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六章:少年とカボチャは魔王城を目指す02

 ――その森林は、雪山を越えた先に確かに存在した。  何処までも続く樹木に唖然としながら、その光景を目の当たりにし、ただただ立ち往生する。  すると、そんな少年に声がかかった。振り返ればカボチャ頭のふざけた男が、裂けて穴だらけのマントを翻し、浮遊している。 「どうです? これでもう諦めもついたでしょう」 (諦める?)  そう言われた事が不思議だった。  何故ここまで来て諦めなければいけないのか、あともうちょっとなんだ。あともうちょっとで……。  やっとここまで来た。  そう、やっとだ。  その少年の真っ直ぐな青い瞳に、諦めの色はない。 「まさか、絶対魔王のとこまで行ってやる!」 「へぇ、どうやって?」 「どうもこうも、こうやって!」  目の前に広がる森林に足を踏み入れようとしたその時。 「だあああ! だからダメだって言ってんだろうがこの小僧!!」  少年のローテルの青く長い髪が思いっきり引っ張られる。 「いってぇ~だからさっきから何してくれてんだよ! 痛いんだよこの馬鹿カボチャ!  行かせろってば~!」  尚も諦めず前進しようとする少年、いやカインをカボチャは綱引きでもするかのように、全力で引っ張り戻す。 「だ~れが行かせますか~例え土下座して泣いてすがり付いて懇願されても行かせませんからね~てか、このままだとハゲちゃいますよ!  一旦やめて僕の話をもう一度ちゃんと聞きなさい!」 「いーやーだー!!」 「どこの駄々っ子だ!」 「この辺の!」 「いいから聞け、このバカもん」  カボチャは一瞬だけ引っ張る手を離す。するとカインの体が支えを失い、前のめりに倒れた。  すかさずその髪をもう一度引っ張り、カインの足を払う。  なすすべもなく仰向けに倒れていくカインの背が、地面にぶつかった。 「いっだぁ~!」  痛みに悶えながら、カインはキッと鋭くカボチャを睨む。 「カボチャ足あったのかよ!?」 「見えないだけで君を足払いするだけの足くらいあります」 「どうでもいいよ!」 「はぁもう、ちょっと真面目に話しましょう」  パチンと、そのフォーマルな白手袋をはめた指をカボチャは鳴らす。  すると起き上がろうとするカインの身体を、何か目に見えない物が押し潰し、身動きがとれなくなった。 「ぐっ」 「ただの重力ですよ。君がこれ以上動けないよう、身体にかかる重力を重くしています。どうです? 少しは話を聞く気になりましたか?」  何度か動かそうと足掻いたが、指の先でさえピクリとも動かない。  カインは納得いかないと思いながらも、降参だと地面に身を預けた。  その様子にカボチャは少しだけ、重力を軽くする。けれどそれは呼吸がいくらか楽になる程度で、動くにはまだ程遠い。 「いいですか。この〝ニスリ森林〟から先は魔族の領土、即ち人間には毒でしかない邪気が絶えず立ち込めているのです。この意味、いくら頭の悪い君でもわかるだろ?」  分からない筈がない。つまりはこの先に進むと人間の自分は死ぬと言う事だ。  ふと、仲間の一人が最後に言った言葉を思い出す。 『いずれ途中で帰らざるを得なくなる。その時は素直に諦めて帰って来ることだ』  あれはこの事だったのかと。  仲間は知っていたのだ、この先には進めないことを。そしてきっと他の人達も……。  カインは幼い頃から、この日この時この場所に来るまで、沢山の人に話をした。  いつか自分は必ず魔王の所へ行くんだと、その為に自分はこの本に出てくるような勇者になるんだと。  見守り育ててくれた教会のシスターや、近所の人も、この一年とちょっとで旅先で出会って話をした人達も、きっとあのマリアだって、誰もカインを強く引き止めやしなかった。  誰も話を本気には聞いていなかったからだ。  それは分かってはいた。分かってはいたけれど。  カイン以外の誰もがきっと思っていたのだ。 〝たとえ本気だとしても必ず途中で諦め、帰って来るだろう〟  誰もがそう思っていた。けどそれをカインだけが知らなかった。  それが妙に悔しい。きっとあの魔王だってそうなのだ。  そもそも雪山なんて越えなくたってこの森林に出られる道はあった。  それなのに魔王はあえてこの道をカインに教えた。それまでもずっと遠回りの道を教えていた。  仲間も知っていながら何も言わなかった。  それはやはり諦めさせたかったからじゃないか?  きっとそうだ。いや、そんなの分かっていた。  けれどあえて気付かぬ振りをしてここまで来た。  それはひとえに自分が本気だという事を知らしめたかったからだ。  だから 「今さら、諦めたりしない……!」  カインは真っ直ぐカボチャを見て、声高に宣言する。 「俺は決めたんだ。 我が儘だって言われても、絶対に諦めないからな!」  その真剣な面差しに、カボチャは少し驚いた。  重力を軽くしたとは言え、喋るのもやっとのはずがこの様子。 「小僧、一体なんだってそんなに……何も面白いものはないんですよ?」 「そんなの関係ない!」 「それじゃあそうまでして魔王さまを倒したいのですか?」 「辿り着いたら教えてやるよ」  ニッとカインは笑う。  その姿にカボチャは少し興味を引かれた。  この人間の目的は一体なんなのかと、知りたい気がしたのだ。  けれど問題は他にもある。 「行ったところで魔王さまはまだ城にはいらっしゃいませんが?」 「知ってるよ。なんか大事な会議に出掛けてんだろ? だったら帰って来るまで待つだけだ」  身動きも取れない癖にフンッと威張るその姿、なんと滑稽な事か。  カボチャが自称勇者を名乗るこの少年を、元の町まで、あるいは育った故郷まで帰すのは実に容易い。けれどあえてそうはしない。  あくまで本人の意思で帰らせたいのだ。  何故なら今無理やり連れ帰ったところでこの少年はまた、勝手に一人で飛び出すだろう。  そして必ず、危険を承知でこの場所に来るのだ。  そうなっては困る。魔王が助けた命を、そう簡単に無駄にされては困る。 「はぁ」  カボチャはこの少年に会ってから何度目か知れない深いため息をついた。 「しょうのない」  白手袋をはめた手をカインへとかざし、何かを唱えて(てのひら)を握りこむ。そしてもう一度指を鳴らす。  それと同時にカインの身体が必要以上の重力から解放され、反動で一瞬だけ浮き上がった。 「これでもう、大丈夫ですよ」  カボチャはそう言って苦笑した。  

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