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心拍数1 太一って誰?1
「美也子さん知らない?太一って人。柊一さんは昔の友達っていうんだけど」
ジャズボーカル兼柊一さんのマネージャーの美也子さんなら知っているはずだと思った俺は美也子さんにラインを送る。美也子さんの性格上スルーはないだろう。朝の出勤時に送ったが、まだ既読はつかない。
俺はスマホ画面とにらめっこしながら会社の昼間、簡単な食事を取っていた。その様子を見ていた同僚の渡辺が声を掛けてきた。
「彼女でも出来たか―七瀬」
「居ねえよ、彼女なんて」
彼氏?なら居ると言ったら何て言うんだろうな。絶対口が裂けても言わないけど。
「最近スマホ見る時間多くね?七瀬なんかあっただろ」
「仕事はしてるんだから別にいいだろ」
「やっぱ何かあったんだー」
渡辺は嬉々として俺の顔を見る。俺は渡辺の顔を一瞥し、
「ゲームにはまってんだよ、スマホゲーム」
「その割にはラインばっかみてるな、七瀬」
「覘き見るなよ!人が何してようが勝手だろ」
「やっぱ、彼女か…元サッカー部でキャプテンは流石、違うねー」
それは過去の栄光だ。今の俺には全く関係がない。
「昔の話だろ、そんなの。それより渡辺の方がなんかあったんじゃねえの?」
俺は話をすり替え、渡辺の方へ話を向ける。
「そうそ、聞いてくれよー涙々の物語」
…聞かなきゃよかった。が、方向を変えるにはそれしかなかったし。俺は渡辺のどうでもいい恋の話を聞かされる。俺は適当に相槌を打ちながら聞いてるふりをする。全神経は俺のスマホにある。仕事中だから、音はカットしているので着信があればバイブレーターが作動する。
渡辺のジェスチャー交じりの話は長い。聞かない選択があったならそっちを選んでいた。渡辺の話が最高潮に達したあたりだった。スマホが動いた。俺は渡辺に「悪い、悪い」と言いつつスマホの画面を見る。美也子さんからの返信だ。
『太一って、多分昔柊一と一緒にバンド組んでたベーシストよ、市原太一っていう名前なの』
ようやく太一の正体が判明した。市原太一でベーシスト、柊一さんの元バンド仲間。でも、なんであんなに柊一さんが表情変わったりしたんだろう。元仲間なら仲良さそうにしてもいいのに。何か過去にあったのかな。
「渡辺またな、仕事で~」
「こ、こらー!七瀬――!人の話を最後まで聞け―!!」
俺は食堂から職場へ逃げる。
「ふう…逃げられた~」
俺は職場に無事逃げ果せた。自分のパソコンの前に座り、スマホを弄りだす。
「なにか柊一さんとあったの?太一って人」
俺は美也子さんにラインを送る。あの時の柊一さんの顔を思い出す。ただの仲間では終わらない何かが太一って人と柊一さんにはある。
俺は美也子さんの返事を待つ間、市川太一で検索してみた。
出ない。何も出ない。そんなに有名な人ではないのか。ベースと補助にキーワードを追加してもだめだ。
その間に美也子さんから返事が来ていた。
『昔柊一と一緒に住んでた。有名なバンドに引き抜きされて柊一と別れたの。バンドも解散したわ』
引き抜きって言うと、ヘッドハンティング?それに柊一さんと一緒に住んでたって…!そんな過去があったんだ、太一って人。
柊一さんは友達って言ったけど、友達としか言えなかったのかもしれない。それほどデリケートな関係だったとすると、あの柊一さんの顔も納得できる。
柊一さんの居たバンドも解散したんだ。太一って奴の脱退で?なんか腹立つな。
でも、何故今頃になって柊一さんのところに電話してきた?まさかよりを戻そうととか思っていないよな。そんなの絶対に嫌だ。昔は昔で、今は今。それに柊一さん電話で断ってた気がする。うん、きっと大丈夫。俺は美也子さんにありがとうのスタンプを送った。
だけど気になるな、市原太一。
これ以上柊一さんに付き纏わないでほしい。柊一さんがつらいところ見たくないし。俺だってそんな奴願い下げだ。
「七瀬、仕事始まったらでいいから、これを企画室に書類頼む」
俺の直接の上司から書類を渡される。
「企画室の室長によろしくな。今度飲みましょうって言っとけ」
それならお前が行けよと思ったが、そこはビジネスマン五年目。にこやかに笑みを浮かべて、
「はい、わかりました」
営業スマイルうまくなったな、俺も。
始業開始のベルが鳴る。
俺は企画室へ向かう。企画室は確か三階だった。
何度か行き来しているが、俺の居る事務室とは違い、堅苦しい感じが薄い自由な空気が漂う部屋だった。服装もスーツじゃなきゃいけない俺と違って自由だし、仕事を楽しくするためにアニメやゲームのフィギュア等を飾っていた。企画室という名のグラフィックデザインが主軸な部署でもある。
ちょっとだけ羨ましい。俺はサッカーしか学生時代してこなかったから、そっちの才能は全く皆無だ。
階段で三階に来た。ノックして部屋に入る。
「――では、そういうことで」
奥の方で声がした。打合せブースから誰か出てくる。
一人は五十代ぐらいの中肉中背の少し頭部がさびしい壮年の男性、それとすらりと背の高い髪を茶髪に染めた髪の長い三十代くらいの男性、それと少し腹部だけ膨らんだ企画部室長だ。三十代くらいの男性が俺に気づいて、会釈する。俺も会釈して返した。
柊一さんほど華やかさはないが、彼も精悍な顔立ちで、整った顔をしていて、イケメンと呼ばれる類の男性だった。
「あれ、七瀬どうした?」
俺に柊一さんを教えてくれた本に詳しい同僚がそこに居た。
「お前こそ企画室に用事なのかよ」
「あれ…?言ってなかったっけ。俺、今年の異動で念願の企画室に配属されたんだよ」
「念願だったのか、デザイン部だぞここ」
「俺の夢は俺の描いたデザインの本を出すことだから!」
力説されてしまった。俺は「はぁ」としか言えない。
「それより午後一で何か用事?」
「あ、そうそう。この書類…と、室長にも用事があるんだよ」
「室長はやっと打ち合わせ終えたとこ。書類は預かる」
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