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【4、世の中のちょっとだけは大概“ちょっと”じゃなくなる】
開けたばかりのドアをそのまま無言で閉めた。
…あれ、おかしいな?
顎に手を当て首を傾げる。
幻影……?
今僕は幻でも見たのかな?
目を擦ってリトライ。
「やあ、ジーン。支度は出来たのかな?」
バタン─
再度閉めたドア。
………いるな。
ウィルフレッド様が、いる。居た。
初夏の風なんてもんじゃない爽やかさで微笑みながら、立ってた。
玄関の前に。
なんで???
どうしてそこにウィルフレッド様が居るんだ。
まるで何もかも見透かしてるみたいに。
だってさっきあの人帰ったよ?
いつもみたいに夜勤明けに来て朝食食べて。
きちんと僕、追い払った…よ??
なんとかして居座ろうとするの拒否して。
グイグイグイグイ迫ってくるの躱して。
追い出したばっかりなんだけどな、小一時間くらい前に。
思考が疑問で混乱して停止して固まってたら玄関のドアが開けられた。
「もう。ひどいな、ジーンてば。ちょっとサプライズしただけで、ビックリして二回もドアを閉めるなんて。まあそんなところも可愛いんだけどね」
…なんてポジティブな思考回路なんだ。
少しは思慮深さってものを学んで欲しい。
「ウィルフレッド様…何故またこちらに?」
「え?だって出掛けるんだろう?」
「…そうですけど」
「待ち合わせの時間を決めてなかったのを帰ってから思い出してね。大急ぎで支度をして戻って来たんだけど…どこか変じゃないかな?」
「大丈夫ですよ、ビシッと決まってますよ、なんならもしかしてこれから隣を歩かされるのかと思うとうんざりするくらいバッチリです、悪目立ちするなー…」
「フフ。ジーンに褒められちゃったな♪」
褒めてない。
一言も褒めてない、僕は。
…じゃなくて。
「待ち合わせの時間…て…? 確かに僕は、これから近くの農家さんのところに野菜苗を買いに行くつもりでしたけど……ウィルフレッド様とは、なんっっっにも、お約束してませんでしたよね??」
なんならそんな話すらしてない。
素振りも見せてない。
なのにどうしてウィルフレッド様は知ってる??
疑問を隠しもしないで顔に出してた。
変質者を見るような怪訝な顔で。
いや、だって、本当にわからなかったから。なんでバレたのか。
ウィルフレッド様がしれっと僕の腰を抱いて得意げに言う。
「私は君の恋人だよ? わかるに決まってるだろう。玄関の棚の横に普段は置かれてないカゴが置いてあったから、もうそんな季節かってピンときたんだ。私は君のことならなんだって知ってるからね」
………流石ストーカー…。
観察力が尋常じゃない…。
わかっててそんな王都の街中でも歩くような格好してきたのか、この人。
農家さんに迷惑だわ。キラキラ貴公子に急に来られても。
こっちはローブの下に普段より少しだけマシな服着てるだけなのに。
どうにかして帰ってくれないかな…。
ともかくまずは腰を抱く手をどうにか引き離そうとするも、腕力に雲泥の差がありすぎてまるで歯が立たない。
─っていうかヤメテ。
ここぞとばかりに下半身密着してくるのヤメテ。グイッてヤメテほんとマジで。
「は、離れ……」
「念願のデートだね。さあ、行こうかジーン。エスコートは私に任せて」
「ただの買い物です。一人で行きます。エスコートの必要は微塵もありませんのでお帰り下さい」
「急いでたから馬車じゃなくて馬で来てしまってね。一緒に乗って行こう」
「じゃあ馬だけ貸して下さい。僕一人で乗れるので」
「もう。照れてるのはわかるけど、あんまりつれないことを言うと私の馬じゃなくて、私という馬に乗せちゃうよ?ジーン?」
………イケメン貴族が爽やかに下ネタぶっこんで来ないでいただきたい。
そんな中年オヤジみたいな。
そして有無を言わさず乗せられた馬。
後ろにはウィルフレッド様。
しっかりピッタリ僕にくっついて手綱を握る。
…閉じ込められてるみたいで、なんか凄く嫌だ。この体勢。
「フフ、フフフ」
いつになくご機嫌だ。
そしてうなじの匂い、すっごい嗅がれてる。
いつになく不快だ。
「ジーンとデート…フフ。念願のデート。フフッ、嬉しいなあ」
「…デートじゃないです。買い物です」
「私にとっては同じようなものさ」
「えっ? こんなのがデートでいいんですか、ウィルフレッド様は…?」
「うん?それじゃあジーンは私とちゃんとしたデートをしてくれるつもりがあるってこと?」
「あっ…や、……」
内心チョロッて思った僕の顔をウィルフレッド様が覗き込んできた。
しまった…藪蛇……!
僕のバカ。
余計なことを言ってしまった。
軽く目を瞠った僕の瞳に、それはそれは嬉しそうに破顔したウィルフレッド様が視界いっぱいに映る。
「ジーン!」
「ち、ちがいます…!今のはそういう意味じゃなくて…!」
「うんうん。任せてジーン! 私がとびっきりのデートをエスコートしてあげるから!」
「結構ですっ…。ウィルフレッド様はお忙しいでしょうから、僕にはどうぞお構いなく…!」
「君に構わないで誰に構うって言うんだい、ジーン? それに君より忙しいことなんて私にはないよ!」
あるでしょうに、辺境警護。辺境騎士団副団長補佐!
隣国と魔獣から領民を守る方が僕なんかより断然大事ですからね!?
「赤くなって焦ってる君も可愛いね」
「…っ」
「ジーンのこんな姿、初めて見た。普段の君はとてもクールだから……今私はとても嬉しいよ」
「なんでですかっ…」
「それはもちろん君の貴重な姿を見れてに決まっているだろう。愛しい人の新たな一面を知れて喜ばないわけがない」
…ぐ、ぅ…っ…。
その笑顔は、反則だ……。
顔を逸らした僕の耳にウィルフレッド様が唇を寄せてきた。
昔は“天使のようだ”と形容されたプラチナブロンド越しに、擽ったい吐息を吹き込んでくる。
「ジーン、今すぐ君にキスしたい」
「…っ…!」
「君があまりにも可愛いから…、どうしても、今すぐキスしたくて堪らないんだよ。ジーン…!」
「だ、だめです…っ」
「お願い。ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから。私が満足するまでのほんのちょっと」
「ジーン…ッ!」と。
余裕なさげな声で自分の欲求を満たそうとする男の“ちょっと”は、全然“ちょっと”じゃないのだとウィルフレッド様以上にチョロかった僕が学ぶのは、このあとすぐ…。
家の前で。
それも馬上で。
農家さんの家に向かいもせずに。
…なにを僕らはチュッチュチュッチュとやっていたのか。
長々と。外だっていうのも憚りもなく…はしたなく。
時間の経過と共に冷静になった僕の反省が、海よりも深かったのは言うまでもないだろう……。
え? ウィルフレッド様?
……………ご機嫌でしたよ。それはもう、とっても良いご機嫌で…鬱陶しさが爆発してました。一日中。ははっ…。
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