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【5、当時の彼は“純”だった、そしてとても好青年だった】

『あ…ありがとうございます…』  少し呆けた顔で彼はそう言ってお礼を口にした。  ウィルフレッド様がここに初めて来た時のこと。  “ジーン・ロウズ”としての僕と初めて会った日のことだ。  この頃のウィルフレッド様は見るからに好青年で、そしてとても“純”だった。  …純粋、純情。  スッキリと整えられたブロンドの髪を軽く後ろに流して、曇りのない澄んだコバルトブルーの眼差しを、真っ直ぐ僕に向けてきていた。  とても王都で生まれ育った上級貴族の子息とは思えないほども感じさせずに。  当時……、この時はまだ。  初対面は好印象だったのだ。  普通に。  …名乗られるまでは。  彼をウィルフレッド・ナイトレイと知って、距離を置こうとしたのに…。 「四年前はさー…出会った当時はまださー…、ウィルフレッド様に対して素っ気なくするのに、僕にも罪悪感ってものがあったんだけどさあ……」 《歪めちゃったよなー。完全に》 「……僕がいけないって言うの?」 《四年の月日をかけて人間のオーラがあんなどろっどろのねちゃっねちゃに変質してくの、オレ様初めて見たよ》 「ズーイ…、他にもっと違う表現はないわけ?それじゃまるでヘドロみたいだよ…」 《ヘドロ!あははっ!確かにそうかも!うん、そんな感じ!》 「………やめて」  それが自分への恋愛感情を表す言葉かと思うとぞっとしない。  ドドもそうだったけど、ズーイもなかなかにひどい。ウィルフレッド様への態度が。  目の前にいないからって言いたい放題だ。  …いる時に言われても困るけど。  先日作った畝に野菜苗を一本ずつ丁寧に植えている僕の近くで、ライトブルーの小さな光の塊が楽しげな笑い声を上げる。  こちらはズーイ。僕と契約してくれてる水の精霊だ。  もしかしたら僕がナスの苗を一本減らすかもしれないと、土の精霊のドドから聞かされて様子を見に来たらしい。  来たのならと、植えた苗への水やりをお願いしてる。  うん、土の精霊と水の精霊の加護(愛情)をたっぷりもらったから、今年もおいしい野菜に育ってくれること間違いなしだ。  作業の手を止めず口も動かす。  野菜苗を植えるのとお喋りとに精をだす。 《アタックしてくるのを片っ端から素気なくフッて、執着心の塊みたいにしたのはおまえだろー?》 「いや、だって…それはこっちにも事情ってものがあったわけだし……。それに普通、フラれたらそれ以上その人と関わろうとするのやめない?普通??」 《“普通”を強調すんな》 「ウィルフレッド様はどう考えても普通じゃない。少なくとも僕が知ってる普通じゃない」  そもそも侯爵家の子息と仮初め子爵として生きる僕の人生が交わる要素なんて、どこにもなかったはずだったのだ。  それが今はまさかの恋人同士…。  おまけに今じゃすっかり不純にもなって…。  僕と関わり合ったりさえしなければ、もしかしたらウィルフレッド様はあの頃のままの好青年だったんじゃ…?  たぶんあの“優良物件”に惚れられて振り続けた人間なんて世に僕くらいしかいないだろうし。  でもしつこく食い下がってきたのはウィルフレッド様の方だ。  責任があるのは僕だけじゃない、……はず。  というか僕にはなくないか?冷静に考えると?  ウィルフレッド様があんな粘着貴公子になったの。あれ本人の資質の問題……。  土だらけの手を止めてため息をつく。  なんだかいろいろ考えすぎて疲れた。  ちょうどズーイご所望のナスの苗は植え終えたところだ。  少し休憩しよう。  そう思って立ち上がったところで、僕の周りをヒュンヒュン飛び回っていたズーイが言った。 《でも良かったよ、なんだかんだ上手くやれてるみたいで》 「ええ…?」 《この間二人で仲良く野菜苗(この子達)買いに行ったんだろー?》 「別に仲良くなんて…」 《馬の上で抱き締め合いながら、精霊も赤面するほどイチャイチャチュッチュしてたって、風のとこのチビが言ってたぜ?》  ……ギィだな。  吹聴したな。  許さん。今度見掛けたら思いっきりこき使ってやる…! 《押し負けた時にこの世の終わりみたいな顔してたおまえが、今はあのヘドロ彼氏と人前で恥ずかしげもなくイチャつくなんてねー》 「ズーイ、ヘドロ彼氏はダメ。それはなんか僕もダメージ食らうからヤダ、やめて、絶対やめて」  それと人前でイチャついたこと僕は一回もない。  勝手にイチャつかれたことはあっても。  抱き締め合ってもないし。  後ろから逃げ場なくされてただけだし。  そして今回のも勝手に盗み見られただけだから。  下世話な下位精霊に。 《んー…じゃあヘドロ?》  もっとダメな名称にするんじゃない。 「せめて粘着貴公子にしてあげて」  両手でライトブルーの光を掬い上げるようにして掴まえたところで、僕は肩をポンと叩かれた。 「やあ、ジーン。  その粘着貴公子って、誰のことかな?」 「!!?」  その瞬間、僕の喉がヒュッ─と声にならない悲鳴を上げていた。  ……ライトブルーの言い出しっぺ、元凶精霊は、一瞬で姿を消し、精霊界にトンズラしてた。…う、裏切り者!  おそるおそる…視線を向ける…。  見なくてもわかってたけど、顔が勝手に動いてた。  そして斜め後ろには、……予想通り。  ドス黒い笑顔の…見せかけだけは好青年な僕の恋人が立っていた…。  じっとりとした情欲を滲ませ。

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