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七章:おいでませニスリ森林01

 とうとう森林へと足を踏み入れた二人は、草木をザクザクと鳴らしながら先へと進む。 「なーほんっとうに大丈夫なのか? 特になんかこれと言って、変わりねーけど」  カインは自分の服を引っ張ったり髪を引っ張ったりと、身体のあちこちを探ってみる。 「全くしつこいですね。大丈夫だって言ってるでしょう。君には邪気に影響されないよう、それ用の結界をしっかり張っています。今生きて元気に歩いているのがその証拠ですよ」  その後ろでふわふわと浮遊しながら、カボチャ頭の男がついてくる。その片手にはランタンが揺れていた。 「そうなのかなぁ。そもそもその邪気で死ぬってのもなーんか胡散臭いしなぁ。なぁ一回試しても」 「アホか、そのたった一回で死んでどうする」  流石にまだ死ぬのはごめんだと、カインはそれ以上言うのをやめた。 「ところでさっきからそのランタンどうかしたのか?」  どうにも気になった。この森林に入ってからというもの、カボチャはずっとランタンと睨めっこしているのだ。 「本を読んでるんです」 「本?」  予想外の答えにカインは目を(しばたた)かせる。 「なんの本?」 「予習です予習」 「よ、予習?」  全く意味が分からない。 「それはともかく気を付けなさい。ここは魔族の土地、あちらにいた野獣などより遥かに強い魔獣が生息しているのですから」  と、その時ズサンと何かを薙ぎ払う音にカボチャは顔をあげる。見るとそこには 「ん? 何か言った?」  まるで闘牛を二匹くっつけたような魔獣が真っ二つに倒れ、片手に大剣を抱えたカインの姿が。  足元にはもはやただの闘牛が目を回して倒れている。 「いえ、どうやら杞憂だったようです」 「ん? よくわかんないけど、これ食べれるかな?」 「やめなさい。この土地に生息するのは全て邪気を宿している。だからこそ魔獣と呼ばれているのです。君のような人間が(しょく)したら腹を下すどころじゃすみませんよ」 「えぇ? そんな。俺腹へったのに」  腹を押さえて悲しげに言うカインにカボチャはランタンに映る本を捲りながら淡々と言う。 「安心しなさい。ちゃんとお前でも食べられる物もある。見つけたら教えてやるから」 「本当か!? 頼んだぞ!」  すっかり元気を取り戻して歩き出すカインにカボチャは呆れた。 「単純な奴だなー。というか魔獣倒せるならただの熊もなんとか出来たんじゃないのか?」 「フフフ、単純なのは貴方もでしょう」  ぼやいていると、本の文字列が映るランタンから耳障りな声が聞こえた。  まさかと眉を顰めてランタンを見れば、読んでいた本は何処へやら、憎たらしい笑みを浮かべたシュケルの顔がこちらを覗く。 「なんですかシュケル」 「はてさてどういう風の吹き回しでしょうか。確かあの勇者とやらを諦めさせ、町まで送ると、確かに貴方はそう言ったと私は記憶しているのですが、おやおやなんでしょうこの本は?」 「いいからその本を返せ」 「何か考えがおありで?」  カボチャが読んでいたのは『魔王討伐日誌』と言う本を基に作られた児童書だった。  それは人間の領土では昔から一般的に出回っている有名な物語で、まさにカインはこれの影響を受けたのである。  そしてその本を何故かカボチャは黙々と読み進めていた。 「フッ聞けシュケル。僕はもう疲れたんだよ。あの世間知らずの頑固者を(たしな)めるのも子守りをするのもな!」  カボチャの身が湧き上がる怒りをおさえて震える。 「こうなったらとことん付き合ってやる! 全力で悪役に徹してもう二度と魔族の土地を踏むなど考えも出来ぬ程の恐怖を味わわせ、返り討ちにしてくれるわあああ!」  カインに聞こえぬよう小声で、けれどもその顔付きはもはや南瓜の面影もなく、まさに悪役に相応しい凶悪な形相だ。 「って事で、悪役の予習をしたいからその本を返せ」 「ノリノリですね」  もはや予習など必要なさそうに思えたが、シュケルはとりあえず先程のページを開いて彼へと返した。  するとランタンにまた本の文字列が映し出され、カボチャはこれでもかとそれをガン見する。 「それに目的はよく分かりませんが、とりあえず本のように下級中級の魔族や魔王と戦えば、あのアホも満足して帰る気になるかもしれない」  その言葉を聞いて、シュケルはなるほどと頷いた。  けれども下級中級はともかく、肝心の魔王は誰がやるのか、我らが魔王さまはあと三日は城へ帰れない。 「雑魚は部下に任せて、中ボス、ラスボスの魔王は僕がやる。そんでこの溜まりにたまったストレスを何百倍にも返して再起不能にしてくれるわ!」  楽しそうにフハハ、フハハと不敵に笑う。本人は気付いていないかもしれないが、カボチャはどっからどう見ても浮かれていた。 「フフフいいでしょう。全て貴方に任せます。ただくれぐれもやり過ぎないようにして下さいね」 「あぁわかってる」  そこで通信が切れたのか、シュケルの声は聞こえなくなった。  ふと顔を上げると、 「ん? んん?」  辺りを見回すが、先程までいた筈の姿が見えない。 「し、しまった」  少し目を離しただけですっかり見失ってしまったその姿をカボチャは焦って探す。  けれども行けども行けどもあの青い頭は視界に入らない。  急いで周囲の気配を探る。 「クソッ、これも全部シュケルの! ええい、それどころじゃない! 何処だ小僧!? 隠れんぼなら付き合いませんからね!」  その時、遠くから悲鳴のような叫び声が 「カイン!?」  カボチャは飛び立つと指を鳴らし、その場から姿を消した。  ◇◇◇ 「――ん~参ったな……」  カインは一人、樹の上で逆さ吊りになっていた。  何故こうなったのか、事の顛末はほんの数分前に遡る。  案外簡単に倒せる魔獣に拍子抜けして、カインはどんどん奥へと進んでいた。  すると何かに躓き、起き上がるとそこには人の骨があったのだ。  それは魔族なのか人間なのか、はたまた別の種族なのか、樹に寄り掛かるようにして確かにそこに存在していた。  すっかり腐敗の進んだ服を見る限り、女性だったのかもしれない。  そう思った時だ。  何かに片足をつかまれ、そのまま地面を滑った。 「なっ!?」  地面に仰向けに叩きつけられ、物凄い速さで引きずられていく。 「クソッ油断した!」  頭や身体を地面にぶつけながら、慌てて剣を持とうとしたが、そもそもカインが持つ大剣は今の状況ではなんの役にも立たない。  カインは腰にある短剣を取り出して自身の片足に狙いを定める。足首に巻き付くそれに剣を突き立てるが 「うわあ!」  ぐんっと強い力で引っ張られ更に加速した。  手は足から離れ、短剣はどこかへ跳んでいく。  視界に映るもの全てが形をなさず、身を裂かれんばかりの勢いになすすべもなく悲鳴を上げていたその時、頭を何かにぶつけ気を失った。  そして気付けば、自分はこの樹の上で逆さ吊りとなっていたわけだ。 「うん。困った」  足にはまだ樹の根のような物が巻き付いている。 「うーんこれ、地面からわざわざ伸びてるわけ? 変なの」  と、言いながら手でその根を剥ぎ取ろうとするもびくともしない。  おまけに先程から妙に息苦しい。 「なんだろう? 逆さまだから?」  そう言えば大剣はと思うと、地面に突き刺さっていた。どうにも鞘から抜け落ちたらしい。 「カボチャもいつの間にかいないし、迷子にでもなってんのかな?」  どちらかと言うとカインが迷子に近い状態である。  カインは暫くブラブラと揺れてみて、あることに気付いた。  足は確かに縛られ身動きが取れないが、上体はこのようにブラブラと揺れ動かす事が出来るし、手も動かせる。  多少引きずられた時に出来た傷が痛むが大した事はない。  そして何より足の先に丁度座れそうな枝が伸びているのだ。 「よし!」  カインは勢いをつけて上体を揺らした。その揺れはどんどん大きくなり 「そおら!」  その勢いで思いっきり上体を起こして枝へと座る。 「ハハ、やった」  適当な枝に掴まり喜んだのもつかの間。背中を他の枝にドンっと乱暴に押され、バランスを崩す。 「う、うわあ!」  ブランブランと、結局元の状態へと戻ってしまった。  頭に血が集まってくるのを感じながらカインはため息を一つ。 「そうだった、根が動かせるなら枝も動かせるよなー。てか、もしかしてコイツ樹の魔獣なのかな? ……いや待てよ。樹も獣って言うのか?」  人間の領土にはこんなのいなかったと、ぼんやりと思う。 「うっ、やっぱりなんか、息が」  逆さまになってるせいだとは思えない。  カインは首もとのシャツを鷲掴みし、苦しげに呼吸を繰り返す。 (いったいなんだ? さっきまではなんともなかったのに)  苦しさから瞼が落ちかけ 「いったい何してるんですか?」  聞き覚えのある声がした。 「え?」  瞼を上げてみれば、眉間にシワを寄せた。 「カボチャ!」 「全く「カボチャ!」じゃないですよ。ちょっと目を離せばこれです」 「てかカボチャ、なんで逆さまなんだ?」 「アホか、君が逆さまだから僕が逆さまに見えるんでしょうが」 「あ、そっか」 「他に何か言う事は?」 「お願いします助けてください」  カボチャは心配して損しただの、これでよく魔王さまを倒そうなどと言えたものだのとグチグチ言いながらも指を三度鳴らす。  するとカインを捕らえていた樹だけが一瞬で乾物のようにぺしゃんこに潰れ、地面へとめり込んだ。 「アタタタ、酷い。降ろしてからにしてくれよ~」  樹が潰れた事で当然カインは地面に叩きつけられた。 「これで少しは反省して下さい」 「何を?」 「直ぐに一人で歩き回る癖です」 「あっそっか、ごめん。助けてくれてありがとう」  素直に謝り、素直に礼を言い、ニコニコ笑うカインにどうも調子が狂う。  カボチャは八つ当たりをするように樹にかける重力を倍にした。メリメリと沈んでいく哀れな樹。その軋む音はまるで悲鳴のようだ。  カインが改めて周りを見ると、なんと周辺にある樹の殆どが乾物状態で地面にめり込んでいる。 「か、カボチャ。いくらなんでもやり過ぎじゃね?」 「何言ってんですか、殆どが君を捕らえた樹の魔獣ですよ」 「えぇうっそお」  信じられないともう一度辺りを見回す。潰された樹はどこまでも続いているように思えた。中には何故か燃えているものまである。 「樹の魔獣ですからね。根を生やしていくらでも育ちます。心配せずとも焼き殺してはいないのでまた生えてきますよ」 (いや、燃えてるけど)  ドンッドンッと音を立て、立て続けに樹が潰れていく光景に恐怖と罪悪感を覚えていると、急に体が傾いた。 (え?)  カインの視界がぐるりと回り、次の瞬間には地面に倒れる。 (な、何?)  全身から力が抜け、身体が全く動かせない。 「カイン!?」  気付いたカボチャが慌てて駆け寄った。 「今度はなんです? どうしました?」  怒ったような困ったような心配そうな焦った顔で、カボチャが身体を揺さぶる。  返事をしたかった。したかったけど。  カボチャの声が果てしなく遠く感じ、視界が霞んでいく。  頭の中がどんどん真っ白になり、ふと、もうあれから一度も聞く事のなかった、懐かしい声が、頭に響いた。 『何かあったら』 「……あ、ひこ、き」  そしてそのまま意識を手放した――。  

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