27 / 30

完結記念:惚れ薬と魔王とカイン(上)

 その日、カインはドキドキしながら飴色の液体の入った赤色の小瓶の蓋を開けた。  どこか艶やかなその液体は、魅惑的な香りを放っている。 (――これで、本当に)  悪いことをしている後ろめたさ、けれどそれと同時にこれでようやく念願が叶うならと期待する気持ちがせめぎ合う。 (魔王と両想いになれるなら……!)  カインはワイングラスに、その液体を数滴垂らした。 ◇◇◇  カインの二度目の告白が魔王にようやく受け入れられて、およそ二ヶ月後。初秋の涼しさを感じる頃だった。  なんだかんだで特にこれといった進展もなく、さすがのカインも気付いた。  確かに魔王セオドアは『降参だ』と言ったが、十年前にカインに言った言葉を思い返すと『十年後、余への気持ちが変わらぬのであれば、その時考えてやろう』と言っていたのだ。  つまり「降参だ」=「考えてやる」ということで、結局二人の関係は以前と何一つ変わらないのである。  いや、考えて貰う余地もなく「断る」とにべもなくフラれていた時よりかはマシなので進展が全くないとは言えないが、それでもカインが求めているのは〝恋人〟としての関係なのだ。   「――それで、お前はこれに何を混ぜたんだ?」  魔王の執務室のソファーにカインは浅く腰掛け、きちんと膝を閉じ、その膝にこれまたきちんと拳をのせ、居心地の悪さを覚えながら座っていた。 「カイン、どうした。答えられないようなものを混ぜたのか?」  ギクリと肩を震わせ、カインはおそるおそる俯いていた顔を上げる。 「だって……」 (だってこうでもしないと、俺ずっと片想いのままじゃねーかッ)  ――すっかり夕餉も過ぎ、空が暗くなった頃。  魔王はようやくその日の仕事を終えて、一息つこうとしていた。  そこへカインはグラスとワインを持って現れたのだ。 「お疲れさま」といつものように笑顔で声をかけて……だがそれは、魔王から見ればあまりに不自然であった。  何しろカインは普段酒など飲まないし、酒を誰かにすすめることもない。  それにも拘わらず、急にワインとグラスを片手にあからさまにどこか胸を高鳴らせた様子で声をかけてくるのだ。誰だって訝しむ。  しかしカインはその不自然さに全く気付かず、テーブルの上にそれらを並べると、厨房から余ったワインを貰ったのだとそれらしいことを言って、グラスにワインを注いだ。  その時すでにグラスにはあの小瓶に入っていた液体が目立たぬ程度に数滴入っていた。  そして卓上から離れて応接のソファーに腰を掛けた魔王の前に、ワイングラスを置く。 「先にどうぞ」と言って。  まさか魔王が既に勘づいており、そのうえで仕方なくワインを口にしたなど微塵も思わなかった。  なので一口飲んだ魔王の言葉に心底驚いたのである。   『――それで、お前はこれに何を混ぜたんだ?』 (……まさか、一口目でバレるなんて。予想外すぎるんだけど!) 「言わないつもりか?」  カインは俯いたままズボンをぎゅっと握りしめた。  思い出すのは昨日の城下街でのこと。 「その……ほ、惚れ薬をちょっとだけ」 『――お兄さん、どうも元気がないですね。何かお手伝いできることは?』  そう言われてつい悩みを打ち明けて、勧められた商品を買ってしまったのだ。   「()()()?」 「だって……魔王、ぜんぜん俺のこと見てくれねーから」 「どこで手に入れた?」 「昨日。城下に降りた時……声かけられて」 「その歳で物事の良し悪しの区別もつかんのか?」 「それは……」     後ろめたさから再度俯き、けれど反応が気になって上目で魔王の様子を窺った。  魔王はといえば特に顔色を変えるでもなく。 「そんなもの、余には効かないぞ」  と一言。  カインはあからさまにぶすっと不機嫌な顔をした。   「えーなんだよ。魔王だからってなんでもありすぎだろ。これ即効性高いって薬売りの人が言ってたのに」  ()()()その言葉に魔王が一瞬、眉を寄せる。 「効かなくて当然だ。そんなもの必要ないからな。さっさと捨ててしまえ。シュケル」  魔王の傍で様子を見守っていたシュケルへ声をかける。  するとシュケルはカインの前へ(てのひら)を差し出した。 「それを」 「ちぇ」と呟いて、カインはシュケルへ惚れ薬――あの小瓶を渡す。  そのままぶつくさ文句を言いながらカインが部屋から出ていくのを確認すると、魔王は深いため息をこぼした。 「悪いなシュケル。処分しておいてくれ」 「かしこまりました」  頷いたあと、シュケルはいつものようにフフフと笑う。 「なんだ?」  何もかもお見通しとばかりのシュケルの反応に、魔王は照れ隠しで居心地悪そうにシュケルを睨んだ。 「中々伝わらないものですね」 「うるさい」  煙たがられたシュケルはまたいつものように微笑し、部屋の外へ出た。  廊下へ出ると一人の部下がシュケルを待っていた。 「シュケル様、何かありましたか? 先程カイン殿が妙に落ち込んで出てきましたが……」 「早急にこの薬品の成分と出所(でどころ)を洗いなさい」  シュケルは部下の問いには答えず、代わりにカインから受け取った小瓶を手渡した。 ◇◇◇    ――そう、ちょっと魔が差しただけなのだ――ちょっとだけ。    昨日、カインは久々に露店をひやかしに城下街をぶらぶらと散歩していた。  八百屋に肉屋に果物屋、武器屋に小物に雑貨屋。  カインのような人間の存在が珍しく。道行く魔族が悉く二度見、三度見するが、周りの者と何やらひそひそ話をすると『あぁ』とぽんっと手を叩いたり『それだ』というように指を差しあったりしている。  城で暮らす人間の話は、城下にまで広まっているのだ。  カインはぐるっと見て回りながら小腹が空いて、パイ屋で肉のパイを買い、店の横にあるテーブルと椅子に腰掛け食べていた。  すると、黒いローブを身に纏った魔族が、おもむろに相席したのだ。  顔もローブで隠れていてはっきりとは分からないが、赤い瞳を見る限り黒の魔族だろう。 (なんか魔王が人間のふりしてる時みたい)  子供だったカインの様子を人間の土地までこっそり見に来ていた時の魔王は、いつも黒いローブを身に纏い顔を隠していた。  その姿を思い出しながら、そういえば最近は見ないなと懐かしく思っていると、相席した男はカインと同じパイを注文し食べ始めた。  片手で食べられるほどのパイは紙に包まれている。 『そのパイ、美味しいよな』  なんとなくカインは普通に話しかけていた。 『これ持って帰れるかなぁ。魔王やカボチャにも持って行きたいけど』    そんなことを呟くカインに、目の前の男はパイを食べきり、親指の腹で唇を拭いながら言った。   『持って帰れますよ』  そう言って店の壁に視線を流す。  その視線を追うと、壁にはメニューと持ち帰り可能の記載があった。 『あ、本当だ!』  気付かなかったとお礼を言って、帰りに買って帰ることにした。 『なぁ、アンタどっから来たの?』 『……と、言うと?』 『だって、見るからに旅の人って感じの服装だし』  ローブは長旅用の物で、革靴にはこびりついた泥。腰には水筒を下げている。どうみてもそう見えた。 『ただの薬売りですよ』 『薬売り?』 『えぇ、例えば』  男はサンプルだと言って、懐から小瓶を三つ取り出した。  ひとつは透明な小瓶、ひとつは茶色の小瓶、もうひとつも透明な小瓶だ。  男は左から順に説明していく。 『これは相手を不機嫌にする薬、こっちは記憶を失う薬、そしてこれは相手と仲良くなれる薬』  どれもこれも聞いたことがない薬ばかりだ。 『このように少し珍しい薬を扱っています』 『へぇ……すごいもん扱ってるんだなぁ。こっちではこういうの使うの普通なの?』 『わりと需要はありますよ』 『不機嫌にしてなんかいいことあんのかな?』 『さぁ』 『相手と仲良くなるってどういうこと?』 『相手の記憶を塗り替えることができます』 『そっか……それは、嫌かなぁ』  魔王ともっと仲良くなれたら今の関係を変えられるかもしれない。そう思ったら少しだけ興味が湧いた。  けれど、記憶を変えてしまうのは何か違う。  そう思うと、少し気持ちが落ち込んだ。   『……お兄さん、どうも元気がないですね。何かお手伝いできることは?』  残念そうに肩を落としたからだろう。男は控えめにそう言った。 『実は……』    店の横は細い道になっており、昼間なのに少し薄暗く、人気(ひとけ)がないからだろう。  それに、どうしてかこの旅人を知っているような気がするのもいけなかった。なんとなく城で見たことがあるような――自然に口が軽くなり、気付けばカインはこの男に悩みを打ち明けていた。  魔王との関係を…… 『それなら良いものがありますよ』  男はおもむろに赤色の小瓶を取り出した。 『これは〝惚れ薬〟です』 『惚れ薬?』 『これを数滴何かに混ぜて飲ませれば、お兄さんの願いは叶うでしょう』 『えぇ……でもそれって』 『今なら定価の半額に』 『買った!』  ――と、こんな感じでちょっと魔が差したのだ。  カインは自室の寝台に身を投げた。 「はぁ……やっぱり薬に頼るなんて良くなかったよなぁ」  〝魔が差した〟からなんだというのか、いつでも考え直して捨ててしまうことは出来たのだ。  そうせず、明らかに怪しい薬を使ってしまったのは自分だ。 「もし俺なら……魔王がそうするんだったら正直嬉しいけど、好きでもない奴にそんなことされたら嫌だしな」  想像してみる。そんな薬を盛られたらどう思うのか。 「うん。ぜってー嫌だ」  カインは寝台からガバリと起き上がる。 「……ちゃんと謝ろう」  ◇◇◇    ――その晩、魔王が寝台へ入ろうとすると布団の中からカインがひょっこり顔を出した。 「やっほい! 驚いた?」  魔王はと言えばすっかり慣れきってしまい、その顔には「だからどうした」と書いてある。  もちろん実際には書かれてはいないのだがまさにそんな顔だ。てっきり以前のように驚いて怒られるとばかり思っていたカインは「あれ?」と首を傾げる。 「歳をとってもお前のやることは変わらんな、まったく」  もっとそっちに寄れとカインを押し退け。 「うっわ、わわわちょっと待てよ寄るから寄るから!」 「馬鹿の一つ覚えもいい加減にしろ」  魔王が身体の向きをカインへ向けた。 「へ!?」  今までそんなことは一度もなかったので、カインは思わず変な声を上げてしまう。  するとそんな間抜け面をしたカインの頬を魔王が指で軽く引っ張る。 「にゃにすんやよ~」 「まったく、しようのない奴だな」 「にゃんでおどろかへんだよ~」 「今更驚くわけないだろう。以前ここでお前が暮らしていた際に、何度夜這いをしかけられては追い出したことか……まさか忘れたとはいわせんぞ」  確かにカインは毎晩のように部屋に侵入し、魔王に迫っていた。 (全部夜這いしようとしたわけじゃねーし! 一緒に寝たかっただけだし!)   「ひとぎきわるひ~」  カインが全部未遂だろとむくれる。  すると魔王はぱっと指を離して今度はその手でカインを抱き寄せ、片腕をカインの首の下へと差し入れた。 「……え?」  ようは腕枕をされたのだが、信じられないとばかりに真っ青な瞳を揺らして魔王を見つめる。  その顔は目と鼻の先だ。魔王の赤い瞳がカインをその瞳に映している。 「わからん奴だな……きちんとお前の気持ちに責任をとると言っただろう」 「はい?」  カインは少し考えて…… 「え、ぜんっっっぜん言われてないんだけど!?」 「言っただろう()()だと」 「……いや、いやいやいや、わっかんねーよ! だってあれ」 「まぁとにかくだ。あんな物、もう必要ない。使ったところで意味がないと言う事が何故わからんのだろうな」 「え、何? 何が??」  目を白黒とさせるカインに魔王はふっと微笑む。 「効き目がなくて当然だ。心は既にお前にあるのだから」  一拍おいて、ようやく理解したカインの顔がみるみると真っ赤に染まる。 「な、え、そん、は? うそ、だえええええええええ?!?」  キーンと耳に響き、魔王は思わず耳を塞ぐ。 「静かにしないか。何時だと思ってる」 「だ、だってさ、だってさ……これ現実?? 俺実は寝てた?」  顔を真っ赤にし、信じられないとどぎまぎする。   「安心しろ現実だ。お前は起きてる」  カインは自身の頬をつねり、痛みを確かめながら再度魔王に確認する。 「じゃあじゃあ、俺のこと好き!? 恋人になってくれんのか!?」 「もうそのつもりでいたが?」 「……ま…………じか」  まだ信じられないのか。カインは自身の頬をつねったまま呆然とする。  それと同時に急に落ち込んだようにしゅんとおとなしくなった。 「どうした?」  カインは魔王を一瞥し、すぐに視線を逸らす。 「……その、なんか……本当にごめん。俺、あのあと考えたんだけど、やっぱり薬を使うのは卑怯だし、変なもんだったら魔王が危なかったよなって」 「反省してるんだな」 「してる。あと……全然信じてなくてごめん」  魔王はふっと微笑するとカインの頭に手をぽんっと置いた。 「気にするな。余の言動も悪かった」  カインは魔王を見上げるとホッとした顔をしたあと、すぐにむっとした顔をした。 「そうだぜ! 俺も悪かったけど、二ヶ月間マジでホンットなんっっにもなしだぜ! 俺はもっと一緒にいたかったのに!」 「まぁ単純に忙しかったからな」  まさにその薬の件で何かと気苦労があったのだが、あえてそこには触れない。 「それはそうだろうけど……! とにかく恋人なんだな!? 言質(げんち)とったからな! もう遠慮しないからな!」 「遠慮された記憶がないんだが」 「とにかく! これからは俺はたくさん抱き締めてもらうし毎日一緒に寝るし! 寝る前のキスは必須だし! 出掛ける時は手も繋ぐ!」 「そんなことでいいのか?」 「んなわけないだろ! もっといっぱいやりたいことあるんだよ。セオドアと一緒に!」  カインは魔王の首に抱きつく。 「とりあえず、次の休みは絶対に城下街デートな!」  頬を染め、とびっきりの笑顔を見せた。 【惚れ薬と魔王とカイン】おわり。  

ともだちにシェアしよう!