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心拍数1 太一って誰?2

 俺は少し来客者が出ていくのを待って、室長を待つ。完全に俺の上司のプライベートな飲み会の誘いで、来客者は居ない方がいい。 「そういえば、七瀬、『関根柊一』はどうした?」 「えっ!?」  思わず大声を出してしまった。来客者の男性二人が俺を見る…てか、部屋全員の視線を感じた。俺は頭をかきながら、すみませんとペコペコ謝る。 「お前、何でかい声だしてンだよ!俺が教えた『関根柊一』はどうなったんだよ」 「あ?ああ、うん、なんとか読んでるよ」  俺は冷汗をかく。まさかその人と深い付き合いがあるとは言えない。 「一時七瀬、『関根柊一』だらけだったもんな。それに会ったんだろ?」 「え?!え、え、まあ…そ、そうだけど」  俺は慌てた。そうか、社内で騒がれたっけな。事務方の俺が出版のパーティに呼ばれたって。企画部みたいなとこならまだしも、事務方じゃ接点なさそうだからな。俺をジャズバーに誘った面倒見のいい出版業界に通じてる上司は「やっちまった」って顔してたし。  俺は、そのジャズバーで酒チャンポンして酷く酔っぱらって大泣きして場を壊してたらしい。(その時の記憶はない)  結局、何もお咎めなく、俺は美也子さん経由で柊一さんを知ることになるんだけど。 「会ってどうだったんだよ、『関根柊一』ってメディア嫌ってて、顔とかプライベート一切秘密だからさ」 「え、えーと、カッコいいイケメンだったよ。作家っていうのが勿体ないぐらいの」 「それで、他は?」 「他?」 「結婚してるとか、ジャズの他に趣味はあるのかとか」 「えーと、そこまでは知らない。ちょこっと会っただけだったし」  俺は焦りながらもごまかすのに必死だ。 「なーんだ。会っただけだったのかよ。事務方の七瀬が呼ばれたから、ひょっとして何かあったんじゃないかと思ったンだけどさ」  ギク。俺はまた冷や汗をかく。 「何もなかったよ、うん。怒られることもなかった」 「怒られる?お前何かやったのか?」  言わなきゃよかった。自分で墓穴掘ってしまった。 「なーんにもないよ。ただ会っただけだって」  疑惑の目が押し寄せる。俺は来客が帰ったことを見て、室長のところへ逃げるようにして向かった。 「あ、あの企画部室長!うちの上司が今度飲みましょうって」 「なんだ、その話か―。七瀬のところの上司も好きだね、わかりましたって伝えて」 「わかりました。お伝えします」  話し終わると、俺は企画室をさっさと後にする。本好きの同僚の視線を浴びながら。 俺は階段で俺の職場へ向かう。 「あ、さっきの…」  企画室の打ち合わせブースに居たイケメンの方の彼が話しかけてくる。 「さっきはすみませんでした」  俺はまたぺこりと首を垂れる。 「いいですよ。別に大した話じゃないですし」 「そう言ってもらうと助かります…本当にすみませんでした」  また俺は謝る。 「困っちゃうな…。そこまで謝らなくてもいいですよ。俺は軽い打ち合わせにきただけですから」  俺は頭を上げる。彼と視線がぶつかる。精悍な顔立ちの整った顔が柔らかく笑う。 「ありがとうございます…」  俺は言葉を返し、「仕事がありますので」と、彼の前から去る。  彼はやはりイケメンだった。  仕事終わりのベルが鳴る。今日の仕事はひとまず片付いた俺は定時であがろうと帰る支度をしていた。  すると、スマホが鳴った。俺は確認するためスマホを取り出す。ラインの通知だ。 『七瀬君、あまり太一のこと考えないでね。今は七瀬君の方が柊一にとって大事よ』  一つは美也子さんのラインだった。美也子さんらしいフォローのメッセージ。そうだよね、昔は昔、今は今だよね。美也子さんには感謝のスタンプ送信。  あと一つは柊一さんからのライン。 『仕事が一つ片付いた。今から来れるか?』  明日も仕事だけど、柊一さんの招待を俺が断る筈もなく、『今からだから、ちょっと時間かかるけど絶対行く』と送信。  ああ、また柊一さんに会える。おれは何よりもそれが嬉しい。また柊一さんの家から出勤か。また夜は…と思うと少しだけ期待する。  柊一さんのピアノを初めて聞いた初デートの夜、身体を重ねてから何度となく求められるようになった。  縁がないだろうなと半ば諦めていたキングサイズのダブルベッドも今じゃ常連だ。柊一さんの家に泊まる時はたいていそういう流れになる。今夜はどうだろうか。少しだけ心浮かれつつ、俺は家路につく。  恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである。少なくとも詩的表現を受けない性欲は恋愛と呼ぶに値しない。  芥川龍之介 「侏儒の言葉」

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