう言った器に似た、淡い青。 部屋の中で、その器だけが少し柔らかく光っている。 「本当に置いたんだな」 「君が見に来ると言ったから」 「俺のため?」 「器のためだ」 「照れ隠しが雑になってきた」 「君に合わせた」 千歳はジャケットを脱ぎ、椅子の背にかけた。 その動作に、ほんの少し疲れが滲んでいる。 俺は部屋を見回した。完璧に整っている。仕事のための部屋。御曹司として立つための場所。でも、どこか息苦しい。 「飲み物は?」 千歳が聞く。 「客扱い?」 「俺の客だと言った」 「じゃあ水」 「酒ではなく?」 「ここで酔ったら、ビルから落ちそう」 「落ちるには窓が開かない」 「現実的な返し」 千歳は内線で水を頼もうとしたが、俺が手で止めた。 「いい。自分でやる」 「ここは君の店ではない」 「知ってる。でも、水くらい自分で取れる」 執務室の端に、小さなカウンターがあった。 俺はグラスを二つ取り、水を注ぐ。片方を千歳に渡す。千歳はそれを見て、少しだけ笑った。 「Club Perigeeの再現か?」 「今日は玻璃宮本社出張版」 「料金は?」 「御曹司価格」 「高そうだ」 「高くつくぞ」 「君が?」 「俺が」 二人で少し笑った。 このやりとりも、もう何度目か分からない。 でも、言うたびに意味が変わっている。最初は軽口だった。今は、二人だけの合図みたいになっている。 千歳は青い器の前へ立った。 「どうだ?」 「似合う」 「器が?」 「部屋に」 「俺には?」 俺は千歳を見た。青い器の横に立つ千歳。 冷たい執務室の中で、そこだけ水の色が差している。 「似合うよ」 「雑だな」 「まだ続きがある」 千歳がこちらを見る。 俺はゆっくり息を吸った。雑な褒めは禁止。見えたものだけ言う。言った後に逃げない。 「この部屋、全部仕事の顔してる」 「……」 「机も、棚も、窓も、置いてあるものも。全部、玻璃宮千歳が失敗しないためにあるみたいだ」 千歳は黙っている。 俺は続けた。 「でも、その器だけ少し違う」 「どう違う」 「たぶん、お前が失敗しないためじゃなくて、忘れないために置いたものだろ」 千歳の指が、わずかに動いた。 「母を?」 「それもある」 「他には?」 「自分が何を守りたいか」 千歳の視線が、器から俺へ動く。 「君は」 「うん」 「時々、腹が立つほど見ているな」 「ホストなんで」 「逃げたな」 逃げた。確かに。便利な言葉を使った。冴に言われたばかりなのに。 俺は水を一口飲んで、グラスを置いた。 「ごめん。逃げた」 千歳が、少しだけ目を見開く。 「認めるのか」 「今日の俺は、逃げない予定なんで」 「予定」 「努力目標」 千歳は小さく笑った。 「では、聞こう」 「何を」 「逃げない言葉を」 来た。 自分で言ったくせに、心臓が嫌な音を立てる。 俺は千歳を見た。顔がいい。金がある。能力がある。 そういう言葉はいらない。俺が今言いたいことは、もっと奥にある。 そして、言ってしまったら、たぶんもう仕事だけでは済まない。 「千歳さん」 「何かな」 「お前、すごいよな」 千歳の眉が少し動いた。 「雑な褒め方だ」 「顔がいい」 「もっと雑になった」 「金もある」 「帰れ」 「でも、それだけじゃない」 千歳が黙った。俺も、茶化さなかった。 「誰にも弱み見せずに立ってるところは、普通にすごい」 部屋の空気が、変わった。音が消えたみたいだった。 窓の外には車が流れている。ビルの明かりがちらついている。 でも、この部屋だけ静かだった。 千歳は俺を見ている。涼しい目。でも、奥が揺れている。 「そういうのを」 千歳の声は、低かった。 「軽い口で言うな」 「軽くねぇよ」 すぐに返した。逃げなかった。 千歳の唇が、少しだけ動く。 「じゃあ、困る」 「うん」 「また困らせるのか」 「今日は、そのつもり」 千歳は視線を逸らした。青い器を見た。それから、窓の外を見た。 俺は待った。 いつもなら、ここで何か言う。照れた? 刺さった? 御曹司様、顔赤いですよ。 そういう軽口で逃げる。 でも今日は、言わなかった。千歳が言葉を探すまで、待った。かなり長い沈黙だった。 やがて、千歳が言った。 「俺は」 「うん」 「すごくなんかない」 「うん」 「ただ、そうしないと保たないだけだ」 その声は、初めて聞く種類のものだった。 皮肉でもない。高慢でもない。鈍いふりでもない。 ただ、少し疲れた男の声。 「母が死んでから、父は海外へ行くことが増えた」 千歳は窓の外を見たまま言う。 「家の中では、誰もが俺を見るようになった。跡取りとして。次期当主として。玻璃宮として」 俺は黙って聞いた。 「泣く時間も、怒る時間も、あまりなかった。俺が崩れると、周りが不安定になる。だから、崩れないようにした」 千歳の指が、青い器の縁に触れる。 「最初はふりだった。大丈夫なふり。分かっているふり。傷ついていないふり」 「……」 「ふりが長いと、だんだん本当に見える。周囲にも、自分にも」 千歳は、少しだけ笑った。その笑いは、痛かった。 「だから、君みたいに簡単に言われると困る。誰にも弱みを見せずに立っている、と」 「……ごめん」 「謝れと言っているんじゃない」 「でも、痛かっただろ」 千歳がこちらを見る。その目は、驚いていた。 「君は」 「何」 「そこで、嬉しかったかと聞かないんだな」 「聞かねぇよ」 「なぜ」 「痛いところ突いたのに、嬉しいか聞くのは最悪だろ」 千歳は何も言わなかった。ただ、目を伏せた。 その仕草が、妙に幼く見えた。 三十歳の財閥御曹司。全部見抜く策士。 そんな肩書きが、少しだけ遠くなる。 そこにいるのは、ただ大丈夫なふりをし続けてきた男だった。 「でも」 俺は続けた。 「俺が言いたかったのは、崩れないお前が偉いってことじゃない」 千歳が顔を上げる。 「崩れそうなのに、それでも守るもの見失わないところがすごいってこと」 「……」 「母親の場所とか、澪標の丘とか。誰かに笑われても、面倒だと言われても、お前はそこを見てる」 千歳の目が、また揺れた。 「だから、すごい」 言い切った。今度は逃げなかった。 千歳は俺を見ていた。その顔に、皮肉はない。笑みもない。ただ、言葉を受け止めている。 俺は、こんな千歳を見ていいのか分からなかった。でも目を逸らさなかった。 その時だった。 千歳の指が、ほんの少し動いた。青い器から離れ、空中で迷う。 そして、俺の袖を掴んだ。本当に一瞬だった。 指先が、俺のジャケットの袖口を軽くつまむ。掴むというより、触れる。 引き止めるというには弱すぎる。でも、偶然というには、あまりにも確かだった。 俺は息を止めた。 千歳も、自分が何をしたのか気づいたらしい。すぐに指を離した。 「……今のは」 「見てない」 反射で言った。千歳が俺を見る。 「見ていただろう」 「見てないことにする」 「なぜ」 「お前が、なかったことにしたそうな顔してるから」 千歳は黙った。 さっきまで俺の袖に触れていた指先が、宙で少しだけ固まっている。 俺はその手を見ないようにした。見たら、何かを言ってしまいそうだった。 触れたい、とか。離すな、とか。そんなことを。 「纏」 千歳の声は低かった。 「何」 「君は、時々、本当に困る」 「知ってる」 「知っていてやるのか」 「今日は、そういう日」 千歳は小さく息を吐いた。 「危険な日だな」 「本気の褒め言葉は危険物らしいんで」 「誰の言葉だ」 「冴」 「また彼女か」 その声が、ほんのわずかに変わった。 俺は見逃さなかった。 「嫉妬?」 言ってから、しまったと思った。まだ早い。 いや、そういう問題じゃない。この空気で茶化すな。冴に言われたばかりだろ、俺。 千歳は、少しだけ目を細めた。 「質問が雑だ」 「……悪い」 「だが」 「だが?」 「不快ではない」 俺は息を止めた。 千歳は、水のグラスを見ながら言った。 「君が誰に相談して、誰の言葉で俺に近づいているのかは、少し気になる」 「……」 「これが嫉妬かどうかは、まだ分類中だ」 俺は固まった。 おい。それは俺の言い方だ。分類中。こいつ、わざと返してきた。 「千歳さん」 「何かな」 「そういうの、軽い口で言わないでください」 千歳が笑った。 「君の真似だ」 「似てきてる」 「迷惑?」 「……いや」 困る。本当に困る。千歳が、俺の言葉を覚えて使う。 俺との会話を、自分の中に置いている。そのことが、馬鹿みたいに嬉しい。 「今、少しだけ休むか?」 俺は言った。 千歳は目を瞬かせた。 「ここで?」 「ここで」 「本社の執務室で?」 「そう」 「君は本当に、場所を選ばないな」 「場所を選ぶ余裕があるなら、まだ大丈夫だろ」 千歳はしばらく俺を見ていた。それから、少しだけ笑った。 「五分だけ」 「うん」 「君は?」 「ここにいる」 「何もしない?」 「しない」 「本当に?」 「信用しろ」 「信用しているから、確認している」 前に聞いた言葉が返ってくる。 俺は笑った。 「じゃあ、確認済み。何もしない」 千歳は椅子に座り、背を預けた。目を閉じる。 本当に五分だけ休むつもりらしい。俺はその少し離れたソファに座った。 何もしない。触れない。話しかけない。ただ、同じ部屋にいる。それだけ。 でも、なぜかそれが一番難しかった。 千歳が目を閉じている顔は、普段よりずっと静かだった。 睫毛が長い。顔が綺麗。そういう雑な言葉が浮かぶ。 でも今は、それよりも。この男は、いつもこんなに疲れていたのか、と思った。 誰にも弱みを見せずに立つことを、当たり前みたいに続けてきたのか。 胸が重い。 俺は、落とすために近づいた。 千歳をスキャンダルに巻き込み、敵の思惑通りに世間へ誤解させる。その片棒を、俺は担いでいる。 その金で、灯庭舎を守ろうとしている。最低だ。 そう思った。今さら。本当に今さらだ。 五分後、千歳が目を開けた。 「時間?」 俺が聞くと、千歳は時計を見る。 「四分四十秒」 「細か」 「五分は越えていない」 「真面目か」 「真面目だ」 千歳は少しだけ目元を緩めた。 「少し楽になった」 「それはよかった」 「また、君に甘やかされたな」 「裏メニュー継続中なんで」 「高くつく?」 「俺がな」 千歳は笑った。今度の笑い方は、少しだけ自然だった。 その笑顔を見た瞬間、俺は思ってしまった。 ああ、見たい。この顔をもっと見たい。 俺が褒めた言葉に困る顔も。少し休んで楽になった顔も。 皮肉を返しきれずに黙る顔も。全部、見たい。 それはもう、仕事の好奇心じゃない。たぶん。いや、まだ認めない。認めたら、戻れない。 しばらくして、千歳は青い器を見ながら言った。 「この器を買った時、君は“欲しいなら欲しいって言えばいい”と言ったな」 「言った」 「子供の理屈だと思った」 「言ってたな」 「でも、悪くなかった」 「褒めてる?」 「半分」 「残りは?」 「礼だ」 俺は少し驚いた。千歳が礼を言うのは珍しくない。 でも、その声はいつもより深かった。 「ありがとう」 まっすぐ言われて、俺の方が困った。 「……どういたしまして」 「照れたな」 「照れてない」 「耳が赤い」 「照明のせいだ」 「ここは自然光だ」 「ビルの反射光」 「言い訳が苦しい」 千歳が笑う。 俺も笑った。 その時、執務室のドアがノックされた。入ってきたのは鏡味静臣だった。 「失礼いたします」 「何か」 「凍蝶院様より、お電話が」 千歳の表情が一瞬で戻った。御曹司の顔。 硬く、涼しく、崩れない顔。俺はその変化を見て、少しだけ胸が痛んだ。 「繋いで」 「かしこまりました」 鏡味は電話を準備し、部屋の端へ下がった。 スピーカーではない。 千歳は受話器を取る。 「千歳です」 声が変わる。柔らかいが、冷たい。 相手の声は聞こえない。だが、千歳の横顔だけで分かる。 面倒な相手だ。 凍蝶院瑠璃香。後妻。白蝶会。 「ええ。斎門叔父上から伺っています」 千歳は淡々と話す。 「白蝶リゾート構想については、まだ検討段階です」 間。 「感情で反対しているわけではありません」 また間。 「母の名を出すのは、お控えください」 その瞬間、部屋の温度が下がった。 千歳の声は荒れていない。でも、刃が出た。 俺は思わず立ち上がりかけて、やめた。 これは俺が割り込む場面ではない。千歳の戦いだ。 「失礼します」 千歳は電話を切った。受話器を置く指が、少しだけ強い。 鏡味が静かに声をかける。 「坊ちゃま」 「その呼び方はやめろ」 「失礼いたしました」 鏡味は俺に目を向けた。何かを察したような、静かな視線。 それから一礼して、部屋を出ていった。 千歳は、しばらく動かなかった。 俺は何も言わなかった。言えば、軽くなる気がした。でも、沈黙も重い。 結局、俺は水のグラスを手に取り、千歳の前に置いた。 「飲め」 「命令?」 「願い」 千歳の目が、少しだけ揺れた。 「……君は」 「何」 「言葉の使い回しが上手いな」 「ホストなんで」 「逃げた」 「うん。少し」 千歳はグラスを取った。水を飲む。 それだけで、さっき電話で固まった肩が少し落ちた。 「瑠璃香さん?」 俺は聞いた。 千歳は少しだけ目を細める。 「聞いていたのか」 「聞こえてた範囲だけ」 「そうか」 「母親の名前、出された?」 千歳は答えなかった。でも、答えなくても分かった。 「最低だな」 口から出た。 千歳がこちらを見る。 「君が怒ることではない」 「俺が怒ったら悪いのかよ」 「関係ないだろう」 「あるだろ」 言ってから、心臓が強く鳴った。 千歳の目が、まっすぐ俺を見る。 「何の関係が?」 これはずるい質問だ。 答えを求められている。 でも俺は、まだ言葉を持っていない。好きだから。そう言えるほど、俺は自分を認めていない。 仕事だから。そう言うには、もう遅い。 「……お前が嫌そうだった」 俺は、ようやくそう言った。 「だから腹立った」 千歳は黙った。 長い沈黙。そして、小さく息を吐く。 「そういうのが」 「うん」 「一番困る」 「知ってる」 「知っていて言う」 「今日はそういう日」 千歳は目を伏せた。 「危険な日だな」 「本気の褒め言葉は危険物らしいんで」 「二度目だな」 「印象的だった?」 「かなり」 千歳はそう言って、ほんの少し笑った。 その笑いが痛くて、綺麗で、俺はまた何も言えなくなる。 **** 執務室を出る時間になった。 千歳はエレベーターまで送ると言った。 「忙しいだろ」 「君を呼んだのは俺だ」 「客扱い徹底してるな」 「そうだな」 二人で廊下を歩く。 途中、何人もの社員が千歳に頭を下げた。千歳は短く応じる。 その度に、彼の背筋が少しだけ伸びるのが分かった。 このビルにいる限り、千歳はずっと玻璃宮千歳だ。ふりが終わらない。 エレベーター前で、千歳が立ち止まる。 「今日は」 「うん」 「少し、見られすぎた」 「俺に?」 「君に」 「嫌だった?」 千歳はすぐには答えなかった。また半拍。懐かしい沈黙。 「嫌ではなかった」 それだけで十分だった。むしろ、十分すぎた。 「なら、また見る」 千歳の目がこちらへ向く。 「許可制だ」 「申請すれば通りますか」 「内容による」 「厳しいな」 「俺は高くつく」 「知ってる」 エレベーターが来る。扉が開く。 乗る前に、俺は振り返った。 「千歳さん」 「何かな」 「今日言ったこと、営業じゃないから」 千歳の表情が止まった。 「誰にも弱み見せずに立ってるところがすごいってやつ」 「……」 「営業なら、もっと綺麗に言う」 千歳は少しだけ笑った。 「綺麗ではなかったな」 「悪かったな」 「でも、届いた」 胸が詰まった。届いた。そう言われた。 俺の言葉が、千歳に届いた。それだけで、足元が少し危うくなる。 エレベーターの扉が閉まりかける。 その直前、千歳が言った。 「また来い、纏」 俺は咄嗟に返した。 「呼べよ、千歳さん」 扉が閉まる。 箱が下り始める。 俺は壁にもたれて、長く息を吐いた。やばい。本当にやばい。 今日のは、かなり危ない。 **** 本社を出ると、夜の空気が少し冷たかった。 俺はそのままClub Perigeeには戻らず、灯庭舎へ向かった。 理由はない。いや、ある。自分が最低なことをしていると、思い出したからだ。 千歳の本社で、千歳の痛みに触れて、千歳に言葉を届かせた。 でも俺は、まだ依頼のことを告げていない。 金のために近づいたこと。敵のスキャンダル作りに使われていること。千歳は知っているかもしれない。 でも、俺の口からは言っていない。 灯庭舎に着くと、庭では子供たちが片づけをしていた。 「纏兄ちゃん!」 蓮太が駆けてくる。 「今日は遅いね!」 「仕事帰り」 「ホスト?」 「そう」 「金持ちの人、来た?」 「来た」 「札束で汗拭いてた?」 「まだそれ信じてんのか」 蓮太は笑った。その笑い声に、少し救われる。 院長先生が玄関から出てきた。 「纏くん」 「少しだけ寄った」 「顔色が悪いわね」 「そう?」 「ええ」 院長先生は何も聞かず、温かいお茶を出してくれた。 古い食堂。傷のついたテーブル。子供たちの落書きが少し残った椅子。 ここは、玻璃宮本社とは正反対だった。 でも、俺にとっては、こちらの方がずっと現実だった。 「守りたいものがあると」 院長先生が静かに言った。 「人は無理をするわ」 俺はお茶を見た。 「急に何」 「あなたの顔に書いてある」 「俺、そんな顔に出る?」 「子供の頃から」 今日はそればかりだ。 千歳にも、冴にも、螢にも、院長先生にも、全部見抜かれている。 ホスト失格じゃないか。 「院長」 「何?」 「俺が、ちょっと最低なことしててもさ」 院長先生は黙って聞いている。 「ここを守れたら、許されると思う?」 言ってから、馬鹿なことを聞いたと思った。 院長先生は、しばらく俺を見ていた。それから、静かに言った。 「許されるために守るの?」 胸が詰まった。 「違う」 「なら、間違えた時は、ちゃんと謝りなさい」 「……」 「守りたいものがあることと、誰かを傷つけていいことは、別よ」 正論だった。優しくて、逃げ道のない正論。 俺は苦笑した。 「痛いな」 「痛く言ったもの」 「院長、たまに強いよな」 「年の功です」 その夜、俺は灯庭舎の古い廊下を少し歩いた。 木の床がぎしぎし鳴る。 この音を守りたい。この場所を守りたい。 でも、千歳も守りたいもののために立っている。俺は、その両方の間で何をしている。 金のために近づいた。でも、今はもうそれだけじゃない。 認めたくない。でも、否定できない。 **** 帰り道、スマホが震えた。 千歳からだった。 『今日は、疲れた』 短い。それだけ。 でも、千歳がそんな言葉を送ってきたこと自体が、あまりにも大きかった。 俺は足を止めた。 返信画面を開く。 何度も打って、消した。お疲れ様。ゆっくり休め。偉かったな。 全部違う。軽すぎる。重すぎる。結局、俺はこう打った。 『おつかれ。今日はもう玻璃宮やめて寝ろ』 送信。 既読はすぐについた。少し遅れて、返信。 『命令?』 俺は少し笑った。 『願い』 既読。今度の返信は、かなり遅かった。 その間、俺はずっと画面を見ていた。 やがて届いた。 『なら、聞いてやる』 俺はその場でしゃがみ込みそうになった。 まずい。本当にまずい。これを嬉しいと思っている。千歳が、俺の願いを聞くと言ったことが。 たぶん今夜、あの男は少しだけ御曹司をやめて眠る。 そのことが、俺の胸を温かくする。 **** 反省会は、翌朝だった。 冴は俺の顔を見るなり、何も言わずに頷いた。 「危険物、爆発した?」 「……したかもしれない」 「おお」 「喜ぶな」 「で、何言ったの」 俺は一通り話した。 本社。斎門。白蝶リゾート構想。青い器。千歳の母。 誰にも弱みを見せずに立っているところがすごいと言ったこと。 千歳が、崩れないふりを続けてきたと話したこと。 そのあと、俺の袖を一瞬だけ掴んだこと。すぐ離したこと。俺が見なかったことにしたこと。 凍蝶院瑠璃香からの電話。 母の名前を出されたこと。俺が怒ったこと。 今日はもう玻璃宮やめて寝ろ、と送ったこと。 冴は最後まで黙って聞いた。 そして、ゆっくりと言った。 「だいぶ踏み込んだね」 「やりすぎたか」 「やりすぎ。でも必要だった」 「どっち」 「両方」 冴はメモ帳を開く。 ーー 攻略ログ05:本気の褒め言葉は危険物 ーー その下に書く。 ーー 結果:千歳の芯に届いた。纏の罪悪感も起動。 ーー 「罪悪感」 「あるでしょ」 「……ある」 「それが出てきたなら、もう次の段階だね」 「次?」 冴は少しだけ表情を変えた。 いつもの面白がる顔ではなく、少し真面目な顔。 「嫉妬攻略」 「こんな重い流れの次に?」 「重くなったからこそ、嫉妬が効く」 「どういう理屈だよ」 「相手の芯に触れた後って、“自分は特別なのか”が気になり始めるの」 「……」 「千歳さん、もう気にしてるよ。冴って誰だ、って」 「それは分類中らしい」 「出た、分類中」 冴は笑った。 「次は、言葉では認めない嫉妬を、手で漏らさせる」 「手?」 「手首」 嫌な予感がした。 「また腐女子向け?」 「そう。嫉妬を口で言うと安い時がある。でも手首を掴むと強い」 「何で」 「帰るな、こっちを見ろ、誰にでもそうするな、って全部入るから」 「手首に情報量ありすぎだろ」 「袖より多いよ」 「袖も多かったのか」 冴はにやっと笑う。 「ちなみに、今日の袖は?」 俺は黙った。あの瞬間の感触を思い出す。 千歳の指。ほんの一瞬。俺の袖をつまんだ指。すぐに離した、あの迷い。 「……掴まれた」 「はい」 「何が、はい、だよ」 「強い」 「だから何が」 「後で効くやつ」 「後っていつだよ」 「そのうち」 「曖昧」 「恋はだいたい曖昧に進んで、あとから急に回収されるの」 「回収?」 「いや、こっちの話」 「また変なこと言ったな」 冴は笑ってごまかした。 袖を掴まれた。たぶん無意識。俺が気にしすぎなだけ。 掴まれたのは袖だ。肌じゃない。手でもない。なのに、あれは手を握られるより危なかった気がする。 千歳が、言葉にできなかった何かを、ほんの一瞬だけ俺の袖に預けた。そんな気がした。 「纏」 冴が言う。 「次、気をつけな」 「何を」 「千歳さんが嫉妬したら、たぶん可愛い」 「……」 「でも、可愛いで済ませたら刺される」 「想像できる」 「だから、からかいすぎない。拾う。でも逃げ道は残す」 「逃げ道じゃなくて選択肢だろ」 冴が少し驚いた顔をする。 「分かってきたじゃん」 「うるさい」 俺はコーヒーを飲んだ。冷めていた。 でも、今朝の苦さは少しだけ心地よかった。 千歳に言葉が届いた。千歳が俺の袖を掴んだ。 千歳が、今日は疲れたと送ってきた。俺の願いなら、聞いてやると言った。 それら全部が、胸の中で危険物みたいに熱を持っている。 仕事だ。攻略だ。灯庭舎のためだ。まだ、そう言える。 でも、今日の俺は知ってしまった。 本気の褒め言葉は危険物だ。相手に届く。そして、届いた瞬間。自分にも返ってくる。玻璃宮千歳の袖を掴む指先みたいに。 ほんの一瞬で、逃げ場をなくすくらいに。

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