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七章:おいでませニスリ森林02

 朝早くから昼過ぎまでずっと続いていた会議を終えて、ようやく休憩に入った頃。  広間の窓から外を見て、魔王は何か胸騒ぎを覚えていた。  窓から見えるのは、城を取り囲むように広がる湖と奥に続く森、ときおり水面が日差しを受け煌めいて、子連れの鳥が周辺を泳ぐ。  なんとも緑豊かな光景だ。ここにもし画家がいれば思う存分にその腕を振るっただろう。  しかし、どうにも穏やかな気持ちで見ていられない。 (なんだ……まさか――)  それが杞憂ではないと、珍しく浮かない顔で現れたシュケルを見て確信する。 「どうした」  ここではと、声を潜めてそう言ったシュケルと共に部屋へと移動する。  部屋の中央にあるティーテーブルの上に置かれた水晶。そこに映し出されたカボチャの様子に、やはりそうかと覚悟を決めた。 「何があった」  するとカボチャは顔を上げ、絞り出すようにこう言った。 「申し訳ございません……カインが、倒れました」 「それで」 「一向に目を覚ます気配がありません」 「そうか」  中々本題に入らない事に焦りを覚えてか、魔王の手はじわりと汗を握る。  と、その様子を見かねてシュケルが口を開く。 「魔王さま。どうにもあの人間は結界が効きにくい体質のようです」  ――自分の代わりに話し出すシュケルの声を聞きながら、カボチャは自身の不甲斐なさを悔やむ。  もっと早くに気付くべきだったと、自分ならそう出来た筈だと。  あの後カボチャは急に倒れたカインに驚きつつも、冷静になって彼の状態を確かめた。  そして驚いた事に、カインにしっかりと張った筈の結界が弱くなっている事に気付いたのだ。  何故そんなに驚くかというと、こう見えてカボチャはそんじょそこらの魔族ではない。少なくとも北のこの地では魔王の次に強い魔力を持っている。  そのカボチャの結界が効かないなど、普通は有り得ない事なのだ。  それがこうも効いていないとなると。 『まさか、結界が効きにくい体質なのか?』  稀にいるのだ、魔力が効きにくい体質の者が。  ただ何処までそうなのかはその者の体質にもよる。  例えば治癒術が効きにくいとか、防御術が効きにくいとか、呪術が効きにくいとか。  その中で少なくともカインは防御術の一つである結界が効きにくいのだと言える。  けれど、カボチャは自分ほどの魔力でさえも効かぬ相手に出会ったのは初めてだった。 『よりによって君がか』  カボチャはその時にもう一度結界を張り直した。けれどあくまでそれは一時しのぎでしかない。 (僕は確かに魔力は強くともそもそもが黒の魔族、本来得意なのは攻撃術などの力業です。治癒術や防御術といったものになれば白の魔族であるシュケルの方が得意だ。あれには到底勝てない)  言い訳のように思うが、要はカボチャは強い魔力を持ちながらもその扱いが下手なのだ。  いや強い魔力を持っているから下手なのかもしれない。  一方シュケルは魔力はカボチャほどではないにしろ、その扱いが頗る上手い。だからこそ時にカボチャ以上の実力を発揮出来る。  それもあってカボチャはいつもシュケルにからかわれている。  宝の持ち腐れとは貴方の事ですねと。  ただ今はそう言われても仕方ないとカボチャはうつむき、自身の拳を握ると、まだ眠りから覚めないカインを見る。 (やはり早々に帰すべきだったのか?)  けれど、どんなに止めようが無理があると分かっていようが、諦めず前進しようとするカインを見ていて、いつの間にか願いを叶えてやりたいと思っていた。  ついでに言うと正直悪役をやるのもかなり楽しみにしていた。  だが、こうなれば……。 「魔王さま。やはり直ぐにでもこの者をあちらに帰して」 「待ちなさいカボチャ」  そう言ったのはシュケルだった。 「今あちらに連れて行ったところで回復出来るかは未知数ですよ。それにちょっと深く考え過ぎです」 「は?」  何を言うかとカチンときた。 「弱くなっていたとはいえ、あなたの作った結界に守られていたんですよ? 邪気を体内に取り込んでしまったとは到底思えませんね。せいぜい多少あてられたくらいでしょう」  だったらなんだというのか。 「安心なさいと言ってるんです。なんの為に私と魔王さまに助けを求めて来たのですか」  別に求めてないと言いたかったが、正直そうだ。 「顔を上げろ、カボチャ」  そう言われておずおずと顔を上げると、いつものように雄々しく自分を見つめる魔王の姿があった。 「シュケルから聞いているぞ。だいぶ手を焼いていると、本当にすまんな。お前にはいつも苦労をかける」 「いえ、そんな!」 「あれは相当しつこいからな。この程度の事でくたばりはせんよ。なぁシュケル」  シュケルがいつもの不敵な笑みを浮かべたかと思うと、カボチャの前にある物が現れた。 「うわっと!」  宙に浮いて現れたそれが、力を失い落ちるのをすんでのところで受け止める。 「これは……っ」  ◇◇◇   『――どうかしましたか?』  その声と姿を見て、あぁこれはどうやら夢だと気付いた。  いや、 この〝映像を観ている〟と言った方が正しいのかもしれない。 『魔王さま?』  嫌というほど見慣れている橙色のそいつがそう言って、何やら悩んでいる様子の男に声をかけた。 『カボチャ……お前はこれがなんだか分かるか?』  言われると、そいつは魔王さまが手にしている紙を横から覗き込んでいる。 『あぁもしかして、例の紙飛行機ですか……って、なんですかこれ?』 『多分絵だな』 『いやそれは分かります』 『あぁそうだな余もそれは分かる。ただな』 『黒いぐちゃぐちゃ?』  二人で頭を悩ませ紙に(えが)かれたその落書きを眺めていると、そこにこれまた嫌というほど見覚えのある司祭服のような出で立ちの男が現れた。 『何やら楽しそうなご様子で』  男は胡散臭い笑みでそう言う。  自分に声がかかった訳でも、ましてやただの夢であるはずなのにこの男を見るだけで、こうも嫌な気分になるのはどうしてか。 『シュケル、お前はこれをどう思う?』  親切な魔王さまがそいつにわざわざ見せるようにして紙を持ち直した。 『なるほど。あの人間の赤子からですね』 『もう赤子ではないがな。最近は絵を描くようになったらしい』  シュケルはまじまじとその絵を見つめ、目を細める。 『余は熊のつもりではないかと思うのだが』 『僕は草か、毛玉に見えますね』  二人の言葉に、フフフと笑う。 『草に毛玉に熊ですか、赤子が知ったら泣くか怒るでしょうね』  そして魔王さまが持つそれを受け取り、折り目が残る紙を丁寧に広げて、二人に見せる。 『これは〝魔王さま〟ですよ』  私にはそう見えますと、シュケルはその絵を丁寧な仕草で返す。貴重なものでも扱うように。 『余、だと?』  驚いた顔で二人はその絵を見つめなおす。  確かに魔王さまは全身真っ黒な出で立ちでいらっしゃる。  だからそうと言われるとそうなのかもしれない。 『この絵を描いた者は、魔王さまを好いていますからね』  フフフとまた笑う。この時ばかりはこの笑い方もあまり嫌ではなかった。 『んーなんだか僕もそんな気がしてきましたよ。変装した時によく似てはいませんか? ほら、全身真っ黒なローブ姿じゃないですか、顔も口元近くまで隠してしまわれますし』  ぐちゃぐちゃの黒い塊の絵を見て、そんな事を言う。 『そう見えるか? いや、そうなのかも知れんな』  と、三人で顔を見合わせ思わず笑った。 『そう言えば、なんて名でしたっけ?』  笑いながら橙色は魔王さまに聞く。 『なんだ忘れたのか〝カイン〟だ』 『あぁ、そうでした……カイン、いつか会ってみたいですね』  あぁそうだ。  そう言えば、そんな事、確かに言ったなぁ。  ゆるりと夢が光に照らされるように真っ白に変わっていく。 「――シュケルの奴、さては覚えていましたね」  うっすらと瞳を開け、そうこぼす。  どうやら自分は、ほんの少しの間だけ眠っていたらしい。 「だから僕をわざわざこれの子守りに……ホント、嫌な奴です」  隣には未だ目覚めないカインの姿。  しかし、もうすぐ目覚めるだろう。  カボチャは少し弱くなった焚き火に薪をくべ、その時をただ静かに待つ。  だんだんと夜の気配が近付き、焚き火の灯りが彼の真っ黒な服を橙色に染めた。  ただ願う。早く目覚めて、またあの無邪気な笑顔で、笑って欲しいと――  

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