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◇少年の恋が実る夏の日に、リアンの花びらが舞い踊る(下)【完】
◇◇◇
翌朝――彼女は一晩泊めて貰った恩義を朝食や掃除、庭鳥小屋にヤギの世話をして返した。
「もう行っちゃうんだな」
昨日、荷馬車から降りた別れ道で、カインは寂しそうに彼女を見つめた。
「えぇ、早くみんなにカインのことを伝えたいもの」
帰りの彼女の荷物も、カインやシスターからのお土産でいっぱいだ。
するとちょうどよく乗り合いの幌馬車が通りかかった。
ありがたいことにまだ誰も乗っていない。
カインが手を上げて馬車を止めると、彼女は乗り込んだ。
「それじゃあ」と言って手を振りかけたカインの右手を、窓から乗り出した彼女はしっかりと握る。
手の平に感じる覚えのある感触にカインの真っ青な瞳が見開かれる。
「カイン、預かっていた物を返すわ」
手の平にはカインが以前魔王に返した、黒水晶のような魔晶石の首飾り。
紐を通しただけの、五年前と変わぬ姿でそこにあった。
彼女が城を出る前に思い出し、何度も忘れていないか確認したカインにとって大切な物だ。
「これって……魔王に、なんで」
さすがに処分しろと言われたことは言えない。
「貴方に絶対必要だと思って持って来た」
カインは息をのむ。
「戻って来るつもりで、預かってって寄越したんでしょ」
口から出たのはただの当てずっぽうだ。
「十年後、どんなかたちであれ、貴方が必ず戻って来るって……みんな信じて待ってるの」
幌馬車がゆっくりと動き出す。
彼女の手からカインの手が離れた。
石を見つめていたカインが握り締めて大声で叫ぶ。
「俺、必ず、必ず戻るから……! 五年後、また勇者になって、今度は絶対魔王を振り向かせてみせるから!」
彼女は出入口まで駆けると、左足を踏み台にかけ、左手で馬車に掴まり半身を乗り出して、右手を大きく振った。
「たった五年よ! 待ってるわ! みんなで……魔王さまも……!」
カインの姿がすっかり見えなくなってから、ようやく彼女は馬車の椅子に座った。
清々しい高原の風が穏やかに彼女の髪をすり抜けていく。
「……ふん、なーにが勇者になって~ですか、どうせまた自称勇者の勇者ごっこにこっちが付き合わされるだけなのが目に見えるわボケ」
ふいにロバを走らせる御者がそんなことをボヤいた。
彼女は一番前の席まで行くと、御者の顔を覗き込む。
「わぁ本当に〝カボチャ様〟が来た」
そこには、見事なまでに田舎の御者に扮した大人姿のカボチャが、手綱を握って座っていた。
「わぁ本当に~じゃない! なんで僕がわざわざ城の使用人風情を迎えに来なきゃならないんですか!」
生成りのシャツに、サスペンダーでつったズボン。
長い黒髪を珍しく右肩の辺りに一纏めにし、草臥れたキャスケット帽を目深く被る姿は、意外にも男くさく似合っている。
「確かに、私もどうして魔王さまのもう一人の腹心であるカボチャ様がここにいらしているのかが不思議です。部下の方が、どうせカボチャ様が近くをうろついてるので、帰り際には我慢出来なくなって自ら出て来るって」
「…………誰だ、そんなこと言ったの……シュケルじゃないとしたら……アイツか、アイツだな」
少し童顔さの残る精悍な横顔に、苛立ちから血管が浮いている。
「さては城にいるカボチャ様は幻か何かですか? 替え玉? だから最近大人しかったんですね」
「うっ……ちがい、ますよ」
「またまた~そうやってずっとカインの様子見てたんですか?」
「さすがにずっとは無理っ……あ」
ボロを出したカボチャに剣呑 な眼差しを向けられ、慌てて席につく。
「まったく、僕が使用人の顔を覚えていなかったらどうするつもりだったんですか」
「それはほら、どのみち出て来るのであれば送って貰えそうですし……というか覚えてらしたんですね」
「いちいち煩いですね」
「来てくれて良かったです。もし来てくれなかったらどうしようかと」
その言葉にカボチャの赤い瞳が彼女の顔を盗み見る。
「ふん、よく言う……本当は、自分でどうにか出来たんじゃないのか」
「え?」
「……はぁ、シュケルのやつ、なんで野放しにしてんだよ」
「なにがですか?」
「あぁもう独り言です。さ、一瞬で帰りますよ!」
ロバが浮き上がったと思った瞬間、広がっていた高原はどこかへ消え、見慣れた城の庭が広がった。
そして空にはたくさんの紙飛行機が――
「なんだ……これ」と、空を見上げたカボチャが呆然と呟く。
あちこちに落ちた紙飛行機を拾い集めて広げれば、一枚一枚に綴られた文字が繋がっていく――
〝五年後の夏、必ず振り向かせに行くから、だから魔王、あの謁見の間で必ず待ってろよ!〟
それから――カインからの紙飛行機はパタリと届かなくなった。
◇◇◇
――そして五年後。
カインは宣言通りやって来た。
十五歳だったあの頃と同じように、家を飛び出して仲間と別れたあの街に行ってバイトして、今度はしっかりと登山道具を買って、雪山を越えて、ニスリ森林の樹の魔獣を蹴散らし、一人で真っ直ぐ、脇目も振らずに城に向かって――
「来るぞ! 来る!」
「カインがこっちに向かっているわ!」
この日ばかりは、城の誰もが手を止めて、水晶の映し出す映像を見に庭に集まった。
「カボチャ様! カボチャ様!」
カボチャの部下が血相を変えて、いや、わくわくとした顔でカボチャを探して城の中を走る。
「カボチャ様、ここにいましたか!」
城の一番高い窓からニスリ森林を食い入るように見つめるカボチャをとうとう見付けた。
「我々はどうします!? やります!? 前みたいにやります!? 手加減しますか全力ですか!? どこで待機します!?」
カボチャのジャック・オー・ランタンの被り物にムカムカとムカつきマークが浮き上がる。
「ええい煩い! いいですか、あのバカのことです。どうせ以前同様庭に出て、あ、いやそれは僕が空間ねじ曲げて庭に繋げたんだったか……あぁもう、とにかくカインは以前のように庭に現れて窓から侵入し、魔王さまの玉座を目指すはずです。ですので!」
「まずは庭の警備を固めて、謁見の間に繋がる廊下に我々も待機ですね!」
「さよう! さぁ行 くぞ、勇 者 退 治 だ全力でかかれ!」
あの時のようにカボチャの力で庭に出たカイン。
今回は待ち伏せていたカボチャの部下である黒の魔族が取り囲む。
さらに庭で映像を見ていた面々はとうとう目の前に現れたカインの姿にワッと声を上げた。
その喚声の中、魔族の繰り出す打撃攻撃を悉くいなして止めて躱してあの大剣で反撃する。
首から下げたあの魔晶石のネックレスがきらりと光った。
「カイン~おかえり~!」
「待ってたぞ~!」
「今夜のディナーは腕によりをかけるから楽しみにしていてくれ~!」
カインは攻撃を躱しながら皆 に笑顔を向けて言った。
「たっだいまー! 晩飯楽しみにしてる!」
中々カインから一本取れないことに痺れを切らした部下が魔力で炎の玉を繰り出そうとした。
「こら、ワシの庭を荒らしたら誰といえど容赦しませんぞ!」
怒った庭師の声に慌てて使用を停止する。
その隙にカインは城壁のそばにある木に向かった。あの時は駆け上がった木を今回は軽々と二足跳び、あっという間に窓から城の中へ侵入してしまう。
魔王の玉座を目指しながら行く手をカボチャの部下たちが阻む。だがあっという間に突っ切られ、とうとう謁見の間の扉の目前まで来た。
「わ~なんだよ全員本気でやれよ~!」
「全力でやってるって!」
「もうこうなったら」
「まさかお前……!」
カインに向かって無数の炎の玉が炸裂する。
「わああバカあああそんなお前こんな狭いところでやったら」
「え?」
カインは大剣をバットのように構えて
「およそ十年ぶりの炸裂ホームラン!」
四方八方に炎の玉が跳ね返った。
「ほらなー!」
「ごめーん!」
騒ぎを聞き付けたカボチャが謁見の扉を荒々しく開ける。
「なにやってんですかお前たっ、グハ!?」
跳ね返った全ての炎のボールがカボチャのジャック・オー・ランタンの顔面にクリーンヒット。
更に間髪容れずにカインの膝がぐわしとヒットする。
鈍い音と共にカボチャがゆっくりと仰向けに倒れ、部下たちもカボチャに怒られることを想像し、青ざめてやられた振りをし、謁見の間にはちょうどシュケルに連れられて玉座に座ろうとする魔王がそこにいた。
カインは動きを止めず、むしろ勢いをつけて振りかぶる。
「セオドアーーーーーーッ!」
勢いよくカインの右手から放たれた飛行物体。
魔王が振り向いて受け止めた。
パシッと乾いた紙の音……その手には見慣れた紙飛行機。
「ほら、振り向かせてやったぜ」
まだ開いていないその紙には「好きです。恋人になってください」と書かれている。
魔王は呆然として「本当に、戻って来たのか」と呟いた。
「もちろん。だってセオドアは神様から俺への贈り物だろ! だからちゃんと受け取らなきゃな!」
暫しの沈黙のあと、魔王から「はっ」と乾いた笑いが漏れる。
「お前には恐れ入るよ。本当――降 参 だ」
ワッと成り行きを見守っていた城の者たちが謁見の間に押し寄せた。
庭で映像を見ながら見守っていた者たちも肩を抱き合って喜び、調理人たちは豪華な晩餐の準備に厨房へと駆け込んだ。
どこからともなく紙吹雪が舞って、良かったねと抱き付かれ皆 に祝われながらカインは彼女の姿を探す。
「ねぇ、彼女は――〝リアン〟は?」
「え、リアン?」
「リアンだよ。赤の魔族の、メイドの」
「さあ、誰だい? 男のような名前の女がいたら、記憶に残りそうなものだが」
「そういえば、リアンって一つ前の魔王さまの名前じゃない?」
「え……?」
◇◇◇
歓喜に沸く城内から離れた、花時計の前で一人佇む赤の魔族。
すると、どこからともなく独特な微笑と共に魔王の腹心が現れた。
「これはこれはリアン様。とうとうア ナ タ も逝かれるのですね」
彼を振り向くエメラルドのように美しい瞳は、満足げに目尻を下げる。
「貴女は魔王さまが即位される際に全ての記憶と魔力を継承し、消滅されたと聞いています」
庭師が植えた黄色いリアンの花びらが風に舞った。
「けれど、貴女が亡くなる前に、この国を守るため各地に飛ばしていた思念体はこうして残ってしまった……それも、アナタで最後です」
夏の陽射しの中、一瞬だけ、春のような風が辺りを包む。
『カインに伝えて、元気でねって』
そして――風に舞った黄色い花びらと共に消えてしまった。
◇◇◇
――後日。
あの騒動もすっかり落ち着いた頃、カインは庭師の手伝いで花時計の前にしゃがんでいた。
「あのさ、リアンってどんな人だったの?」
「そうですな。見た目に反して、心根のしっかりした方で、人との縁や絆をそれはそれは大切にするお方でしたな」
「そっか」
「えぇ」
「そうかも」
「はい」
カインは立ち上がると両腕をめいっぱい広げて伸びをする。
「次、何やればいい?」
青空に負けないほど、晴れやかな笑顔でそう言った。
【少年の恋が実る夏の日に、リアンの花びらが舞い踊る~魔王と勇者の紙ヒコーキ、十年目の結末~】おわり
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