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五章:少年はとうとう雪山を登る
「さぁて、ようやくまとまった金も出来た事だし、いざ買いにゆかん!」
翌日、カインは店が開店する時間目掛けて宿屋を出た。
今日にも雪山へ出発するつもりでいる為、宿屋も引き払って、バイト先にも挨拶済みだ。
そこでふと、マリアの顔が浮かぶ。
「コツコツ頑張るって約束した瞬間、一気にまとまったお金を手にしちまったけど、まぁ真っ当なお金だし問題ないよな」
半ば浮かれながら店に突入した。
勢いよく扉を開けて、その場所にあるはずのお目当てのものを探すが
「えーと、て、あれ? あのーおじちゃん。ここにあった登山デビューおめでとキャンペーン服上下セット八千コインってのどこ行ったの? ……え? …………えー! 嘘だろ!! もうキャンペーン終わったの!?」
店の主人は悪いねぇと苦笑する。
かなりガッカリしたが、無いものは無いのだから致し方ないと、カインはとりあえず他の防寒服を選ぶことにした。
だがハンガーにかけられてあるのは……。
「え、おじちゃんこれ、マジ?」
おじちゃんは悪気なくうなずいた。
嘘だろと思いながらもとりあえずそのうちの一着を選び、ピッケルや、テントに手袋や登山靴やらを買う。
そうして店を出たカインは、今雪山にいた。
ビュオオオ、ビュオオオ
吹き荒れる風はまるでこの世ならざるもののうなり声のよう。凍てつく寒さと吹雪が襲い、カインの体温をどんどん奪う。
……白一色の世界に、カインの影だけがかろうじて刻まれていた。
「さ、さみぃ~! いいいいくらなんでもこの格好じゃ死んじまうぅぅ」
あの時店にあったのは薄手の長袖長ズボンと、見覚えのある男子学生服とメイド服だけだった。
何故と思いつつもとりあえず一番マシな気がした長袖長ズボンを選び、今はいつもの服に重ね着しているが、やはりそんな軽装備でいいはずがなかった。
今思えば店を変えるべきだったとカインは悔やむ。とは言えもう戻る事もままならない。
「は、はやぐにゃんどがしないど」
もはや口まで回らなくなりながら、なんとか凍える身体を動かし、吹雪の中をひた進む。
とにかく何処か落ち着ける場所はないかと周囲を見渡すが、一面真っ白な上、この悪天候になすすべもない。
「は、はやぐどっが、ゆぎをしのげるどごぉ」
もはやこれまでかと思った時、カインの目の前に横穴が見えた。
これ幸いとそこ目掛けて走り出す。
深く降り積もった雪にズボズボと足をとられながら、なんとかその横穴に潜り込んだ。
「た、助かった」
と言いながらカインは冷たい土壁に手をつき、ぺたりと地面に座り込む。
ふと穴の奥を見ると吸い込まれそうな暗闇にぶるりと体が震えた。
……まるで誰かがじっと奥からこちらを覗いているような、根拠のない気配が背筋を這い上がる。
(み、見なかった事にしよう)
「とりあえずこの寒さをなんとかしたい」
悴む手を無理やり動かし鞄の中からマッチを取り出す。
「う、嘘だろ湿気ってやがる」
(せ、せめてせめて寝袋だけでも!)
袋から取り出すも寝袋の中に入ろうにも冷えきった体はうまく動かず、寝袋にくるまるだけで精一杯だった。
しかもその寝袋はあまりの寒さに凍ってしまっている。
どんどん奪われていく体温にカインは死が間近に迫っているのを感じた。
(って、死んでたまるかー!!)
鞄からペンと紙を取り出す。
しかし
(か、紙が凍って触るだけで破れるだとおおお!! 寧ろよく鞄の中で形を保ったままでいられたなオイ! ってインクも凍ってんじゃんか! あぁもうくそあの店ぜってーおかしいよ! なんで売ってんのがこんな薄着の服しかないんだよ!! バッカじゃねーの! バッカじゃねーの!)
プツリと、まるで糸が切れるように、体が地面へと倒れ込む。
……視界の端で、雪と闇の境界が溶け合う。
(…………え?)
急激な眠気、それはまるで、カインの体を侵食していくように。
(う、そ……)
…………なんだこれ?
まさか、俺、死ぬの?
そんなだって俺、まだ
「アイツに……」
◇◇◇
すっかり夜も更け、おどろおどろしさに拍車がかかった豪奢な回廊を進み、とある一室の扉に取り付けられた立派なドアノブを回せば、中では屈強な男が部屋の端と端を行ったり来たりしていた。
「どうかなさいましたか魔王さま?」
すると、短髪の黒髪が揺れ、赤い瞳がこちらを振り向く。
「あぁシュケルか。実は例の紙飛行機が今日はまだ届かんのだ」
「あぁ例の。それが何か? 寧ろ良かったじゃないですか、一日に何十通も飛んで来て、ほとほと困り果ててたんですから。私もあの紙の山の掃除に時間を割かずに済み、おおいに助かります」
シュケルは別に怒るでも呆れるでもなく、ただいつものように胡散臭い笑みを浮かべて言った。
「そ、それはそうなんだが、普段なら一日に何十通も来ていたそれが、ここ最近一日一通となり、更に今日に限っては一通も届かず終わろうとしている。しかも最後に紙に書かれていた内容はあのノース山脈を越えて余の城へと向かうというものだった」
「それはそれは、まだ魔王さまもここから離れられないというのにせっかちな人間ですね」
「あぁ全くだ。本当に思い付きだけで先の事は何も考えていない奴だからな」
「でもそうなるとあのノース山脈は……彼は勇者になる前に死ぬつもりでしょうか?」
「だから心配なのだ……嫌な予感がする」
「フフフ」
「なんだ?」
「いえいえ、どうにもおかしな会話をしているなと思いまして」
「……確かにな」
「まぁ魔王さまのお気持ちは分かりました。ここは〝彼〟に任せてみては? きっと今頃留守を任された城で退屈している事でしょうから」
フフフとシュケルはどこか怪しげに笑うが、そんな事はいつもの事なので魔王は全く気にしない。
「それもそうだな。早速で悪いが」
「えぇ分かっております。もう既に使いを出しております」
「さ、さすが早いな」
「いえいえ、それほどでも。フフフ」
◇◇◇
――――潮風に混じる磯の香りが鼻をくすぐった。
ザパンザパンと、波が引いては押し寄せる。
目の前には真っ青な空の下に、これでもかと広がる真っ青な大きな大きな水溜まり。
足元はサラサラとした白い砂浜、そこを踏むたび、日差しで熱くなったそれが、足を驚かせ、あげるたびに、そこに跡が残る。
見るもの感じるもの全てが新鮮で、それが堪らなく嬉しかった。
『うわぁすっげーや! 何このでっかい湖!! ずーっと水水水! 何処まで続いてんだかわっかんねーや!』
『おい、あまり海に近付くな、今日は波が高い』
感動に声を上げると、後ろから声をかけられた。
振り返ればそこには丈の長い真っ黒なローブに身を包み、顔を隠した男が。
物心ついた時には、その存在がこちらをいつも見守っているのに気付いていた。
決して姿を見せはしないが、彼はいつもこんな怪しげな格好で、気付けばいつも自分の近くにいる。
それが当たり前だと思ってたので、嫌だとも怖いとも思わなかった。だって自分は一人じゃないって思えたから。
だから今日だって、一人で森に行くのがちっとも怖くなかった。
何かあっても多分大丈夫。今までもそうだった。そしてやっぱりこの男は自分の傍にいたようで、あの変な洞窟から助けてくれたのだ。
そして、初めて言葉を交わせた。
正直嬉しい。一度は話してみたいと思っていたから。
ある意味あの洞窟のお化けに感謝しなきゃだ。
『え? これ海って言うのか!? これが海! 俺見るの初めてだよ! めちゃくちゃ綺麗なんだなぁー!』
『おい、だから』
せっかく来たんだ。まだ帰りたくなくて、話を最後まで聞かずに海へと走った。
『はぁ全く。さっさと戻らねばシスターに怒られるだろうに、飛んでればあれはなんだのあそこに行きたいだの地を歩けば歩いたであっちに行きたいこっちに行きたい助けたのはいいが帰るどころか遠回りさせられてばかりだ。どうしたものか』
ちょっと意外だったのは思ってたよりも結構口煩いってとこ。
『何してんのさ? 遊ばないの?』
『はぁ。だから波が高いと、て! 既にずぶ濡れじゃないか!』
『アッハッハッ! いーじゃんさっきも洞窟で溺れたばっかだし!』
『アハハじゃない! こら待て! 危ないと言ってるんだ!』
反応が面白くてわざと逃げた。
ザブザブと入って、海の中を覗き込めば、そこには小魚がいて、他にも話でしか知らなかった生き物たち、陸とは全く違った世界が広がっている。
その中に身を沈めていけば、自分の真っ青な髪と瞳が、空と海の青さに溶け込んでいけるような気がした。
ずっとこのままでもいいな。
とか思っていたら、しっかりとした腕に身体ごと捕まって、次の瞬間には空にいた。
『はぁ今度こそ真っ直ぐ帰え』
『わぁすっげー! あれ見てあれ見て虹! 空の上に虹が出てる!』
『ん? あぁそうだな綺麗だな。多分雨のあとなんだろう』
『雨? 空でも雨が降るの??』
『あぁまぁ降るなぁ嵐も起きるし海もある』
『空に海!?』
瞳を輝かせると、男は露骨に「しまった」と言うような顔をした。
『うわ! うわ! すっっっげーーー!!』
それは一つ雲を抜けた先に広がっていた。
『……はぁ。なんでこうなるんだ』
空の海はもっと広大で美しかった。
七色に輝き、その神秘的な美しさに圧倒される。
『ほんっとうに空に海がある! なんでなんで? どうなってんのこれ? なんで水が落っこちないの?』
『さあな。ほら、もういいだろう、いい加減』
『ここ泳げる!?』
『お前は人間だぞ。落っこちたいのか?』
まだ帰りたくなくて、そのあとも色んな所を見てまわった。
空から見る大地はとても広い。青々と広がる草木があると思うとその向こうにポツンと街や村が広がる。
その道中太い道もあれば細い道もあって、そこを馬車や荷馬車が通ってたり、人が歩いてたり。森で獣の親子が昼寝していたり。
誰も知らなさそうな場所に、とても綺麗な野花が咲き乱れていたり。
『おいコラ。もういい加減気がすんだだろ。暗くなる前に帰るぞ』
『うーんそうだね』
丘の上で二人並んで座り、青空を見上げ、ただただぼーっとしていた。
『……なんだこっちを見て』
『いやぁさ、面白かったなぁと思って、ずっとアンタと話してみたかったんだ』
『そうか。余は疲れたがな』
『アハハ』
『笑うな。誰のせいだと』
『俺!』
『はぁもういい』
『さっきさ、すっごい綺麗な色した木があったけど、あれ何かな?』
『ん? あれか、あれはな、桜と言うんだ。春にしか咲かないんだが、あの場所では万年咲いている』
『へー』
『行かんからな』
『分かってるよケチ』
『さぁ立て、すっかり遠くまで来てしまった。急がねば本当に日が暮れる』
『俺さぁなんか眠くなってきたんだけど』
『それは都合がいい、寝ていろ、その間に着く』
『うん、そっかうん。でもさ俺、まださ、まだーー』
(そうそう。そんな事もあったなぁ)
――――い
――おい、ゆうしゃ
勇者
「――いい加減起きやがれこの小僧!!」
「う、うわあ!」
いきなり耳元で怒鳴り声がし、カインは飛び起きた。
「いつまで寝てるつもりですか!」
そしてドドーンと間近にある顔にこう叫ぶしかない。
「ぎゃああああ! カボチャのお化けーーーーー!!」
さっきまで凍えて動かなかった身体が嘘のように、咄嗟にそいつから離れた。
なんというかそのカボチャはまるでハロウィンで使うジャック・オー・ランタンそっくりの被り物をしているのだ。
ついでに吸血鬼が着ていそうな服を身に纏っているせいか、どこか紳士な印象があるのだが、その服は大きな銃弾を何発も受けたのかと思うほど穴が空いて裂けてボロボロだ。
なのに小綺麗に見えるのはその手にはめた白い手袋のせいか。
いやまぁそんな事はどうでもいい、ないのだ。何がって、彼には足がない、腕がない、胴体も服に隠れてよく分からないが、あるのかわからない。
でも顔はあるし、手はあるし、その片手には何故かランタンを持ってるし、そんでもって宙に浮いてるわで、いやもう何がなんだか。
「誰がお化けですか、全く失礼な人間だな」
「いやだって、どう見てもカボチャのお化けじゃん!」
「カアー! 確かに僕の名前はカボチャですけどね! だからってお化けとはなんですか! これでもれっきとした魔族ですよ!」
「カボチャの魔族??」
「違う! そんなの存在しない! あぁもうシュケルの奴め、面倒事は何かと僕に押し付けやがってあの野郎今頃フフフとか気味悪く笑ってやがるんだろうな性悪ヤロウ。いつか必ずギャフンと言わせてやるギャフンと」
それを聞いて、カインは悪気なく聞いた。
「それっていつ?」
「いつかです!!」
そう叫ぶカボチャには悪いが、それは叶わない気がする。
「あぁもう全く本当に。魔王さまの言い付けでなければ僕だってこんな所には」
「え? 魔王?」
そこでカインはようやく気付いた。
いつの間にか焚き火が燃えて、洞穴の中が暖かくなっている。
あんなにカチコチに凍っていた寝袋も今はすっかり元の役目を思い出し、カインの身体をほかほかと包んでいた。
「なぁアンタ助けてくれたのか?」
「そうですが何か? まさかいらぬ世話だとか抜かすんじゃ」
「ありがとう、すっげー助かった!」
「え?」
「俺さ、どうしてもまだ死にたくなかったからアンタが来てくれて良かったよ! ちょっとビックリしたけど、アイツに言われて来たんだろ? 魔王にも感謝だな」
そう言ってカインは笑う。
「はぁそうですか。……ようやく僕の有り難みが分かったのはいいとして、これから君はどうするんですか? 僕としては早々に元の街へ帰ってくれた方が、このあとの面倒がなくて助かるんですけどね。なんなら送ってあげますよ。ワープでひょいっと」
カボチャはそれを期待した。
何故ならば、信頼出来る部下に城を任せてきたがやはり不安だからだ。
こんな面倒事は早く片付けて城に戻りたい。だから大いに大いに期待した。
「いや帰らないよ」
「え?」
カボチャは焦った。
「じゃ、じゃあ城までワープでささっと」
「だから、いらないって」
「え?」
「だってそうだろ? こういうのは自分の力で頑張らないと意味ないじゃんか」
(さんっざん魔王さまに頼っておきながら何偉そうな事言ってんだこのガキはぁ~~!! 喧嘩売ってんのか!? そうなのか!? ああ!?)
「俺、自分の足で魔王のとこまで行くよ」
カインは悪気なくニコニコ笑う。
「それよりはいこれ!」
渡されたのは茶色い
「……チョコ?」
「うん。アンタ俺のこと助けてくれただろ? そのお礼」
(命の恩人に対して板チョコ一枚のお礼だと?)
「へへ、雪山って言ったらチョコだろ? なんか体温維持にいいとかなんとか。だからやるよ」
(あぁそうか。一応今の状況で自分が思う一番大事な物をくれたのね。あぁうん。はいはい。ダメだコイツ考えが本当ガキだ。あ、いや普通にまだ子供だったか)
「雪山って言ったらチョコなのかは知りませんが……僕は魔族、正直そんな物必要ないですけどね。せっかくの気持ちです。有り難く半分は食べますけど、あとの半分は君が食べなさい。ここで死なれては魔王さまに合わせる顔がありませんから」
カボチャは貰った板チョコをパキッと二つに割ると、その半分をカインに渡した。
「え、いいのか!? お前サイコーにいい奴だな! なんか俺、南瓜嫌いだったんだけど、次からは南瓜食えそうだ!」
「カボチャ頭の魔族を目の前によくそんな事言えましたね。喜んでいいのか悪いのか僕は複雑ですよ」
そう言いながら板チョコをパキリと食べる。
「それにしても色々用意したんですね」
「うん。ないと困りそうなのは買ったよ」
「そうですか……はぁ仕方ないので暫く君に同行するとしますよ」
その言葉にカインはぱちくりと瞳を瞬 かせる。
「え? なんで?」
「そりゃ君の様子を見る限り、生きて城に辿り着けるか怪しいからですよ」
それを聞いて疑問が深まった。
「え? 俺に生きて城に辿り着いて欲しいの? なんで?」
「なんだっていいでしょう」
不思議だった。一応自と豪語して旅をしている訳で、そんな奴に生きて城に辿り着いて欲しいのかと。
助けてくれたのは魔王に言われたからだろうが、わざわざ同行してくれる必要はないんじゃないかと。
そう言えば、魔王もお前には無理だのなんだの言うが、いつも助けてくれている。
(ん? 俺に倒されたいのか?)
何かあったら助けてくれる。この関係が当たり前になり過ぎて、この矛盾に初めて気付いた。
(ええ? そうなの?)
とは思ったが、やはりそんな訳ないよなと。
だって相手にされていないのははじめからわかっていたし、多分、普通に心配してくれているだけだろうなと。
けど、このカボチャは違うんじゃないだろうかとカインは思う。
「別にカボチャはもう帰ってもいいけど?」
「そうもいきません。何せ僕は魔王さまに」
「別に俺一人でも大丈夫だぜ」
「そうですか、分かりました」
これ以上話していても無駄だと、カボチャは諦めた。
(もうホント面倒くさい、勝手に付いて行こ)
そんなこんなで二人は眠りについたのだった。
「いっけね。忘れるとこだった!」
夜中思い出して目が覚めた。
外へ出ると、あの激しい吹雪はすっかり止んでいる。
「紙ヒコーキ紙ヒコーキっと」
カインは星々が煌めく夜空へと、それを飛ばした。
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