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第4話 白い薔薇の誓い4

「ああ、ありました、ありました」  鞄をあさっていた医師の石井が立ち上がり、小さな小瓶を掲げる。 「和紙も出さないとですな」  聞いてもないのに石井がつぶやき、鞄から和紙を数枚出す。 「それがとげ抜き膏ですか」  僕が石井に問う。石井はコホンと一つ咳ばらいをすると、 「これらがあれば棘を吸い出してくれますぞ。さて聡様、どのへんを棘に刺されましたかな」  聡様の前に座って聡様に問いかける。 「多分、腕だと思う。少しチクっとしたから」  聡様は両腕を石井に診せる。 「ほぉ、ほぉ…少し袖をまくっていただけますかな」  聡様は黙って石井の言う通りに袖をまくる。腕をまくると男性とは思えない白くて華奢な腕が露わになる。元気に走り回る聡様はこんなに華奢だったんだなと改めて思った。 「では腕全体に膏薬を塗った和紙を張りますぞ」  石井は聡様の腕を掴み、「とげ抜き薬」なる薬を浸した和紙を聡様の腕に張っていく。 「これをどれだけ張っていればいいの」 「棘が抜け切れるまでですから。最低でも一日、二日は張っていただかないと」 「ええー」  僕と聡様が同時に声をあげる。  今日は広樹様のお見合いの日。あの意地の悪い叔父が来る日だ。些細な事でも言いがかりをつけてくるに違いない。僕と聡様は目を合わせ、石井に詰め寄る。 「どうにかならないんですか。今日はお兄様のお見合いの日です。僕がこんな怪我をしていては…」 「どうにかしてくださらないと困ります。今日は広樹様のお見合いの日です。聡様が大事な日に怪我をしたとなれば…」  またもコホンと咳払いをする石井。 「大丈夫ですじゃ。服の下に隠せます、この和紙は」 と、言って和紙を包帯でぐるぐる巻きにして包み、その上に先程聡様がまくったシャツをほどき、元に戻した。 「後はあまり動かれませんようお気を付けください」  そう言って、石井は聡様から離れ、広樹様の近くへ行く。広樹様はその様子を見てまた静かに笑っている。 「大丈夫ですか、聡様」 「うん、大丈夫みたい。ちょっと変な感じがするけどね」  そう言って聡様は僕に明るい笑顔を見せる。 「今日が終わったら、また膏薬を塗って和紙につけてくだされ。膏薬は聡様にお預けすればいいですかな」  石井の言葉に僕は反応する。 「いえ、僕が預かります。僕がお預かりして聡様に治療します。最後は包帯でまけば良いのですね」  初老の医者はうんうんと頷く。 「迷惑をかけるね、巧」 「いえいえこれ位は迷惑の内に入りません」  僕は石井から膏薬の入った小瓶を受け取る。 「後は広樹様ですな。今日は本当に大丈夫ですかの。ここ一週間は体調もすぐれないようでお見合いのような席に出るのは、医者としては止めたいところなのですが」 「大丈夫だよ、石井。僕は聡に言ったように今日は調子がいい。一条家の嫡男として立ち会うよ」  広樹様は青白い顔をしている。医者の石井や聡様が心配するのは当然だ。だが、親族会議という重い会議は絶対だ。お見合いがあっただけまだ一条家の親族は良心的だともいえる。他の華族たちはお見合いなどせずに家の存続だけを考え、一方的に相手を決める。すべては家存続のためだ。 「お兄様…」 「聡も心配しないでくれ。僕は平気だ」  広樹様は病で弱った体を起こし、ベッドから立ち上がろうとする。不安がる聡様がすかさず肩を貸す。  僕も聡様にならい、広樹様の空いている腕を僕の肩に回す。 「心配しないで、二人とも。僕は一人で歩ける。そろそろ叔父様も家に来るだろうし着替えをしないとね」  広樹様は聡様と僕の肩から腕を外し、よろよろと歩く。そのおぼつかない足取りを見て、たまらず僕は声を上げる。 「では僕が女中に言ってきます。その間、聡様は広樹様を」 「わかったよ、巧。頼んだよ」  聡様の頼みならこの身削れても構わない。僕は広樹様の部屋を出て、今は広樹様の為に、いや聡様のために走る。女中なら今しがた見たばかりだ。 「あら、巧くん」  僕が階段のところまで来ると、女中頭の高須さんに声を掛けられる。 「高須さん、広樹様がお着替えをしたいと」  全速力で走ったから、息が切れる。僕は聡様の頼みを伝える。 「そんなに走らなくても良かったのに。私、広樹様のお部屋に行こうとしていたところですよ」 「そうなんですか」  はぁはぁと息を乱す僕に高須さんはにこやかに答える。 「聡様もお着替えをしないと。叔父の政公様がそろそろお見えになりますよ」  高須さんの言う通りだ。聡様も着替えないといけない。遅れてはならない、ただでさえ聡様は妾の子と叔父から下に見られているのだから。 「今、広樹様の部屋で、お医者様に診ていただいたところなんです。聡様は薔薇の棘に刺されて治療をしていただいていました」 「あら。聡様、薔薇の棘に…大丈夫なのかしら」 「お医者様から膏薬をいただいて、これなんですけど…」  僕は医者の石井からもらった小瓶を見せる。 「まあそうなの。巧くんがついていれば聡様は安心ね」  僕の一回りも二回りも上の女中頭の高須さんにそう言われて、少し僕は動揺する。  奉公人の中でも女中頭は執事に次ぐ重要な立場。家中に居る女中は勿論、その他の下働きの者もまとめあげ、統括監督している重責を担っている。執事見習いの僕よりはるかに上の人だ。そういう人から直接言われ、僕は気恥ずかしくなった。  聡様を護ると自分の中では決心していたけれど、それを他人から容認されるとは思わなかった。 「広樹様のところね、急ぎましょう」 「はい」  僕は気を取り直し、高須さんと一緒に広樹様の部屋に向かった。

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