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六章:少年とカボチャは魔王城を目指す01
翌朝の天気は爽快だった。
外へ出ると美しい青空に気持ちの良い日差しがあたりの雪景色をキラキラと輝かせ、チュンチュンと小鳥の鳴き声と冬独特の朝の匂いがカインの目を覚まさせた。
「あ~天気さいっこう~!」
「それは良かった。これで少しは楽に魔王城まで行けるというものです」
と、いきなりカボチャの顔面が至近距離にどかんと。
「ぎゃあ! カボチャのお化け!!」
「まだ言うか!」
「なーんだカボチャじゃん、まだいたのか」
そう言われ、誰のせいで帰れないと思っているんだと、カボチャの眉間に皺が増えた。……カボチャの眉間。
「なんだとはなんですか? あと今誰かカボチャの眉間を疑問に思いましたね。ありますよ僕にも眉間くらい、目も鼻も口もあるんですから、ハロウィンの怒ったような笑ったような感じにくりぬいたカボチャと同じように作ってあるんですから」
「自覚あったんだ」
「だったらなんです」
「帰っていいって言ったのに」
「こっちにも色々事情があるんです!」
「カボチャの事情?」
「もういいですもうホント面倒くさい。カボチャでいいですとも全く。はぁ」
「なんかわかんねーけどお前も大変なんだな。ま、頑張れよ」
そう言ってカインは荷物を背負い、さっさと歩きだす。
「貴様にだけは言われたくないわ! ってちょっと勝手に先に行くんじゃない! 待たんかこのガキャー!」
こうして、カボチャと自称勇者カインの魔王城を目指す短い旅が始まった。
それはカボチャにとって、中々に過酷なものだった……。
「おいコラ待て、そっちは崖」
「ギャアア嘘だろ落ちるー!」
「崖って、バカヤローがこのっ!!」
慌ててカインの服を掴み引き上げる。
「た、助かった。ありがと」
「ちゃんと足元と周りを見て歩きなさい! さっきからキョロキョロキョロキョロと、いったい何を、って――いない!?」
カボチャはキョロキョロとその姿を探し、何故か頭のずっと上の方から声をかけられ見上げると、
「おーいカボチャこっちこっち! なんかこの木に実がなってんだよ! もしかしたら食えっかも」
物凄く高い木の物凄く上でカインが手を振っていた。
「これは驚いたまるで猿のように上手に木の天辺まで登ったものですね。って、危ないから降りなさい! 何かあったら僕が魔王さまに……と言うかその実は 」
カボチャの忠告も虚しく、カインはその実をパクリと食べ
「かっら~!!」
思わず両手を木から離し、真っ逆さまにカボチャ目掛けて落ちてくる。
「ぎゃああ! 落ちてくるな~!!」
とは言え避 ける訳にもいかず。見事、カボチャはカインに潰された。
その衝撃で、二人は雪の中にかなり沈み込み、苦労して地上まで這い上がるハメに。
「あーいたたた。あ、なんかごめん」
「痛いのはこっちだ」
「なぁ」
「今度はなんです。てかさっさとどいて、邪魔で出られません」
「これ、なんだろ??」
「は? これって」
なんとか地上に顔を出すと目の前には茶黒い大きな大きな大きな
「あぁただの野生の熊ですね」
「そっか野生の熊かー」
「で?」
「助けて下さい」
「君はなんで勇者を名乗ってるんだ」
なんだかんだでいい奴なカボチャは、なんとか熊を説得した。
「どうにも僕たちが彼らの縄張りに入ってしまったようです。さっさと離れましょう」
「南瓜 って熊と喋れんだね。俺知らなかったわ」
「おい今カボチャの字、漢字にしただろおい」
そんなこんなで日は暮れて
「カボチャーそっち持ってー」
「……」
「今度はそっち引っ張ってー」
「……」
二人は手頃な場所でテントを張っていた。
せかせか、せかせかと。
「俺こっちやるからカボチャはそっちな~」
「……」
そう、せかせかせかせかとやってはいるのだが……。
「……なーカボチャー?」
「……」
「おーい、カボチャー」
「……」
あまりの無反応さに、流石のカインも心配になる。
「ど、どうかしたのか?」
すると、今まで黙ってまるで人形のように言われる事だけをただただ黙々とやっていたその南瓜頭は、ゆっっくりと顔を上げ
「疲れて言葉も出ないんです黙れよこの小僧」
と、流れるように静かに言った。
口は悪いが覇気のないその様子に、カインも『いや言葉出てるじゃん』とは言えない。
「俺は楽しいけどな!」
「……はぁ」
「あーえっと、先に中に入って休んでなよ。俺は晩飯の支度するし」
そう言ってテントの入り口を開けると、カボチャは「そうさせてもらいます」と中に入って行った。
「大丈夫かなー?」
寒空の下、カインは一人、買っておいた薪と紙に火をつけようとするが、何度やっても一向に火をつけられない。
「あぁ薪湿っちゃってるもんなぁ。てか正直やり方あんまりわかんない。せめて火をつけてもらってから休んでもらえば良かった」
カボチャに声をかけようかとテントを見たその時、ボッという音と熱に、カインは振り返る。
「えぇ!? うそぉ!?」
そこには確かに燃える火が。
そして――
「やぁ久しぶりだね、カイン」
品がある、若い男が一人。
彼の黒と白のメッシュに染めたおさげには見覚えがあった。
「え、なんでここに?」
その男は、カインに西通り裏の事を教えてくれた、バイト先の先輩だった。
燃える火を挟んで彼は言う。
「よくここまで来たもんだ。森まであと少しじゃないか」
「森?」
確かにここを下って少し行けば、この雪山とはおさらばし、今度は緑生い茂る森が続くとカボチャが言っていた。
「てかこの火、先輩がつけてくれたの?」
「そうだよ」
「マジか有り難うって、じゃなくてだからなんでここに!?」
「バイトで通りかかったのさ」
「あ、そうなんですか」
何故かあっさり受け入れるカイン。
カボチャがここにいたなら、んな訳あるかとつっこんでいたところだろう。
「あの時は教えてくれて有り難うございました。一度は行ってみたんすけど、やっぱり俺には合わないと思ってやめたんす」
「うん、残念だったよ。僕が買おうかと思っていたのに」
「はい?」
と、瞬きしたその一瞬、今まで確かに目の前にいた先輩の姿が、跡形もなく消えていた。
「夕食の支度は出来ましたか?」
後ろから声がかかり、テントの中からカボチャが顔を出す。
「……どうかしたんです?」
声をかけても一向に反応しないカインを不審に思うと、
「あ、カボチャ! い、今先輩、先輩がいたんだけど!」
間抜けな顔でそう返されカボチャは首を傾げた。
いったいなんの事かと話を聞くと、カボチャの眉間はどんどん皺が寄っていく。
「――な、なんですかその話!?」
カインがとりあえず手に入れた食材をあるだけぶっこんだ鍋から湯気が立ち上がる。
そのあっつあつの鍋を食べながら、カボチャは声を荒げる。
「な! びっくりだろ!? さっきまでまさにカボチャが座ってる場所にいたのに!」
すっかり暗くなり空の星々が煌めくなか、普段は静かな森の一角が、たった二人のせいで妙に騒がしい。
「そうじゃありませんよ! 小僧お前本当にバカだな! なんでそんな話にまんまと乗ったのかと僕は言ってるんです!」
「え、そっち? 勘弁してよアイツにも怒られたしもう懲りたよ」
「当たり前です。と言うか魔王さまをアイツ呼ばわりするんじゃありません」
怒られてムッと頬を膨らませ、飯をかき込むカインにカボチャは呆れてため息をこぼした。
「それにしてもその男、本当にいたんですか?」
「本当だって、俺ちゃんと会話したもん」
「……どうにも信じられませんね。人間がそう簡単にこれる場所ではないですし、何より一瞬で消えるなんて」
カボチャは辺りを見回す。
なんて事はない雪の上に木々が生い茂るだけで、あとは自分達のみ。
ただ姿が見えずとも獣の気配だけが静かにこちらを窺っている。それだけだ。
(おさげの男か……)
「まぁとにかく、明日に備え今日はもう寝てしまいましょう」
「そうだな。あそこにある森からとうとう魔族の領土なんだよな!」
「えぇ森って言うか〝ニスリ森林〟ですけど、まぁどうせ無理でしょうけどね」
「え? 無理?」
「なんでもないですよ」
火に薪をくべ、カボチャが何か念じると、燃える炎の質が変わった気がした。
「これで火が消え、獣が寄ってくる心配もない。安心して寝て下さい。まぁ何かあっても僕がいるので心配ないですけどね」
さぁさっさとテントに入れ入れと、犬でも追い払うかのようにシッシッとカインを追い払うカボチャ。
けれどカインはそんなカボチャをじーと見つめ
「な、なんですか?」
嬉しそうに笑った。
「だからなんなんですか??」
今そんな喜ぶような事でもしたか? いや寧ろ今のでいい気分はしないだろうと、多少の気味悪さを覚えカボチャは戸惑う。
「いやなんかさ、カボチャがいてくれて嬉しいなって」
「へぁ?」
予想外の反応に思わず変な声が出た。
「俺さ、こんなだろ? だから仲間も途中で帰っちゃったし」
(自覚あったのか)
「本当はちょっと心細かったんだ。だからカボチャが付き合ってくれて嬉しいなって」
「あーそう」
「本当だぜ? カボチャなんだかんだで頼りになるし」
「なんだかんだは余計です」
「それに優しいしな」
(そんな覚えないぞ)
「明日もよろしくな。カボチャ」
あ、そうだそうだ紙ヒコーキと言いながら、いつものあれを飛ばしてカインはようやくテントの中に入って行った。
暫くして、寝息のようなものが聞こえると、カボチャはようやく立ち上がる。
「あーシュケル。見ているだろう」
すると、目の前の炎がボッと吹き上がり、白髪 の男を映し出す。
「おやおやバレていましたか。お勤めご苦労さまです」
「フンッ、白々しい。それより」
刺々しい態度でいると、白髪 の男の横から大柄な男が一人顔を出す。
「カボチャすまないな。面倒を押し付けて」
「ま、魔王さま! いえ、そんな滅相もございません!」
「だそうですよ魔王さま」
(このやろシュケル。お前は引っ込んでろ!)
カボチャはゴホンと一つ咳払いをする。
「それはそうと報告です。今日に限っては〝ある事〟を除いて、特に何事もございません。明日 には『ニスリ森林』に入ります。まぁ入れるとは思いませんが」
「そうですね。あそこに行けば流石の彼もきっと諦める事でしょう」
「そうなれば僕は彼を町まで送って、城に戻ります」
「そうか。して、〝ある事〟とはいったいなんだ?」
「は、それなのですが……」
カボチャは先程カインから聞いた男の話を伝える。
「そうですか、その〝バイト先の先輩〟が、妙ですね」
「だろう? 僕もそう思って辺りを警戒したが、ここから山の麓までそれらしい気配は感じ取れなかった」
「貴方が無能なだけでは?」
「シュケル、僕の魔力を知ってるだろう」
「冗談はともかく、そうなるとますます妙ですね。ただの人間が気配を消せるとはとてもとても、魔王さまどう思いますか?」
シュケルが魔王を見ると、そこにはいつになく険しい顔をした男の姿が。
「…………その先輩とやらが唆したせいで、あんな場所に、許さん……何処のどいつだ」
その様子は、炎に映し出された様を見ているだけのカボチャにもよく伝わった。
これはもう此方の声は耳に入らないだろうと、カボチャはシュケルを手招きすると、こそりと話す。
「シュケル。お前は見ていないのかその水晶で」
「残念ながら私もそう暇ではありませんので」
「チッ、肝心な時に限って役立たずな奴め」
「ただ大凡の見当はついていますが」
「何?」
「フフフ、あくまで予想の段階です。誰であるとはハッキリと口には出来ませんね」
「お前、実は分からないんじゃないのか?」
「カボチャ、私を誰だと思っているのですか?」
「冗談は置いといて、実は僕も特徴からなんとなく察しはついてる」
「おや、珍しく話が合いますね。嬉しい限りです」
「僕は最悪だ」
カボチャはまだ怒り冷めやらぬ様子の魔王を一瞥する。
「シュケル、そんなわけであとは頼みます」
なんとか魔王さまの機嫌をとってくれよ。
と、通信を切る間際「お安い御用です」と、不敵に微笑むシュケルの顔が、燃え盛る炎と共に消え失せた。
暫くして、僅かな薪と灰、煙だけが残るそこに、炎がまた、甦る。
「フンッ」
シュケルの耳障りな声が、カボチャの耳にまだ残っていた。盛大に顔をしかめ、テントの中へと入っていく。
炎は夜空の星々と語り合うように、眠る二人を見守っていた。
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