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第7章:冥醒香(4)

「……ォーク、クォーク!」  何度も頬を叩かれ、湊は目を覚ます。体を包む酒とタバコの匂い。次第に視界が開けてゆくと、ダブラーが自分を介抱していた。手当てをしてくれたのだろう。体の至るところに包帯が巻かれ、先ほどよりも痛みは引いていた。 「バカやろう。無茶しやがって」  ダブラーは目に涙を溜めて湊を叱る。いつものおちゃらけたダブラーではない。真剣そのものだった。 「もっと自分を大事にしろよ。おまえが死んだら、俺……」  こんなに取り乱したダブラーを湊は初めて見た。「ごめんなさい……」と素直に謝る。 「おまえの母さんが俺に助けを求めてきたんだ」  あぁ、だからダブラーがここにいるのか。湊は母親の機転に感謝した。 「あの、カグラシダは……」 「大丈夫だ。ここにあるぜ」 とダブラーは籠を掲げて見せる。中にはカグラシダの白い花びらが揺れていた。 「もうアルダスのところへ帰るのは止めろ。あいつはおまえの命を軽んじているんだぞ」  確かにそのとおりかもしれなかった。自分は所詮、都合の良いコマに過ぎない。ミレイユに見栄を張るための……。 「だから、俺のところに来いよ。いつだって歓迎するぜ」  懇願する眼差しだった。湊の心が揺れる。けれども……。 「ごめんなさい。私はアルダス様に仕えると決めたのです」 「こんな目に遭ってもか」  ダブラーの言葉に湊は頷く。ここまで頑張って、物語が変わりつつある手応えは感じていた。アルダスがダブラーと肩を並べるのも、そう遠くないだろう。  ダブラーはひどく失望したような顔をしたが、気を取り直すとポケットから爆弾を取り出した。 「これはおまえにやる」  不格好な爆弾。導火線がついてなければ、饅頭と間違えそうだった。おそらくダブラーの手作りなのだろう。つい笑みがこぼれてしまう。 「また森へ行くことがあれば、必ず持っていくんだぞ。使ったら素早く逃げるんだ」 「ありがとうございます」  そう言って湊は立ち上がろうとした。途端に痛みが体中に走ってうずくまる。 「歩くのは無理だ。家まで送ってやるよ」  急にダブラーは湊を両腕で抱き上げた。まるでお姫様抱っこのような形になって、湊は慌てる。 「ダブラー様、僕は大丈夫ですから」  ジタバタすると、ダブラーは顔を近づけて 「いいから、俺に甘えろってんだ」 とドスの効いた声で睨んでくる。布越しに触れるその体は、太っているのにしっかりと筋肉がついていて弾力があった。歩くたびに汗ばんで、湊の肌を湿らす。それでも安らぎを感じて、湊はいつしか眠ってしまった。

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