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三章:一人ぼっちでも勇者と名乗れば勇者02
その日、カインは朝から稼いだお金を数えていた。
「ひーふーみー、よし。なんとか三万三千は貯まったな、残り一万コインか」
早朝のバイト先からの帰り道。広場を歩く人混みの中に混じりながら革袋の中を覗く。
あと一万。あと一万なのだ。
なんとかして一気に稼ぐ方法はないものか。
そこでふと思い出す。バイト先の先輩に相談した時の事だ。
『そんなにお金に困っているなら西通りの裏へ行くといい』
あそこなら色物好きが多いから、そこで身体を売れば一晩でまとまった金が手に入る。そういった話だった。
いくらアホのカインでも、いったいそれがどういった意味なのか想像がつかないわけじゃない。
「……正直これだけは避けたかったけど」
ここに滞在して既に五日が経ってしまった。
なんだかんだで、滞在費用などにも金がかかり、中々貯まりにくい。出来る事なら一日でも早くここを出発し、あの雪山を越え魔王のところに。
と言っても、今魔王は自身の城にいないのだが。
「よし! 腹ぁ括るか!」
焦りからいらぬ腹をくくる事にした。
――そしてその晩。
西通りの裏に一人の少年が足を踏み入れた。
伸ばした襟足を一纏めにした真っ青な髪に真っ青な綺麗な瞳。日焼けで少し褐色がかった肌。
そう、カインだ。
いつもの袖無し腹出しスタイルで、怪しげな通りを物怖じもせずに歩くアホうな少年は。とは言え、意外にもカインのように十代半ばくらいの子もチラホラいたのでカインは少しほっとした。
いやむしろ逆にほっとしてはいけない事実なのだがアホなのでほっとした。それに思ったよりも人通りも多く、露店まで出ている。
しかし
「なんか気味の悪いところだなぁ」
当たり前だがその雰囲気がいいとは言い難かった。
「やっぱり、出直して」
来た道を戻ろうとすると、その道を阻むように数人の男どもが嫌な笑みを浮かべてそこにいた。
一応身なりは良いのでそれなりに金のあるアホなぼっちゃんどもがそれなりの金を持ってちょっとした火遊びに出歩いているのだろう。
カインの言う先輩とやらが言っていた色物好きとはこんな感じのアホどもか或いは……
「あれ? もう帰っちゃうの?」
「もう少し遊んで行きなよ」
「あーそう思ったんだけど、なんかここ変だからやめる事にした」
それはともかく問題はカインがこの状況をちっとも理解していない事だ。
ただなんか嫌な笑い方する兄ちゃん達だと思っただけで。それでも関わりたくはないと、避けてさっさと通り抜けようとしたが
「待ちなよ、そのつもりで来たんだろ? ちょっとは楽しんでからにしようぜ」
うっかり腕を掴まれてしまった。
「でも、なんか兄ちゃん達お金なさそーじゃん?」
その言葉に腕を掴んだ男の片眉がぴくりと動く。少なくともそれなりの金を持って偉そうにしている者が貧乏人のような言われように面白くないのも無理はない。
けれどこの状況でもっとも恐ろしいのは未だにカインが自身の身の危険に気付いていない事である。
「大丈夫大丈夫、人数いるから、いくら欲しい?」
「そうだなーとりあえず一万なんだけど」
と、言ったところで、一万じゃ自分を安売りし過ぎなんじゃないかと気付いた。
いや気付くところはそこじゃないと激しく言いたいがとにもかくにもカインは気付いた。
そして何故か魔王に知られたら物凄く怒られるような気も。そりゃあ勿論カインが思っている以上にものすごーく怒るだろう。と言うか誰が聞いても怒ると思うが。
「なんだそんなもんでいいのか? だったら」
「やっぱり十万!」
「はぁ?」
「十万払ってくれるんだったら」
ガンッと激しい音と衝撃がカインを襲った。
いきなり胸ぐらを掴まれ、壁に叩き付けられたのだ。
「ナメた事言ってんじゃあねーぞガキ」
「別にナメてねーよ。てかよくもやってくれたな! ガキだからって甘く見たら」
その時だ。
「ガハッ!」「グハッ!」「ゲハッ!」「アダッ!」「グワッ!」
妙な奇声を発し、男どもが綺麗にその場にぶっ倒れた。
「え?」
目を回す男どもの頭には
「紙飛行機?」
見覚えのある紙がぶっ刺さっている。
それを1枚1枚広げてみると
『お・ろ・か・も・の』
「おろかもの」
カインは慌てて辺りを見回す。だがその姿は何処にもない。
「ま、まずい。バレた!」
顔を真っ青にさせて、慌ててその場から走り去る。
(ど、どうしよー! バレちまったよ!!)
宿屋に向かって走りながら、なんと言い訳したものかと思考を巡らす。だが何故かだんだんと苛立ちを覚えて
「愚か者で悪かったな! あーそうさ俺は愚か者さ! でも別に助けてくんなくたって! 俺一人だって別になんとかなったっつーの! そもそもお前のせいだ魔王のバッカヤロオオ!」
その声は夜空の向こうの魔王にまでしっかりと届いた。
何故なら
「だそうですよ魔王さま」
「あ、アイツは~」
カインの様子を見ていた部下の水晶から、ばっちり怒鳴り声が聞こえて来たからだ。
――遡ることほんの数分前、朝からどうにも様子が変だった魔王を不審に思った部下が声をかけたのだ。
「魔王さまどうかしましたか?」
「あぁシュケルか」
司祭服を思わせる真っ白な出で立ちの見た目だけなら若い男。このシュケルと呼ばれた魔族は魔王の腹心にあたる。
すっと鼻筋の通った顔立ちに髪は雪のように真っ白で、毛先は不揃いに伸び、跳ねている。
彼は魔族の中でも白の魔族にあたりその特性上、身体が弱い。白い肌に目尻には淡い影が差し、それが顔色を悪く見せている。
静かに閉じた瞼の奥に紫色の瞳を隠し、穏やかな微笑はどこか胡散臭い。
彼は水晶を片手に魔王へと歩み寄った。
「どうにも落ち着かないご様子。さてはあの赤子と関係が?」
「もう赤子ではないがな。って、いや別に何か胸騒ぎがするとかそういう訳では」
「そうですか、気になるのでしたら一度覗いてみては?」
「いや、勝手に覗くなど出来る事ならしたくはない」
「フフフそうですか。では私が代わりに覗いてみましょう」
するとシュケルは持っていた水晶に手をかざす。
「おい」
「実際に会った事はないですけどね。魔王さまからあの赤子の事をもう何年も話を聞いている身です。私も気になるんですよ」
「そうは言うがな」
「さて、見えました。おや?」
「いや待てシュケル」
「どうにも妙な場所にいますね。頭の悪そうな男達に絡まれている様子」
「放っておけ、自分でなんとかするだろう」
「なるほど、魔王さまはこの子に春を売れと仰るので」
ガッシャーン!
「……魔王さま?」
鋭い刃のように五つの飛行物体がシュケルの顔すれすれを掠めて後ろの窓をけたたましい音とともに突き破った。
なんてことはない、魔王が目にも留まらぬ速さの紙飛行機を飛ばしたのだ。
「何をしておられるので?」
「急に素振りがしたくなってな」
軽く腕を振ってとぼけてみせるが全く誤魔化せていない。
水晶から『ガハッ!』『グハッ!』『ゲハッ!』『アダッ!』『グワッ!』と聞こえ、見れば地べたに伸びている男達の姿が。
そして
『愚か者で悪かったな! あーそうさ俺は愚か者さ! でも別に助けてくんなくたって! 俺一人だって別になんとかなったっつーの! そもそもお前のせいだ魔王のバッカヤロオオ!』
「だそうですよ魔王さま」
「あ、アイツは~」
となったのだった。
「いったいあれの貞操観念はどうなってるんだ。どう育てばこうなる」
水晶から目を逸らした魔王が呆れて言った。
「この場合、あのシスターが責められるべきなのでしょうが、魔王さまも全く無関係ではありませんからね。ご自身に聞いてみては?」
「やめろよせ、余を見るな。そんなバカげた育て方など彼女 はしておらんし余もそんな愚かな事は教えた覚えはない。さっきのは撤回する誰も悪くない」
「それでどうなさいますか?」
「どうもこうもない、何事もなく終わったのだそれで良い。世話をかけたな」
魔王はすたこらさっとその場から逃げようとした。
「いえそうではなく、この窓ですよ」
シュケルは上品に、ぶっ壊れた窓の横に立つ。
いつものように彼が穏やかな微笑を浮かべているのが些か怖い。
「魔王さま。今ここが何処だかお忘れで? この城は、世界の中心に建てられた国際会議専用の」
「今なんとかする」
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