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第5章:主の居ぬ間に(4)

 次の日の朝、早くもアルダスが風邪で倒れたという話が街中に広がっていた。湊が店を開けるなり、常連客達が駆け込んでくる。 「私の薬はどうなっているのだ」 「こちらですね。どうぞ」 と、湊は棚から飲み薬を取り出して差し出す。昨日のうちに自分が作っておいたものだ。 「これは何かね」 「頼まれていた飲み薬です」 「それは分かっている。誰が作ったと聞いているのだ」 「私でございます」  湊は胸を張って、まっすぐ客を見つめる。裏腹に緊張で手のひらは汗ばんでいた。 「そんな、見習いのあんたが作った薬なんて使えるわけがないだろう」  客は突き返そうとする。それを湊は冷静に手渡した。ここでくじけている場合ではない。 「まずは使ってみてください。効き目が無ければお代はお返ししますから」  もし、アルダスがこの状況を知ったら激怒するだろう。下手すると湊はクビになってしまうかもしれない。だが、伊達に製薬会社の研究員を二年間やってきたわけではない。薬の出来には自信があった。  そんな湊の気迫に圧倒されたのか、客は 「分かった。使ってみよう。その代わり効かなかったら金は返してもらうからな」 と言い捨てて、店を出てしまった。  こんな調子で他の客ともやり取りしていると、あっという間に休憩を取る時間になろうとしていた。どこでランチを摂ろうか考え始めた時に呼び鈴が鳴る。「いらっしゃいませ」と扉の方を見て、湊は身を固くした。鼻腔をくすぐる酒とタバコの匂い。 「よぅ。調子はどうだい。心配だから見に来たぜ」  ダブラーは、湊が抵抗する間もなく、慣れた様子で店の奥まで入ってくる。 「ご心配には及びません。今のところ順調に店は回っていますから」  そんな湊の言葉を無視して、ダブラーはテーブルの上にある作りたての軟膏に手を伸ばした。 「勝手に触らないでください!」 「ふーん、これがおまえの作った薬か」  しばらくダブラーは、軟膏を見つめたり、匂いを嗅いだり、指で掬ってみたりしたが、湊の方へ向き直ると相好を崩した。 「さすがだなぁ。もう、こんなに質の良い薬が作れるのか」  思いがけず褒められて、湊の表情が緩んでしまう。 「材料がよく混ざっていて、匂いも上品、塗り心地も滑らかだ。こりゃ、アルダスより上かもしれねぇぞ」 「お世辞を言われても、何も出ないですよ」  言葉と裏腹に、久しぶりに良い評価を得られた湊の心は温かくなっていた。それがアルダスでないのは残念だけど。  そこへ、新たな客がやってきた。体の痛みに効く飲み薬を頼みに来たのだが、アルダスの代わりに湊が作ると言うと不安そうな顔をする。助け舟を出したのはダブラーだった。 「大丈夫だ。こいつの作る薬は俺が保証するぜ」 「ダブラーがそう言うなら……」  客はまだ不安を拭えないでいたが、ダブラーに背中を押されて注文書に必要事項を書き込む。湊はその行為に目を丸くした。  客が帰った後、ダブラーに尋ねる。 「なぜ助け舟を出してくれたのですか? 自分のお客さんにすることもできたでしょう」 「どうしてだろうな」 とダブラーは意味深な笑みを浮かべる。そして 「そりゃ、こうして恩を売っとけば、いつだっておまえを引き抜けるだろ?」 と大声で笑った。肩透かしを食らって湊は膨れる。 「もう大丈夫だから帰ってください」  ダブラーの背中を押し、店の外へ追い出してしまった。 「まったく……」と湊はため息をつく。自分はこの店を守ると決めたのだ。決して自分の名誉が欲しいわけではない。気を取り直して、湊は棚の薬瓶を並べ直した。

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