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第1話|号外と、サイズの合わないプライド
「いいかい、セオドア。我々ブッシュウォーブラー家の人間は、常に女神の|静謐《せいひつ》を体現しなければならない。八重歯を見せて笑うなど、もってのほかだ。それは教会の、ひいては女神への不敬、つまりは我が一族の恥だと心得なさい」
朝の冷たい空気の中で、俺は鏡の中の自分に向かって、父の厳格な声を反芻する。その言葉は呪文のように俺の表情を縛り、心の自由を奪っていく。
16歳の春。それは本来、新しい友人や未知の魔法に胸を躍らせる季節のはずだった。
けれど、俺、セオドア・ブッシュウォーブラーに課せられたのは、「新入生」という初々しい身分とはあまりに不釣り合いな、巨大な重責だった。
5年間、相応しい器がいないとして空席のままだった「ネフリティス(翡翠)寮」の寮長。その座が、あろうことか入学初日の俺に回ってきたのだ。
窓の外では、薄群青色の夜明けを切り裂くように、訓練された鳥たちが騒がしく羽ばたいていた。
彼らは魔法学校「クレイベッジ王立魔術学院」の専属郵便鳥。そのくちばしには、インクの匂いも鮮やかな今朝発行の『ルース・タイムズ』がくわえられている。この学園の朝は、彼らが羽音と共にばら撒く号外の音から始まるのだ。
「……あ。また書かれてる」
開いた窓から滑り込んできた紙面を、指先で器用にキャッチする。
カサリと乾いた音を立てて開いた紙面には、俺の顔写真が大きく載っていた。緊張のあまり、瞬きさえ忘れて石像のように固まった、情けない俺の姿。その隣で、扇情的な見出しが踊る。
『【号外】5年ぶりの翡翠寮長、誕生。ただし1年生。史上最年少の快挙か、あるいは教会の妥協か?』
「『妥協』、ね。……否定できないのが、一番痛いな」
思わず自嘲的な苦笑が漏れそうになり、俺は慌てて口を真一文字に結んだ。
父が言った「女神の|静謐《せいひつ》」を壊してはならない。鏡の中の白髪の少年は、必死に冷徹な仮面を被ろうとしているが、その瞳には隠しきれない不安が揺れている。
俺は、指先で丁寧に白髪を整えると、続いて、クローゼットに鎮座していたネフリティス寮長専用の礼装に袖を通す。深い緑色のビロード生地に、金糸で緻密な刺繍が施されたそれは、笑ってしまうくらいに重かった。
「重い……。物理的な重量だけじゃないのが、本当にタチが悪いよ」
礼装の胸元には、この寮の象徴である巨大な翡翠のブローチが、鈍い光を放っている。
歴代の寮長たちが膨大な魔力を注ぎ込んできたこの石には、所有者の精神を凪のように安定させる加護があると言われている。けれど、今の俺にとっては、呼吸を苦しくさせるだけの「重石」でしかなかった。
さらに俺を苦しめるのは、足元だ。
新調したばかりの特注の革靴は、まだ俺の足に馴染もうとせず、一歩踏み出すたびに踵へ鋭い痛みを突き刺してくる。
「女神よ、この栄誉に感謝します。……でも、せめて靴擦れだけは、魔法でなんとかしてくださいませんか」
静まり返った部屋で、俺は誰にも聞こえないほどの小声で、ささやかな、そして切実な祈りを捧げた。
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