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虹のつづき19

「柊一さんの髪、いつもきれいにウェーブがかかってるね」 「元々天パだからな。それに少しパーマをかけてる程度だ。七瀬もサラサラできれいな髪だろ」 「お、俺の?そ、そうかな……柊一さんがそういうならそれでいいや」 「なんだよ、それ」  柊一さんは笑っている。  俺たちは髪を濡らし、シャンプーを泡立てる。 「柊一さんとこのシャンプーいつもいい匂い~。高いやつだよね」 「……まあ、それなりにな」 「俺の給料じゃ無理だな……」 「そういうな。七瀬は七瀬でいいだろ」 「でも、最近は柊一さんのとこばかり来てるから、あまり使ってないや」 「明日も、明後日も……しばらくはうちのを使え」 「しばらく、俺柊一さんのとこから通っていいってこと?」  柊一さんはふと微笑む。 「そうだ。七瀬の身体が心配だからな」 「……ありがとう、柊一さん」 「何度俺に礼をしてるんだ」 「何度お礼してもしきれないくらいだもん」  柊一さんは小さく息を吐いて、泡のついた手を俺の頭に伸ばした。 「ほら、じっとしてろ」 「え、柊一さんが洗ってくれるの?」 「お前、さっきから雑なんだよ。ちゃんと頭皮も洗え」 「ちゃんと洗ってるよ!」 「してない。いいから目を閉じてろ」  言い返そうとしたけど、指先がゆっくり髪をかき混ぜはじめて、言葉はどこかへ消えてしまった。  大きな手が、耳の後ろや首の付け根まで、丁寧に泡を滑らせていく。シャワーの音と、ふわりと立ちのぼるシャンプーの香り。  最近ずっと張りつめていた肩の力が、少しずつ抜けていくのが自分でもわかった。 「……気持ちいい」 「そうか」 「なんか、眠くなってきた」 「ここで寝るなよ。流すぞ」  お湯が頭からかぶさって、泡が足元へ流れていく。  目を開けると、濡れた前髪をかき上げた柊一さんが、こちらを覗き込んでいた。ウェーブのかかった髪から、水滴がぽたりと落ちる。 「……なんだ、じっと見て」 「ううん。柊一さんの髪、濡れてるとまた違ってきれいだなって」 「お前な……」  柊一さんは呆れたように笑って、俺の額を指で軽く弾いた。  ふと、こうして誰かと並んで過ごす時間が、いつの間にかこんなに当たり前になっていたことに気づいた。 「ねえ、柊一さん」 「ん?」 「明日の朝ごはん、俺が作ってもいい? 泊めてもらってるお礼」 「……お前うちのキッチン壊すなよな」 「う……ご飯炊いといて。俺TKGにする……」 「それ、料理って言わねえだろ」  背中越しに聞こえた柊一さんの笑い声は、シャワーの湯気よりもずっとあたたかかった。  風呂上がり、バスタオルで髪を拭いていると、後ろからドライヤーの音が近づいてきた。 「座れ。乾かしてやる」 「えっ、そこまでしてもらうのは悪いよ」 「いいから」  結局、俺はおとなしくソファに座った。  温かい風と、髪をすく指先。鏡越しに目が合うと、柊一さんはすぐに視線を逸らして、小さく言った。 「……ちゃんと、休めよ。ここにいるうちは」 「うん。ありがとう、柊一さん」 「だから、礼はもういいって言ってるだろ」  そう言いながら、柊一さんの口元はほんの少しだけゆるんでいた。 ***** 「おはよー!柊一さん」  俺は柊一さんの家のキッチンに立っていた。  炊き立てのご飯が良かったが、俺はご飯を炊いたことがないので、柊一さんの冷凍庫にあったご飯をレンジでチンした。  おかずは冷蔵庫を覗いた時にあった、納豆と生卵を用意。味噌汁は、柊一さんが念のために買ってあったインスタントのものを使った。お湯は電気ポットで沸かした。  俺がやったことはレンジでチンしたことと、味噌汁のお湯を電気ポッドで温めることぐらい。 「七瀬……お前な……」  柊一さんは頭を抱えていた。 「夕べお風呂で言ったでしょ。俺が朝飯作るって」 「別にいいと言ったはずだが……」 「いいじゃん。作っちゃったし」 「……これを作ったというのか」 「俺なりに頑張ったんだよ」  柊一さんは呆れているようだった。 「……お前ってヤツは」 「……なあに?」 「……何でもない」  俺は作った朝食をテーブルに並べた。 「柊一さん、食べて食べて」 「仕方ないな……」  柊一さんはダイニングテーブルの席に座って、納豆を開けた。 「まあいい。お前の料理なんて最初から期待してなかった。キッチン用具を壊さなかっただけいい」 「……褒めてないよね、それ」 「俺なりに褒めた」 「褒めてないって!……まあ、しょうがないけどさ」  柊一さんと俺は、それぞれ納豆のパックを開け、付属のつゆとからしを混ぜた。それから、生卵を割る。 「本気で料理学べよ。俺のストックがなかったらどうするつもりだったんだ」 「う……」 「俺が少しレクチャーしてやる。せめてメシを炊くのと、目玉焼きぐらい作れるようになれ」 「……頑張ってみる」  柊一さんは、インスタント味噌汁を飲んでいた。 「……でもさ。俺の家だとインスタント味噌汁が普通なんだよね。俺の母親も料理あまり上手くなかったし」 「それを反面教師にしようとは思わなかったんだな」 「う……」 「料理も覚えると楽しいぞ。一つの食材で色々レシピがあるからな」 「そ、そうなんだ。柊一さんに教わるならなんでもいいや」 「七瀬、お前な……」 「あーヤバい、ヤバい。早く食べないと会社行く時間」  俺は朝の忙しさを言い訳にして、柊一さんの言葉を煙に巻いた。 「七瀬は会社へ行く支度をしろ、後片付けは俺がやるから」 「うん、ありがとう、柊一さん」  俺は柊一さんの言葉に甘えて、仕事の支度をしにリビングへ行く。 「今日はどのシャツにするかな~」  柊一さんの家に何枚か置いてあるシャツを前に、俺は悩んでいた 。 (……といっても、たいしてどれも変わらないんだけどね) 「君に決めた!」  アニメの『ポケットモンスター』のサトシみたいに言いながら、俺は選んだシャツに袖を通した。  あとはスラックスをはいて、ジャケットを着て、ネクタイを締めれば終わりだ。 「そういえば、スマホいじってなかったな」  俺はおそるおそる鞄に仕舞っていたスマホを手に取って、通知がないか確かめた。  会社の同僚からLINEがいくつか届いていた。俺は一件ずつメッセージを確認していく。 「どれも俺のこと心配してくれてるラインだ……」  病気なんてしたことない俺が急に倒れたから、同僚たちは驚いたのかもしれない。  俺は一人に送る文章を作り、それをコピーして、連絡をくれた同僚全員に返信した。 「忙しい朝にスマホか?」  柊一さんが後片付けを終えてリビングに来た。 「うん。昨日俺が倒れたから、同僚からたくさんライン来てて……」 「……愛されてるな、七瀬」 「え?!そ、そうかな」 「七瀬みたいなヤツはずっと元気でいてほしいんだよ。俺だってそうだ」  俺は柊一さんの顔を見上げた。

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