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第5章:主の居ぬ間に(5)

 三日後、すっかり体調が良くなったアルダスは店に戻ってきた。この三日間に何があったのか、あんなに淀んでいた表情がすっきりしている。 「留守にして済まなかったな。何も問題はなかったか?」  問題は何もなかった。むしろ、湊にとって喜ばしいことばかりだった。湊はアルダスに注文書の束を差し出す。湊が作った薬の評判が良く、注文が相次いだのだ。その中には初めての客もいた。 「皆がアルダス様の薬を心待ちにしているのです」 「しかし、私一人ではこんなにたくさんの案件を片付けられないぞ」 「僕も手伝います」 「おまえに何ができるというのだ」  湊はこの三日間、アルダスの代わりに薬を調合して客に提供したことを打ち明けた。もちろん、評判も良かったことを控えめに付け足した。  アルダスは黙って湊の話を聞いていたが、突然 「どうして勝手な真似をするんだ!」 とテーブルを叩いて怒り出した。 「ここは私の店だ。そんなに出しゃばるとクビにするぞ」 「しかし、僕は……」 「いいか。薬は人間の体に使うものだ。間違いがあったら命に関わるのだぞ。その時に責められるのは、おまえだけじゃ済まないんだ。私は、それが怖いんだよ」  確かにここはアルダスの店だ。いくら湊が言ったところで、実際に責任を取るのはアルダスだろう。 「私が良いと言うまで調合はするな。まだ見習いのくせに」  頭では分かっていながら、湊は悲しくて仕方なかった。「分かりました……」と言って作業室を出ようとすると、不意にアルダスから髪の毛を掴まれた。突然の出来事にこぼれかけていた涙が止まる。 「ずっと気になっていたんだが、なんだこの髪は」 「……お気に召しませんでしょうか」 「なんで男がそんなに髪を伸ばすんだ。暑苦しいったらありゃしない」  アルダスは忌々しげに湊の髪の毛から手を離す。 「いいか。明日までに切ってくるんだ。必ずだぞ」  反論できないほど冷たい眼差し。あの時、湊を蔑んだ伊堂寺を思い出させた。  その夜、湊はクォークの母親に髪の毛を切るよう頼んだ。湊のただならぬ雰囲気に彼女は何かを察知したのだろう。何も言わずにハサミを動かしてくれた。  ジョキジョキと耳元で髪の毛が切れる音がする。アルダスに少しでも可愛いと思ってもらえたら……そんなささやかな期待が打ち砕かれていく。 「クォーク。あんた、本当にアルダスのところにいていいのかい」  気遣わしげな言葉に、湊の目からこらえていた涙が落ちる。アルダスのためを思ってやったのに、すべて拒まれてしまった。 「今からでも遅くないよ。ダブラーに頭を下げたらどうだい」  自分を褒めてくれたダブラーの顔が浮かぶ。意外と悪い人ではないようだった。けれども、物語でのアルダスへの仕打ちを忘れたわけではない。 「その方が私も助かるんだけどさ」  その言葉に湊は吹き出してしまう。母親も笑いながらハサミを動かし続けた。

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