10 / 14

第10話 白い薔薇の誓い10

 僕は、聡様に連れられて屋敷に入る手前のところまできた。そこには広樹様に綾子様が立って僕らを待っていた。僕は、庭に体を伏し、声を震わせながら、 「広樹様、そして綾子様。この度は不調法なる僕のために、過分なるお力添えをいただき、誠に、誠に有り難うございました。本来であればお家の体面を汚した罪で(いとま)を出されても文句の言えぬ身の上。この御恩、一生忘れません」 と、二人に告げた。聡様、広樹様、綾子様があっての僕だ。綾子様の声が聞こえる。 「(こうべ)を上げなさい、巧。お礼を言うべきは、わたくしたちの方です。あなたが弟を、そして一条家の誇りを守ってくれたのですから。これからも、あの頼りない15歳の弟を支えてやっておくれ。……ねえ、広樹?」  僕は綾子様の命に従って、頭をあげると、広樹様が頷くと、 「ああ。巧、貴殿の今日の忠義、しかと見届けた。いずれわたくしが家督を継いだ暁には、貴殿を我が家の『筆頭執事』として迎えたい。それまで、しっかりと見習いとしての務めに励み、我が自慢の弟の良き相談相手となってくれ」  柔らかでいて、威厳のある口調に僕は広樹様の度量の大きさを見た。この人が家督を継いだのなら、一条家は安泰だ。  僕は再度頭を下げ、 「……っ!勿体なきお言葉、身に余る光栄に存じます。この命、一条家のため、そして何より聡様のために捧げ、粉骨砕身の覚悟で励みます!」 と、お二人に誓った。 「頭をお上げなさい、巧。貴方の誓い受け取りましたわ。聡は貴方にしか護れないわ、頼んだわね」  綾子様が僕に優しく微笑みかける。 「かしこまりました。森井巧、命を賭して聡様をお護りいたします」  聡様は、 「大袈裟だなー巧は」 と、笑う。その笑顔を僕は護りたいのだ。その為ならば本当に命を懸ける。 「さあ、もう用は済みましたわ。ここで解散といたしましょう。巧は聡についていてあげてくださいな」 「はい」  僕は綾子様の指示通りに聡様の傍に立つ。それを見た綾子様も広樹様も満足げに微笑む。聡様は僕を引っ張って屋敷に戻る。 「聡様、本当に貴方という方は無茶ばかりなさる。少しは僕の苦労も考えてください」 「でも、巧を救うには直談判しかないと思ったんだ。叔父様はちょっと怖かったけどね」  笑いながら舌を出す聡様。こういう聡様だから僕が護らなきゃと思うのだ。 「お二人の力添えが無かったら、聡様まで三日間謹慎になっていたところですよ。心臓に悪いことはお止めください」  僕は聡様を制したはずだが、聡様はどこいく風全く聞いてない。 「早く部屋に戻ろう、巧。話したりない事がいっぱいある」 「まったく、聡様は…」 「お小言は後で聞くよ、巧。早く部屋に帰ろう」  聡様が急かすので僕はそれに倣って急ぐ。 「巧!良かったな、出られたんだな」  屋敷の中に入ったら、学生服姿の書生、山口さんから声を掛けられる。 「ええ。聡様が直談判なさって。それに広樹様も綾子様も口添えしてくださって――」 「綾子様も?いいなあ綾子様に気にかけてもらってて」  山口さんから見て、少し年上の綾子様。あの美貌で凛々しさと温かみがある女性だ。惹かれるのも無理はない。 「例の件はちゃんと進んでるぞ、巧」 「ええ。了解しました」  聡様は「例の件?」と、小首を傾げる。聡様にはとても言えないな。僕と山口さん、そして綾子様との秘密だ。 「じゃ、またな巧。聡様の部屋に行くんだろう」 「ええ。山口さん。ご心配おかけしました」  僕と山口さんはそこで別れる。聡様は訝しがる。 「巧、山口と話してた「例の件」って何?」 「申し訳ございません。聡様、それは秘密でございます」 「僕にも言えない事?」  聡様の顔が曇る。明らかに不信感を持たれている。 「左様でございます。僕は聡様の執事ですが、この一条家の執事でもありますので」  僕は聡様に一礼した。 「そうやって僕との関係に線を引いてさ…昔の巧はそうじゃなかった」 「過去は過去でございます。今は一条家の執事見習いの身分ですので」  聡様は不機嫌そうだ。しかし言えないことは言えない。 「さあ、聡様部屋に行きましょう」  僕はそう促したが、聡様はへそを曲げてしまったようだ。 「聡様、先程、伯爵様方の前で堂々たる態度だったじゃないですか。誇らしかったですよ、僕も」 「それはそれだよ、巧の前ではあんな感じでは居たくない。僕たち幼馴染じゃないか」 「それがいけないのです、聡様。聡様は一条家のご子息で僕は奉公人にすぎません」  僕は聡様に、身分の差があると諭した。聡様はご不満のご様子。しかしこればかりは納得してもらうしかない。 「巧は僕を護るために命を賭すって言ったけど、僕だって巧を護りたい」  それはとても嬉しい言葉だ。だが、それは危険な思想を孕んでいる。華族たるもの一奉公人に振り回されてはならない。高貴な人間だからこそ、自身の感情や一時の波風に惑わされず、常に泰然自若としていることだ。今回の一件で聡様には手を焼かせてしまったが。 「ありがたきお言葉でございます。そのお言葉だけで僕は十分です」 「巧…――」  僕は再度部屋に行くことを促す。 「部屋に行きましょう、聡様」  聡様は俯きながらコクリと頷いた。  階段を上り、奥に向かって歩けば聡様の部屋だ。僕は聡様よりも先に部屋の扉を開ける。聡様は部屋に入って、すぐ茶卓に備え付けの椅子に腰かける。僕にも向かい側に座るよう呼びかける。 「今日は一日長かったな。でもさ、巧、兄様のお見合いが上手くいったのは、僕たちが、叔父様の動きを封じ込めたからだよね。実質、僕と巧のおかげじゃない?お相手の方も僕たちの事褒めてたしね」  僕はクスリと笑って、 「おっしゃる通りにございます。あの日、叔父様に毅然と立ち向かわれた聡様の『男振り』には、陰で見ていらしたお姉様や若旦那様も、大変感銘を受けておられたんじゃないでしょうか」  聡様はふふんと得意げに胸を張った。僕は悪戯っぽい声音で聡様の耳元で囁く。 「――ですので聡様。近いうちに、広樹様のお相手のご実家から、たくさんのご令嬢が集まる『お祝いの夜会』が開かれるかもしれませんよ」 「え?!」 「あの日の一件で、聡様が『ただの天真爛漫な子供ではなく、家を想う情熱的な若君』だと、 伯爵夫妻の間でも密かに評判になるかと。次の夜会では、聡様を求めて声をかける方々で、それこそ……」  僕は、極上の笑みを浮かべ、 「――それこそ、『引く手あまた』になること間違いなしでございますよ。さあ、今から社交界のダンスのステップをおさらいしておきましょうか、聡様?」 「げえっ!勘弁してよ!」  聡様は顔を青くする。僕はその反応を楽しみながら、 「お茶を持ってきますね」 と、言って聡様の部屋を後にした。 「あら、巧くん大丈夫だったの?」  お見合いの席に居た女中に僕は声を掛けられる。聡様と広樹様、綾子様が助けてくれた話をすると、女中はいたく感動し、「一条家の奉公人で良かったわね」とやや涙ながらに語る。 「今回のお見合いでほぼ決まりでしょうしね。広樹様のお相手。気品もあって利発そうな方で良かったわ」  僕もそうですねと続く。 「前回があまり良くなかったから心配してたの、広樹様ご病気がちでもあるし」  そこは僕も一番懸念点だと考えていたところだ。それ以外は申し分ない。このまま話が進んでいくことを願いたい。 「まあ、聡様には巧君が居るから安心だけどね」 「でも今回聡様に助けられてしまいました。情けない限りです」  僕は唇をかみしめる。 「今回は仕方ないんじゃないかしら。聡様も巧君が大切なのよ」 「それはありがたい事ですが――」  僕は俯く。すると、 「あら、それはそれでいいんじゃないかしら。聡様だって幼馴染の巧君には特別な想いがある筈よ」  女中はあっけらかんとそんなことを言い出す。 「何を言っているのですか!僕と聡様は主と従者の関係で――」 「それはそれじゃない。聡様は少なくてもそうは思ってない筈よ」  この女中まで聡様と同じようなことを言い出した。 「僕は聡様の影なのです。聡様があっての僕なんです。主従であり、僕は聡様を護り、付き従うまでです」  女中はうん、うんと頷きながら、 「聡様も巧君に対してそう思っているんじゃないかしら。私の目にはそう見えるわ」 「――それでは主従が逆転してしまいます。僕は聡様の執事ですから」 「そうね、それはわかるわ。でも聡様の気持ちもわかってあげて。巧君が大事なのよ」  僕は反論することにも疲れて、女中の話を聞く。 「わかってあげてね、聡様の気持ち」 「善処します…」  僕は、そう言い残し、その場を去った。

ともだちにシェアしよう!