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第4章:彼女(ライバル)(1)

 朝の光が職人街の隙間を縫って、アルダスの店を明るく照らす。クォークになった湊は、店の前に立って背筋を伸ばした。くたびれたローブを両手で整え、胸に手を当てて深呼吸する。 「よし、今日から頑張るぞ」  昨日の面接から今この瞬間まで、湊は心のどこかでまだ不安を拭いきれないでいた。本当に期待どおりの仕事ができるのか。それでも「働く場所がある」という実感は、この世界に存在している手応えでもあった。  軋む音を立てて扉を開けると、店の中には朝の冷気がまだ残っていた。カウンター奥の作業場からアルダスが現れる。 「アルダス様、おはようございます」  湊は、今日こそ間違わないで胸に手を当てて会釈をする。アルダスは早速、奥の作業場へ湊を手招き、掃除道具を渡した。 「おはよう。さっそくで悪いが、今日は店内の掃除を任せたい」 「はいっ、分かりました!」  元気よく返事したものの、湊は内心拍子抜けしていた。どんなに優秀であっても、いきなり調合させてもらえるなんて都合が良すぎるのかもしれない。思えば、石動製薬に入社した時も、最初は掃除をはじめとする雑用を任されていた。新人に戻ったと思えば良い。納得して湊は腕を捲った。  まずは、はたきを使って棚やカウンターのホコリを落とす。次は麻の布でから拭き。そして、ホウキで床を掃いた。毎日、掃除をしているわけではないのか、ちり取りがゴミでいっぱいになる。  丁寧に掃除した甲斐があって店はきれいになったが、湊はカウンターの黒ずんだ汚れが気になっていた。いくら麻の布でこすっても取れない。水拭きなら取れるのではないかと、バケツを探しに作業場へ入る。そんな湊を見て、アルダスは声をかけた。 「ちょっと待て。何をする気だ?」 「カウンターにどうしても落ちない汚れがあって、水拭きしようと思ったのです」 「濡らすのか? 傷んでしまうぞ」  湊が不思議そうな顔をすると、アルダスは訥々と木製の家具や床は水に弱く、掃除はから拭きが藁でこすり落とすのが常識だと語った。 「……ったく、優秀だと思ったのに、こんな常識も知らないとは」  アルダスは呆れた声を出す。湊は不甲斐無い自分にしょんぼりとした。 「どうしても気になる汚れがあるなら、これを使うと良い」  そう言って、アルダスはテーブルに置いてあった薬瓶の中から一つを手に取った。黄色い液体が入っている。 「これは……」 「私が作った汚れを落とす薬だ」  湊は前世の癖で、手で仰ぎながら匂いを嗅いでみる。アルコールに似た刺激があった。もしかしたら、蒸留酒から作ったのかもしれない。麻の布に少しつけて汚れをこすると、あっという間に落ちてしまった。 「凄いです」  湊は目を丸くしてアルダスを見つめる。 「そんなに凄くない。錬金術師の間では常識だ」  アルダスは何でもないように装う。 「これを売れば、一儲けできるのではないですか?」 「もうダブラーが売ってるさ。私が売ったところで二番煎じだと言われてしまうだろう」  似た薬なんて、世の中にたくさんあるのに……。湊はもどかしさを感じた。 「それより、掃除が終わったなら次は薬草を摘んできておくれ」  アルダスは必要とする薬草を次々と述べてゆく。湊は聞き逃さないように集中してメモを取った。

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