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八章:少年にだって気になる過去がある01

「――う、んあ?」  混濁した意識の中、おもむろにカインは瞳を開けた。  煙の匂い、パチパチと鳴るこの音はなんだったかと、起き上がろうとして、身体が重い事に気付く。  (なんだろう。……ダルい?)  何があったのか思い出そうとして、どうしてか大きな欠伸(あくび)が出た。 「いい気なもんですね。欠伸なんかして」  聞き覚えのある呆れた声に顔を上げれば、思った通りの顔がある。  その奥には焚き火が燃え上がり、パチパチと聞こえたのはこれだったのかと気付く。 「あ、カボチャおはよう~」  随分久々な気がし、カボチャの頭をギュッと抱き締める。 「こらやめんか! なんなんですいったい、離しなさい! 寝ぼけているんですか!?」 「寝ぼけてないぞ、まだ眠いだけ!」 「寝ぼけたことを言うな!」  パチーンとカボチャがカインの頬を平手打ちした。 「あ」 「いってー!」 「す、すみません、つい手が、いつもの癖で……大丈夫ですか? 体調に問題は?」  カインはキョトンとする。カボチャの態度が妙だからだ。  いつもならもっとこうガーっと勢い任せに怒るというのに、今は心配そうにカインの顔を覗きこんでいる。 「……カボチャ、俺、なんかあった?」  まだハッキリしない頭をおさえながら、カボチャの様子にそう思う。 「覚えてませんか? 君、いきなり倒れたんですよ」  そうだったか? と、首をかしげると、カボチャは浮かない顔で言った。 「君は邪気にあてられ体調を崩し、倒れたんです。あと一歩遅ければ死ぬところでした」 「え? でも結界とかってのしてくれなかったっけ?」  カインの記憶に間違いがなければ、確かにカボチャは大丈夫だとそう言っていた。 「僕の考えが甘かった。君は魔力が効きづらい体質らしい。しかも防御術の一つである結界がだ」 「え? そんな事ってあんの?」 「滅多にある事ではないですよ。だから僕も油断していた」  そう言ってうつむき拳を握りしめるカボチャの姿に、随分心配させてしまったのだと思い、カインは慌てて起き上がる。 「で、でも今は大丈夫だよ! ほら俺こんな元気だろ!?」  バタバタと手を動かして自分は大丈夫だとアピールすると、カボチャの指がカインの胸を指す。 「魔王さまのお陰です」 「え?」と指された胸を見ると、いつの間に首から下げたのか、黒色の石があった。  それを指でつまんで焚き火で出来た灯りに透かすように持ち上げる。 「なんか宝石みたい」  濁りなく透き通るように黒く光る石。 「それは〝魔晶石(ましょうせき)〟ですよ」 「ましょうせき?」  綺麗だけど、どこか不思議な石。それにカインは目を奪われる。 「魔力を込めた石なのでそう呼びます。君のそれには魔王さまの魔力が込められている。それによって結界の持続力や効力を高め、更にはそれにのせた治癒術で君を回復へと導いています。それがある限り結界が崩れる事はありません。但し、それを外してしまえばたちまち効力を失い、君は死に至る。決して外したり無くしたりしないで下さい」  念を押すように真顔で言うカボチャに、カインは頷こうとしてハッと気付く。 「待てよ、これがあるって事はアイツ来たのか!? どこ、どこにいんの!?」  急に立ち上がり辺りを見回すカインにカボチャは呆気にとられる。 「落ち着きなさい。魔王さまは来ていませんよ」 「じゃあどうやって」 「どうとでもなります。僕達は強い魔力を持つ魔族なのですから」  それを聞いて、暫しその場に立ちすくむと、カインは諦めたようにのろのろと地面に座り込んだ。 「そっか……お腹空いた」 「……これでも食べますか?」  出されたのは肉を煮込んだスープのような物だった。  よくある鍋ものの香りとその湯気が食欲を誘う。 「さっき捕まえました。この辺りでは珍しい、兎のような動物の肉です。邪気を宿さないので安心して食べて下さい」 「兎、のような?」 「えぇ、見た目がよく似ていますが、本物の兎ならこの森では生きていけませんからね。多分突然変異と言うやつでしょう。邪気を宿さない生き物など本当ならここでは生きていける筈はありませんから、最近ではピートと呼ばれています」 「へぇピートか、なんで?」 「さぁ、それは僕にも分かりかねます」  カインはそのスープを飲んで美味しいと微笑む。それにホッとしてカボチャも口をつけた。 「安心しました。そもそも魔族はあまり食事をしないので、これで本当にいいのか、人間の口に合うのか分からなかった」 「そっか、ありがと」  暫く黙々と食べ続け、カインがおもむろに口を開く。 「あのさ、俺、人の骨、見つけたんだ」  その言葉にカボチャは別段変わりなく、あぁそうなのかと頷いた。 「さてはそれに気を取られましたね」  その言葉にカインも素直に頷く。 「それでその人、多分女性なんだと思う。服がそんな感じだった。……弔ってあげたいなって思って、でももう何処だったのか分かんないや」 「……稀にいるんですよ。死にたがりの人間がね。わざわざこの森に足を踏み入れるんです。愚かな事ですよ」  その言葉にうん。と答えながら、カインは辺りを見上げた。  森の中は真っ暗で高く聳え立つ木々が昼間とは違う深い色に染まっている。  その木々の間から数少ない星々が顔を覗かせていた。 「俺さ。この森でアイツに拾われたって聞いたんだ」 「……そうでしたね」  唐突に切り出されたそれは、勿論カボチャも魔王から聞いて知っている事だ。  けれどまさかカイン本人がその事を知っているとは思わなかった。 「ホントちっさい頃にさ。シスターに俺って何処から来たの? って聞いたんだ。最初は渋っていたんだけど、しつこく聞いたら諦めて教えてくれたんだ」  カインは中年の女性の声を思い出す。  厳しくも何処か優しげなあの声を……。  ――お前はね。今よりもっと小さな赤ん坊の時に、ある日ある男が連れて来たんだよ。  真っ黒な丈の長いローブに身を包み、顔を隠した怪しげな男がね。  その男は森で見つけたと言っていた。  何処の森かは言わなかったが、私にはなんとなく察しがついてね。そこから来たとなると、その男が何者なのかも想像に難くなかったよ。隠した顔が僅かに見えたしね。黒い髪に赤い瞳をしていた。  ならば連れて来たのは本当に人間の子なのかと抱き上げたお前の顔を覗いて一目でわかったよ。  青い髪に青い瞳の赤ん坊なんて人間でしかありえないからね。  そう言った彼女の言葉にショックを受けるよりも、どこか嬉しかった。もっと知りたいと根掘り葉掘り聞けば、この森の名前と男が魔族だろう事を教えてくれた。  しかもその男の特徴には覚えがあったのだ。 「それで多分俺は親にこの森に捨てられて、アイツが俺を拾ってくれたんだろうなって」  それからその男に声をかけようと試みたが、なかなか表に姿を現さない事に焦れた。  もしかしたら他の人がいなければ姿を見せてくれるかもしれない。そう思い、あの日森に入ったのだが、カインはこれについてはカボチャには話さなかった。 「そうでしたか。……言っておきますが、君が見た人骨は君の母親である可能性は低いですよ。普通、骨と言うのはたとえ分解されやすい酸性土壌であっても、土に還るには何十年もかかります。ですがここは邪気が充満するニスリ森林。人間の骨など数年あれば土に還るでしょう。なので君の親の骨が残っているはずはありませんよ」  淡々と述べられたカボチャの言葉にカインは苦笑する。 「そんなつもりはなかったんだけど。でもちょっとはそう思ってたかもな」  そして仰向けにその場に寝転ぶ。 「カボチャは凄いなぁ~物知りで」 「伊達に長く生きてはいませんからね」 「何歳なの?」 「聞いたら驚きますよ」 「じゃあやめとこ」 「魔王さまよりは若いです」 「ハハ、そうなんだ」 「……見てみたかったんですか? 自分が拾われた場所を、自分を拾った者を」 「うんまぁちょっとはね。でも俺が魔王城を目指すのは別な理由」  ニッと悪びれず笑うカインにカボチャは顔をしかめて、けれどすぐに笑った。 「本当におかしな奴だな君は」  そんなに勇者になりたいですかねとカボチャが言うと、カインは「いやもう勇者だし!」と言い返す。  すると今度はカボチャがそもそも勇者というのはですね~と語りだし、カインはハイハイ分かってますよー。と言うので、本当に分かってるのかとカボチャが先程予習に使っていた児童書を取り出した。 「君は本当はこれをよく読んでいないだろ!」 「わっ、どっから取り出したんだよ! てかなんで持ってんの!?」 「いいから読みなさい! と言うかもう僕が読みますから君は黙ってしっかり聞いてなさい!」 「ええー」と抗議するもカボチャは本気で、その本を読み出した。  

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