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パンツ消失事件簿

 日曜日の昼下がり。  大和からのそのメッセージが、神凪家の平和を奪っていった。4人の妻たちの、仁義なき戦いが幕を開ける。   【至急】 悠優のパンツを盗んだものは申し出るように。  ことの発端は、悠優がチェストを引っ掻き回していたことにある。悠優は妻に対しては細々と惜しみ無く努力するが、自分のことには大概無頓着だ。チェストの中も意外と散らかっていて、時々見かねた大和や拓海が整理している。  だが、大和が見かけた光景は、散らかっているというよりもむしろ自分で引っくり返している、だったので。 「悠優、どうしたの」 「あ、大和……いや、えーとね」 「なに、何か探してる?」  珍しく悠優は視線をうろうろと泳がせた。そして何度か「えーと、」と歯切れの悪い言葉を紡いで、そして爆弾を投下したのだ。 「……最近パンツが減った気がするんだよね。ほら、今履いてるのと、あともう一枚しかない」  なんですと?  大和は一瞬フリーズした。 「もうちょっとあったよね?」  いや、流石に悠優が全部で何枚のパンツを持っていたかまでは把握してないけど、いやでも全部で2枚しかないなんてことは無いだろう。いくら拓海が毎日洗濯してくれているとはいえ、2枚では出張や帰省時に困るから、絶対に絶対に足りないのだ。  ということは。   「……………悠優、もうちょっと、早く気付こっか」 「何が?」 「その、パンツ減ってるって」 「拓海が毎日洗濯してくれて日常には間に合ってるから気付かなかった」 「…………………………そっか」  大和は苦々しく笑って、スマホでいつも賑やかなグループLINEに爆撃を仕掛けた。   【容疑者Tの供述】  俺じゃねーよ!毎日洗濯して畳んであのとっ散らかったチェストにぶちこんでるの俺だぜ!?悠優のパンツなんか珍しくねーわ!!   【容疑者Kの供述】  心外。燈では?  【容疑者Aの供述】  僕は!!!悠優くんに許可取ってパンツもらいました!!!なので盗ってはいません!!!  大和は三者の返信を見て眉間を揉んだ。    許可取ったから盗んではいない。なるほど、まず悠優には「いくら妻でもパンツを欲しがるのは異常」と教えなければいけないことがわかった。  悠優のパンツなんか珍しくない。それはそうだろう、彼は毎日悠優のパンツも大和のパンツも洗濯してくれている。感謝しかないが、盗るのにそれほど適した環境もない。  ――だけど。  大和はスマホをポケットにしまい、チェストを片付けている悠優に「綺麗にしまいなよ」と釘を刺して部屋を後にした。  そして、一人の妻の部屋を訪れる。 「――賢太郎」  こんこんとノックすると、賢太郎はすぐに出てきた。 「どうした、悠優のパンツは見付かったのか」  その言葉を聞いた瞬間、大和の普段はずっとオフになっている直感が、久しぶりに働いた。 「賢太郎、持ってるね?」 「は?なんでそうなる」 「じゃあどうして僕がパンツの件でここに来たと思ったの?」 「あ、いや……さっきあんなメッセージが来たから」 「うん、じゃあ観念して部屋見せて。大丈夫、無ければ拓海の部屋を見せてもらう」 「なら先に拓海を」 「どうして先に拓海の部屋に行かせようとするの?」  賢太郎が、詰まった。  膠着状態になること、数分。  いつの間にか燈や拓海も集まっていた。 「………………わかった、入れ」  賢太郎は渋渋入り口を開け、大和を招き入れた。  賢太郎の部屋はシルバーを貴重にしたシンプルなトーンでとても片付いている。デスクの上も綺麗で、小さなサボテンが飾られており、まるでマンションのモデルルームのようだ。  大和はそんな片付いた部屋には異質の、乱雑に置かれたスーツケースに目を付けた。それは、つい先日まで悠優と行っていた出張に使われたスーツケースだ。 「スーツケース」  ピクリ。  黒だ。 「……見せてくれるね?」  賢太郎は大きくため息をついた。   ​「……分かった。ただし、これは先日の出張の際、悠優の負担を減らすための行動であったことを忘れないでいただきたい」   ​ 賢太郎が渋々スーツケースのジッパーを下ろす。中から出てきたのは、書類ではなく、ビニール袋に厳重にパッキングされた――しかし、どう見ても「洗濯前」と分かるシワの寄った数枚のパンツだった。   ​「………………賢太郎。これ、全部、悠優が向こうで脱いだやつだね?」 「悠優が『お土産で荷物が入らない』と困っていた。だから、僕が一部の荷物を引き受けた。それだけだ」 「じゃあ、なんで帰宅した日に拓海に渡さなかったの」 「……洗濯のタイミングを見計らっていたら、機を逸しただけで」 ​「嘘つけ!!」   後ろから拓海の怒鳴り声が響く。   「俺が毎日洗濯してるのに、機も何もねーだろ! おま、これ……自分で洗うつもりだったんか? それとも、まさかそのまま……」 「賢太郎くんやるぅー」 「やるぅーじゃねーよ!!おまえもおまえだよ、なんだよ許可取ってパンツもらったって!!!」 「だって欲しかったんだもん…」 「僕だって欲しかったんだ!!」 「うるせーよ変態ども!!!」 「拓海くんだって欲しいくせに!!!」 「欲しいわけあるかーーーー!!!!!!!」  大和はこめかみを押さえた。頭痛が痛い。ん?違う頭が痛い。 「あ、見付かった?」  からの、この能天気な声である。  やはり頭痛が痛い。 「賢太郎が持ってたの?ああ、あの出張の時か。忘れてただけじゃない?」 「目を覚ませ悠優!!あいつは欲しかったんだ!!お前の生脱ぎパンツが!!!」 「拓海!!バラすな!!」 「バラされて困ることすんな!!!」 「賢太郎、そうなの?………まぁ、別にいいけどパンツくらい。でも新品の方がよくない?」 「悠優、そこは怒るところだよ…」 「え?なんで?」 「悠優くんの底無しの優しさ、プライスレス…」 「燈、これは優しさじゃなくてボケてるだけだよ…」 「いつでも悠優を感じられるものが欲しかったんだ!!!」 「パンツじゃなくていいよね…」 「だからパンツくらい言ってくれればあげるよ?」  ダメだ、賢太郎じゃなくてこいつが全部悪い気がしてきた。  突っ込みが追い付かなくなった大和は天を仰ぎ、まずは失くしたパンツがちゃんと見付かったことを喜ぶことにした。 ​ ――結局、賢太郎が隠し持っていた悠優の生脱ぎパンツは、拓海によって即座に最高温度での殺菌洗濯へと回された。   賢太郎は、愛する戦利品が洗濯機の中で激しく回転する様子を、お通夜のような顔で見守っている。    ​ 大和は、グループLINEに最終通知を投稿した。   ​【神凪家・防犯規約の改訂】 ​1.悠優の下着は、洗濯後、直ちに「鍵付きのチェスト」に格納する。 ​2.鍵は拓海が管理し、悠優が服を取り出す際のみ一時的に貸与する。 3.決して悠優に鍵を管理させてはならない。   ​4.悠優に「パンツをねだる行為」は、神凪家における公序良俗に反するものとする。  しかしこの規約は数週間後……  着替えの度に拓海にチェストの鍵を開けてもらわないといけないという物理的ハードルを負担に思った悠優本人が、工具ハンマーで鍵を壊すという暴挙に出ることで無意味なものとなったのだった。

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