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完結記念:惚れ薬とシュケルとカボチャ(下)

 カインの惚れ薬騒動から数日後、シュケルが部屋で報告書を片手に寛いでいると部屋の扉がノックも無しに開いた。  誰かを察して「フフフ」といつもの微笑(びしょう)を浮かべる。 「不躾ですね。まぁ貴方には珍しくもないことですが」  そう言って手元の報告書に目を通す。 「この間の件ですがやはり以前禁止した違法薬物が混入されていましたよ。直ぐに摘発を……どうかしましたか?」  様子がおかしい。  気付いたシュケルは顔を上げて扉を見遣る。するとそこには大人姿のカボチャが壁に寄りかかるようにぐったりとしていた。  異変に気付き傍まで行くと、シュケルは扉を静かに閉めてカボチャの腰を支える。 「何があったんです?」  胸を上下させ心臓の辺りを押さえる姿は相当苦しそうだ。  寝台へと(あゆみ)を進めながら「やはりこの姿だと重いですね」とからかうが、カボチャはキッとひと睨みするだけだ。  声を上げてやかましく怒鳴らないなど、いよいよおかしい。これはただ事ではない。 「くそったれ……っ大人姿でないと薬の回りが早いから」  吐き捨てるように呟くと、倒れるようにカボチャは寝台へ身を預ける。 「今水を」  取りに行こうと立ち上がったシュケルの襟首をカボチャが鷲掴み粗っぽく引き寄せた。 「その前に治せ、早く」  その瞳は〝なんの為に貴様の所へ来たと思っている〟と訴えている。  シュケルは無言でカボチャの両頬に手を添え顔色を窺った。少し距離をとって容態を確認すると、いつものように微笑する。 「何処で摂取してしまったんです?」  すると勢い良くカボチャがシュケルの首へ腕を伸ばす。そのまま唇が触れる寸前で、シュケルはやはり微笑しカボチャの口を手で塞ぐ。 「あとで散々怒るでしょう。とは言え据え膳食わぬはともいいますし」 「どうでもいいから、なんとかしろ!」 「はいはい」  そしてそのまま熱を測るように額と額をくっつけた。  ◇◇◇ 「――っデコぶつけただけなのに、なんっで裸なんだ!」  翌朝、窓から陽の光が丁度射し込んだ頃。寝台の上で自身の姿を確認し、その長い黒髪を振り乱した男は太い眉を寄せ真っ赤な瞳を苛立たせる。  本当に全く記憶にないとわなわな震え、そして水の入ったティーカップを差し出してくる男を睨んだ。   「まさかお前! あの後なし崩し的に!?」    真っ白なシルクのシーツを鷲掴み、胸のあたりまで持ち上げ腕を震わすのは、殴りそうな怒りを我慢しているからだ。 「さてどうでしょう。とりあえず水を飲んでください。身体に回った薬物を排出するには必要ですよ」 「この倦怠感はなんだ!?」 「薬物のせいでしょう。そのわりには元気そうですが」 「なっとぼけ! おま、だって城で一番治癒術に長けているから嫌でもお前のとこに! っ触れなくても出来る癖に! 僕の記憶ではお前におでこぶつけられたくらいしか! はっまさか記憶操作!? そこまでするか!?」  顔を真っ青にさせながら、ことの真相を確かめない限り水なんか飲むかと頑なに拒否する。 「カボチャ、替えの服を貴方の部屋に取りに行きますのでとりあえず水を受け取ってくれませんか?」 「はぁ!? お前が僕の部屋に!? 冗談じゃない!」 「では私の服を貸しましょう」 「それこそ冗談じゃない!」 「そうですか。では水をどうぞ」  カボチャは粗っぽくティーカップを受け取った。 「……シュケル」  水を飲みながら目だけは離さない。  いつものように穏やかな、けれどどこか含みのある微笑を浮かべた男を警戒した。 「私は求められた事をしたまでですよ」 「だからって正気じゃない僕に何してくれて、お前に罪悪感とかそういうもんはないのか!?」 「正気であれば問題なかったと。純粋ですね」 「なんでそうなる!」と叫ぼうとしてある事に気付き思わずカボチャの動きが止まった。  カッとなっていて気付きもしなかったが気のせいかも知れないがいや気のせいであって欲しいが、カボチャはあらぬところに妙な違和感を感じ、自然と目が据わった。 「……殺す。もう殺す。今すぐ殺す」 「フフフ、冗談はこれくらいにしましょう」 「冗談なのか!?」 「冗談だったのか、やってないのか、いや本当に?」と自問自答するカボチャをよそにシュケルはその場の椅子に腰掛け「何処で摂取してしまったんです?」と、昨日の問いを再度投げかける。 「あの惚れ薬と言う名の違法薬物。あれには幻覚や一種の催淫効果、興奮作用といった中毒性があることを知らない筈はないでしょう」  うっと口ごもりあさってを見たカボチャは、溜め息をついたあと話し出した。  ◇◇◇  ことの発端はこうだ。   昨日の夕食後、カボチャは晴れて魔王と両想いになれたカインに捕まっていた。  そして永遠と聞きたくもない惚気話を聞かされていたのだ。やっとの事で解放され城内をふらふら歩いていると 『カボチャ様』  振り返るとそこにいたのは黒い従者の服を身に纏った魔族。最近よくみかけるシュケルの部下だ。 『僕になんの用ですか』 『カボチャ様、具合が優れないのでは?』 『優れないと言うか精神的疲労を余儀なくされたと言うか』 『それでしたらこれを』  彼が取り出したのはエメラルド色の小瓶だ。 『栄養剤です』 『気遣いは無用ですよ』 『飲まないよりはマシかと』  確かにそれもそうだと馬鹿な事に中身を全て飲んでしまったのだ。  それがあの惚れ薬、もとい媚薬だと気付きもせずに……。 「子供姿だったのがまずかった。そのあと直ぐに薬が身体に回り、空いてる部屋に連れ込まれそうになったから、殴り飛ばして逃げて来た。だからまだ壁にめり込んで気絶していると思う……ます」  なるほど、道理で答えづらそうにするわけだとシュケルは内心で頷く。 「私の部下がとんだ無礼を、まさか貴方をそんな目で見ていたとは」 「僕もまさかカイン並に頭の悪い奴がお前の部下にいるなんて思いもしなかった」  そこまで言ってからハッと気付く、基本的にシュケルの部下は白の魔族、カボチャの部下は黒の魔族なのだ。  あの魔族はシュケルの部下にしては珍しく黒髪に赤目の男――つまり 「だから珍しく、黒の魔族がお前の配下に……?」  何かある。何かがあるからシュケルが監視していた。その何かがなんなのかは分からないが。   「彼の処遇については私に任せて貰っても?」 「いやいい未遂だったんだ。僕も自分よりずっと弱い相手を壁にめり込ませたし、いくらなんでも流石にやり過ぎました」  カボチャはティーカップをサイドテーブルに置き、バツが悪そうな顔で誤魔化すように長い黒髪をかきあげる。 「そうはいきませんね」 「え?」 「少なくとも出所(でどころ)を洗えと命じた違法薬物を密かに悪用したのです。見過ごす訳には参りませんよ」 「た、確かに」 「彼はきちんと裁かれるべきでしょう」 「はい」 「そのような者に城でうろうろされては示しがつきませんしね。また同様の被害があってからでは遅いですし」 「ご、ごもっともで」  いつものように穏やかに瞼を閉じた瞳、変わらぬ微笑をたたえ、変わらぬ穏やかな物腰と口調。  けれど不穏。そう思えるのはおそらく間違いではない。 「……法に則ってだよな?」 「えぇ、もちろん」  シュケルはやはりいつもの調子で「フフフ」と微笑する。 (大丈夫だろうかあの魔族……って、何故僕が心配しなくちゃならないんだ)  カボチャは(かぶり)を振って、もう一つ気になる事を尋ねた。 「あの~それで壁なんですが」  そう、めり込んだということは壁が凹んだ、壊れたということで。 「壁ですか?」 「……」 「それが何か?」 「え? 怒らないのか?」  てっきり怒られると思っていたのだが、シュケルはなんの事かという顔をしている。 「怒るも何もないでしょう。事情が事情です」 「あ、そう」 「あとで魔王さまに直して貰いましょう」 「そんなの恐れ多いですよ!!」 「どのみち報告しますし」 「た、確かに」  微笑むシュケルに、なんとなく悔しさを覚えてカボチャは目尻をつり上げた。 「ところで……いつまで僕を素っ裸のままにするつもりだ」  先程服を持ってくると言われたので仕方なく水の入ったティーカップを受け取ったのだが、一向にその気配がない。 「それでしたら始めから貴方の横に」 「何言って……あ」  ふと自身がいる寝台の上へ視線を落とすと、確かに綺麗に畳まれた黒とオレンジ色の上下が揃えてあった。  つまり、初めからシュケルの手の上で踊らされていたのだ。 「っ~~!」  まるでゆでダコのようにカボチャの顔が怒りで真っ赤に変わる。荒々しく服に腕を通しその間も始終シュケルを睨んだ。 「ハッまさかシュケル、貴様僕の部屋に入ったのか!?」 「貴方が着ていた服は洗濯に出しました。私の部屋着を代わりに用意しても良かったのですが、そうすると貴方はもっと怒るでしょう」  口元に指を添えて「フフフ」と笑うその仕草に腹が立ちながらも言っている事は何一つ間違っていない、カボチャは悔しそうに顔を歪め着替えを終え、立ち上がる。 「っ!」  すると腰の辺りに嫌な衝撃を覚え、忘れていたのにと奥歯を噛み締めた。 「…………」 「カボチャどうしました? 固まって」  うつむいたまま黙って、ゆっくりと寝台へ座り直す。 「僕はもう少しここで休んでから行く。だからお前はさっさと行け。忙しいだろ。そろそろ騒ぎになってもおかしくない」 「はぁ」 「今、物凄くお前の顔を見たくない」  シュケルはくすりと微笑する。  大概の事はなんだって察しがついている男なのだ。特に何を言うでもなくそのまま部屋から出ていった。  すかさずカボチャは身を翻し寝具をひっぺがす。 『私は求められた事をしたまでですよ』  隅々まで確認したがそれらしい形跡は残っていない。 「いや待てアイツ綺麗好きだし、直ぐ片付けて当たり前か……そもそもどうしてこんな痛いんだ? アイツ下手じゃないはず。というかシュケルが部下の異変に気付かないなんてあるのか? 何かあると分かっていてなぜ今回の仕事を任せた? どこからが嘘だ?」  (かぶり)を振った。 「うぅどっちなんだ。やったのかやってないのか。意味深な言い方しやがって~僕は何を求めたってんだ」 (あぁもう、やめだやめ! 考えたくもない!)  ◇◇◇  カボチャが一人自問自答している中、部屋の外では全てを察しているシュケルがやはり微笑していた。  そのまま今頃壁にめり込んでいるであろう部下の元へと歩き出す。  昨日、シュケルはカボチャの容態を確かめ回復術を施した。治癒術にしなかったのは命を多少削るものという考えがあるからだ。勿論否定派もいるがシュケルはその逆だった。必要がなければ回復術を優先する。  触れた方が効きが良いのでからかう意味も込め幼子(おさなご)の熱を計るように(ひたい)を合わせた。  もちろんカボチャは不服そうに膨れたが、気力がなかったらしく術をかけ終わると、そのまま自身の部屋へ帰るため覚束ない足取りで寝台から降り、立ち上がる。 『送っていきましょう』  そう声をかけ、身体を支えた。  シュケルの部屋は魔王の隣にあるが、カボチャの部屋はそこから少し遠い。  たとえそうでなくとも始めからこの部屋で休ませるか、部屋へ送っていくつもりでいたのだが……。 『触るなっ!』  カボチャがその手を振り払う。勢いのまま傍にあった椅子にぶつかり、バランスをとろうと伸ばした手がテーブルにあったティーポットを倒す。  更には椅子の角へ尻餅をついて床へ倒れ込んだ。 『っ~!』  頭から被ってしまったハーブティー。  既に冷めていたので火傷の心配はないが、服はそうはいかない。 『カボチャ』  シュケルがタオルを片手に傍へ寄ると 『……気持ち悪い』 『水も滴る良い男になってますよ。お茶ですが』  ゆっくりと起き上がったカボチャがシュケルに向かって両手を広げる。全てが面倒だと言う顔で。 『脱がせろ』 『はい?』   『いいから早く』とせがむその姿に、はいはいとシュケルは上を脱がせ、タオルで身体を拭いてやった。  だがカボチャはまだ不満気だ。 『下も』   『仕方ないですね』と、言われた通りにしてやる。  そんな事もありカボチャは自ら全裸になったのだ。  そして何故か服を要求するでもなく、先ほどいた寝台へと潜り込む。  これには流石のシュケルも訝しんだ。 『……シュケル、僕から今夜の記憶の一部を消してください』 『何か理由でも?』 『表向きは先程の失態が許せないからです』 『実際は?』 『……』  何も言わなくなったカボチャの気持ちを察し、術をかけるため手を翳す。 『くっそ……まだ気持ち悪い』  吐き捨てるように呟く言葉に耳を傾ける。 『あのヤロウ……最後までする前にぶん殴ったけど、いっそトドメ刺しときゃ良かった』  その言葉で彼が望んだ記憶の一部を抹消し、一部を多少改変したのだった。  ――(くだん)の部屋へ赴いていると、何やら辺りが騒がしくなり、白いローブを身に纏った部下の一人が報告に来た。  シュケルは想定通りの内容に頷き、部下に例の(けん)の調査を進め、カボチャの部下へは本日彼は不在である事を他の者にも伝えるよう命じる。  その後、例の部屋の前まで行くと、既に誰かに開け放たれた扉から中へと入る。  そこには部屋の壁際に立つ魔王がいた。 「シュケルか」 「フフフ、既にいらしておいででしたか」 「あぁ、塔が離れているとは言え、これではな」  魔王が指差す壁は貫通はしていないとはいえ巨大な隕石がぶつかったように凹んでいた。その中央にはヒト型の跡がくっきりと浮かぶ。 「嫌でも異変に気付いた者が伝えに来た」 「これはこれは、殴ったと言っていましたが重力を拳に込めたのでしょうねぇ。よほどの衝撃音や振動がと言いたいところですが、なかったところを考えると一瞬ではなく多少時間をかけて壁に押し付けたのでしょう」 「そのようだ」  魔王が視線を落とした先には見覚えのある部下が伸びている。 「これはお前の部下だな。最近よく見かけるとは思っていたが……」 「ほんの数ヵ月前、私の下に異動して来た者です。何やら不審な動きがあったため泳がせて様子を見ておりました」 「そうか。ところでこれをやったのはカボチャだな?」  シュケルは答える代わりに微笑する。 「先日のカイン(赤子)の件とも関係があるかと」 「もう赤子ではないがな」  魔王はやれやれと眉尻を擦る。そしてシュケルを見詰めた。  シュケルはシュケルでいつものように穏やかな、けれど何処か胡散臭い笑みをたたえている。 「とりあえず壁は余が元に戻すとして」 「あとはお任せください」 「あぁ、任せた」  そして、シュケルは床に倒れている男を部下に運ばせた。    ◇◇◇    ――男が目覚めたのは独房の中だった。  目覚めた男に気付いた看守らしき黒の魔族が、男を外へと連れ出す。  後ろ手に縛られ連れて行かれた先は、取り調べを行う小部屋だ。  石造りの壁に殺風景な室内、縦長の窓からは日射しと爽やかな朝の風が入り込む。狭苦しい部屋の中央には簡素な机と椅子があった。  座っていたのはこの城では知らぬ者はいない魔王の腹心。  そこへ何処からか転がって来た水晶が、ゴムボールのようにしなやかに跳び跳ねたかと思うと机の上へと着地した。  (あるじ)の前まで転がると瞳が><と愛嬌たっぷりにニコニコと表情を変える。  魔王の腹心は「何処へ行っていたのですか。探したんですよ」とあろうことかいつもの胡散臭い微笑とは違い、ほほえんでいた。  初めて見たその表情に男は逆に恐怖を覚える。  どうしてか、椅子へ向かう足が震えるのだ。  男がどうにか椅子へ座ると連れて来た黒の魔族に身体を椅子に固定される。石で出来たそれは石造りの床と一緒くたになっており、逃げる事は叶わない。  急に手足からどっと汗が吹き出る。  椅子は固く冷たく、まるで氷山の一角にでも座らされているような気分だった。  魔王の腹心はいつもの表情で男を静かに見つめている。その手には先程の水晶が。  だが今は、愛嬌たっぷりの笑顔はなく本当にただのガラス玉と化していた。 「さて、申し開きはありますか?」  静かで穏やかな、けれど何処か含みのある響き。  男は何も言わずに黙った。 「それでは私から」  魔王の腹心は男に見せるように水晶の向きを変える。  まるで水晶に正面があるかのように。  しかし、実際のところ球体のそれに正面などある筈はない。  その球体に何かが徐々に映し出された。  流れるように映し出される映像。それに思わず言葉を詰まらせる。 「さて、まずはどうして私が出所(でどころ)を洗えと命じた物をわざわざ悪用したのか、教えていただけますか?」 「あれは悪用などしておりません」  男の背中に嫌な汗が流れた。 「そうでしょうね。貴方が彼に使用したのは〝原液〟の方でしたから」  男の眉が一瞬だけ、ぴくりと痙攣する。   「貴方は確かにあの薬物の成分と出所を洗った。いえ、調べる以前からその全てを知っておきながら、素知らぬ振りをして私に報告書を提出したのでしょう。私が想定していた成分とは違う物を記載して」    やはりこの男は、魔王の腹心は全て分かっている。分かっていてわざと尋ねているのだ。  本人の口から直接言わせようとしている。  目の前の血色の悪い顔が、いつになく不気味に思えるのは何故なのか。  そうだ、もう何もかもバレている。逃れられないのだ。  ならばせめて刑を軽く出来ればと、男はそう思った。 「カインへ売り付けたのも貴方ですね?」 「……そうです。私です。彼が悩んでいたので助けになればと思い」 「わざわざ薬売りに扮装してまで近付いたのですか? 何故?」 「それは、一応違法だとは自覚があったので」 「そうですか。わざわざ違法である薬物を人様へ勧めるとは、なんてお優しいのでしょう」  穏やかな微笑と穏やかな声色。それがこんなにも恐ろしく感じるものなのか。 「素晴らしい度胸ですね。私は貴方が何処から来てどうしてここで働くようになったのか、その目的も思惑も全て把握した上で尋ねていると言うのに……フフフ、称賛に値しますよ」 「っ……そもそも国でこの薬を取り締まらなければこんな事には!」  そうだ。そうなのだ。  少し前までは珍しくもなくその界隈では当たり前のように重宝されていた物なのだ。  (かね)のある魔族や人間の貴族らにも密かに売れていた。  それを国がいきなり中毒性のある薬物だからと取り締まったせいで飯の種を失った。だが今もなお需要はある。  だから裏で流通経路を確保し売り捌いていた。  逆に国が取り締まってくれたお陰で薬の価値は上がり、高く売れる。  だが、それでもやりづらいことに他ならない。ならばこれを適法にしてしまえばいい。  城へ潜り込み少しずつ広めるのだ。普通の薬であると偽って薬の中毒者を増やす。  薬がなければ生活出来ない。そうなれば、誰もがこの薬の存在を認めざるを得ないだろう。  その為には、上に居る者を少しでも多く懐へ入れねば。  そう仲間達と計画しコネを使って潜り込んだ。  城の低層魔族は実に容易かった。それに味をしめ、次にこの腹心を狙って近付いたのが失敗だったと今では悔やまれる。  まるで隙がなかったのだ。だから狙いを魔王へと変えた。  魔王に恋慕しているあの頭の悪そうな人間なら容易く騙せる。  思惑通りあの人間は簡単に騙された。そして上手いこと魔王が飲んで薬の中毒者に出来ればと 「期待したと言うのに……ッ!」    堰を切ったように話し出す元部下を、魔王の腹心は変わらずいつもの微笑をたたえ、水晶をまるで猫か何かのように撫でながら、穏やかに男の話に耳を傾けている。 「だから私はっ!」 「今度は〝彼〟に矛先を向けたと?」 「それは違う!」 「何がです?」 「それは……ただ魔が差したのです」  男は元よりカボチャに気があったのだと弱々しく語る。  初めはただただ短気で乱暴な上司だと思っていたが、そうではない事に気付きおまけに本来の姿に惚れてしまったのだと。  だが、あの薬の出所を洗うよう言われた時、もはや時間の問題だと悟り、一刻も早く立ち去らなければならなくなった。だからせめて 「せめてここを去る前に……思い出作りと言うことですか」  男の言葉の続きをシュケルが続ける。 「そうだ。な、何が悪い!」  男の言っている事は自己中心的な言い分で全くもって道理が通らない。  後ろに控えていた黒の魔族は顔をしかめ、こんな汚らわしい者が同族かと軽蔑している。  シュケルの手元にいる水晶も、いつの間にかまたあの落書きのような目をつり上げぷんぷんと怒っていた。 「彼の本来の姿と言えば、まだ十代ほどの愛らしい子供の姿です。どうにもおかしな趣向がおありのようで」 「っ違う!」 「まぁ確かに姿はともかく彼は1000年以上生きている魔族ですから、立派な大人でしょう」 「そ、そうだろう」 「それとこれとは話が別ですが」 「……」  男はシュケルから目を逸らし項垂れた。 「一つ教えて差し上げましょう。随分前になりますが、西方にある人間の国では、とある薬が市民だけではなく皇族や貴族の間で特に流行ったのです。勿論国はまともに機能しなくなりました。これでは国が崩れてしまうと法でその薬を禁止したのですよ。今で言う麻薬です」  シュケルは立ち上がり窓際に向かう。翼を休めていた小鳥達が青空へと飛び立った。 「貴方が売り捌いていたあの惚れ薬は、麻薬とは成分が異なるものの、同様の中毒性をもつ成分が混入されており、原液に関しては人を酩酊させ最悪死に至る程の危険性を伴っておりました。だから法で禁止した。実際に製造し売り捌くあなた方が知らぬ筈はないでしょう。その証拠に貴方はあの薬を一度でも摂取した事はない。違いますか?」  男は何も語らなかった。いや何も言い返せない。  それは認めたも同然だった。 「フフフ、それでは貴方の処分ですが……」  男は首をはねられるのを想像し、固く目を瞑った。 「私の間者として、暫く働いて貰います」  そして目を見開く。 「お粗末な計画を立てるわりには、思いのほか組織は根強く深く手広そうであることは分かっているので、せっかくですから貴方には大いに役に立っていただきます。何事も元を断たなければ意味がありませんからね」  また、あの微笑だと男は思った。  何故こうも恐ろしく見えるのか。 「私に……同胞を裏切れと言うのですね」 「そうなりますね」 「嫌だと言ったら?」 「それは無理でしょう」  急に呼吸が苦しくなり、男の意に反して身体が痙攣しだす。 「貴方が私に逆らったり逃げ出したりすれば、その場で残りの生命力を失い干からびてしまいますので」  形の見えぬ恐怖はこれだったのだと呻き声を上げる。 「貴方一人で逝くのは寂しいでしょうから、貴方の家族や友人も一緒に……無辜(むこ)の民もいるようですが、仕方ありませんね。運がなかった」  それを聞いた瞬間、男の顔付きが変わった。  青ざめた顔で、怒りと悲しみと憎しみと絶望が入り混じった瞳をシュケルに向ける。 「そうそう、薬で儲けた収入をこっそり着服されていましたね。組織に知れたらどうなることやら……そういえば、ご家族は貴方が城で立派に働いていると、ご近所さんに話しているとか。自慢の夫で父親だと」 「……逃げ場はないって、言いたいのですか?」 「まさか、私はそれ相応の働きをした者には、きちんと対価を支払うと約束したいだけですよ」  男はごくりと生唾を飲む。 「全てが終わったら無辜の民……ご家族の命は保証すると約束します。そして貴方は組織の摘発に尽力し、名誉ある死を遂げたと」  男はもう、頷くしかなかった。 「フフフ、それでは役に立っていただきましょう。定期的に繋ぎの者を差し向けますので良い報告をお待ちしております」  男の前を通り過ぎ、扉の前で「それと」と振り向く。 「この城の敷居をもう二度と跨がぬ事です。あのお馬鹿な二人にも、二度と近付かぬように……ね」  シュケルが――魔王の腹心が、部屋から出て行くと、ようやく男は苦しみから解放された。  ◇◇◇  ――それから程なくして組織の殆どは摘発され、少なくともこの国にあの薬物が出回ることはなくなった。  カインはいい歳して怪しげな物を買うんじゃないと魔王にこっぴどく怒られ、カボチャはカボチャで元気に今日も騒いでいる。 「シュケル! シュケール!」  ジャック・オー・ランタンの被り物をし、真っ黒なマントと真っ白な手袋だけの魔族が、宙を飛びながらその背を追う。 「シュケルってば聞こえているだろうこのバカやろう!」  その白い衣服を引っ張って無理矢理動きを止めた。 「フフフ、どうかしましたか?」  振り向いたシュケルの微笑は、相変わらず穏やかでどこか胡散臭い。 「お前いつにもまして顔色が悪いぞ! 僕を休ませるよりお前が休んだ方が良かったんじゃないですか?」  カボチャはシュケルのはからいで、あの日から数日休んで復帰したのだ。  だが正直不服だった。何も知らずその日の内に持ち場へ行ったのだが「体調不良で休みでは?」と困惑されるわ。  無理して出勤したのだと勘違いされるわで「帰って休んでください」と皆に追い返された。  もちろん直ぐシュケルに文句を言いに行ったが、珍しく声をかけただけで、魔力で強制的に部屋に戻された。  ぽかんと一体なんだってんだと思ったが、殆ど文句を聞いて貰えないのは初めてだったので、自分がいると何か不都合があるのかと大人しく従ったのだ。 「なんだか知りませんけどね。あれ以来何かと忙しかったのでしょう。もう落ち着いたのですから、今日ぐらい僕に任せて休んだらどうですか?」  心配そうな言葉なのに、掴んだ服は有無を言わせないとばかりにギリギリと握りしめている。  シュケルは少し間を置いてから「ふむ」と考える仕草をする。するとその袖の中から一つの球体が床に転げ落ち、ゴムボールのようにしなやかに跳び跳ねた。 「水晶、貴方もそう思いますか?」  すると愛嬌のある落書き顔でうんうんと頷いている。 「そうですか。考えておきましょう」  だがそう言っておきながら、シュケルは魔王の執務室へと歩きだす。 「おい、シュケル。僕の話を聞いてたか?」 「えぇ、この耳で」 「じゃあなんで部屋へ戻らない」 「私の部屋もこちらなので」 「はぁ!? あーもうお前なんか知らん!」  諦めて服から手を離し、シュケルをシッシッと払いのけてそっぽを向いて見送るカボチャ。 「なんだーカボチャ、駄目だったのか?」  そこへカインも来て何やら話し込んでいたが、シュケルは気にするでもなくその場を後にした。  繊細な飾りが施された(ひん)のある扉を軽くノックし、この部屋の(あるじ)から許しを貰うと、シュケルは中へと足を踏み入れる。  執務室の窓際で外を眺めていた魔王がシュケルを見て眉を顰めた。 「お呼びでしょうか、魔王さま」 「シュケル……」 「はい」 「お前顔色が悪いと誰かに言われなかったか?」  自身の主にまで言われるとは余程体調が優れないらしいと、シュケルはどこか他人事のような感想を抱いた。 「お前の水晶も心配そうにしているじゃないか」  確かにシュケルの周りを悲しげな表情でコロコロと転がっている。 「肝に銘じます」  魔王はやれやれと俯いて顔を上げる。 「それでお前に任せていた件だが――」  惚れ薬についての一連の報告をシュケルは全てそのまま魔王へと伝えた。  魔王は「ご苦労だった」と一言労いの言葉をかけ、だが安心は出来ないと慎重な言葉を述べる。 「そういう輩は少しすればまた法の隙を突いて浮上するからな。全く困ったものだ。それにまんまと引っかかるカインもだ」 「フフフ、その通りです」 「それとお前だ」 「はい?」 「少し休め」 「ご冗談を」 「余がこんな冗談を言うと思うか? (みな)心配しているぞ。余がお前を酷使していると思われてもかなわん。いいから休め、カボチャはあれでいて役に立つ」  シュケルは少し考えるように黙っていたが「それではお言葉に甘えて」と、魔王の前から下がろうとした。 「ところでシュケル」  シュケルは顔を上げる。 「何処からがお前の思惑通りなんだ?」  シュケルは何もこたえず、ただ穏やかにほほえんでその場を後にした。  ◇◇◇  そのあと部屋に戻ったシュケルは待ち構えていたカインとカボチャに「シュケル確保ー!」と両側から羽交い締めにされ、そのまま風呂に突っ込まれた。  更には二人も入って来てワシャワシャと雑に身体を洗われ、あれよあれよという間に夜着に着替えさせられ寝台に投げ込まれる。まだ昼間だというのに。  そして何故かカインも布団の中へ入って来て、まるで重石(おもし)のようにガッシリとシュケルをホールドした。 「よしカイン! そのままシュケルを見張ってろ! 僕は持ち場へ戻る!」 「任せとけ!」  なんとも慌ただしくカボチャは部屋を出ていって、こんな状況でもシュケルは相変わらず穏やかに「フフフ」と笑う。 「二人で何を話していたかと思えば」 「あー聞こえない。シュケルの言葉は聞くな踊らされるぞってカボチャから言われてるからな」  言葉も何もシュケルならこの場をどうとでも抜け出せるのだが。 「素直に休んどけよ。お前が倒れたら皆心配するからさ」  そう言ってカインがニッと笑う。  この歳になっても相変わらず太陽のような、それでいて悪戯っ子のような笑顔で。 「大きくなっても、やることは変わりませんね」 「あ、それ魔王にも言われた」 「重くなりましたね」 「それはしょうがないだろ背も伸びたし」 「フフフ、良い意味で、ですよ」 「ええ?」 「……案外、全てが思惑通りとは、いかないものです」  そう呟いた言葉が優しく響きカインは「シュケル?」と顔を覗き込む。そこには寝息を立てている穏やかな顔が。  ――翌朝、目覚めると寝台にはカインと、寝相なのか寝ながら移動している水晶と、膝の上で寝ている子供姿のカボチャが。 「本当に……想定外ですよ」  シュケルは珍しく苦笑した。 【惚れ薬とシュケルとカボチャ】おわり。  ◇おまけ◇ 「ところでさ、俺ずーっと気になってたんだけど、シュケルとカボチャって……どういう関係なんだ?」 「はぁ!? どうもこうも」 「フフフ、少なくとも私に身を任せるのは構わないようですよ」 「……殺す。もう殺す。今すぐ殺す」  おわり。  

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