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第9話 白い薔薇の誓い9
堅苦しいお見合いが終わった。広樹様は、
「本日は結構なお時間を賜り、誠に有り難うございました。本日のありがたきお話は、ただちに父へ報告いたしたく存じます。いずれまた、改めて御挨拶に伺いたく存じます」
と、帰る伯爵夫妻と、お見合い相手の浅山様の奥方と令嬢に声をかける。伯爵夫妻も、浅山家の方々もにこりと笑みを浮かべていた。綾子さまも聡様も一緒に一礼して、簡単な挨拶を交わす。
これはどう転んでも良さそうな感じだ。一条家の親族会議で決まった見合いなのだから、これで決まれば安泰。文句を言われる筋合いはない。
「ふん、何を笑っている。見習いのお前には私が下した罰を受けてもらうぞ。わかっているな」
叔父、政公 は余程プライドを傷つけられたのだろう、和やかな円の中で一人不満気だ。僕は、
「わかっております、政公様」
と、深々と彼の前で首を垂れる。
せっかくいい気分だったのに、この人の所為で台無しだ。この後の僕の処分は決定しているのだからわざわざ言わなくてもいいのに、つくづく嫌な人間だ。
見合いの席に出ていた一条家の人間全員に書生の山口さんも含めて、伯爵夫妻と浅山家の面々が帰られるまで見送る。伯爵夫妻は馬車、浅山家の方々は人力車で帰るようだ。
流石伯爵というべきか、伯爵夫妻の馬車は豪華だ。一条家も軍属ということで経済的に不自由はしていないが、伯爵家は爵位も上で財源も豊かなのだろう。浅山家も家紋の入った人力車。さすが財閥と思わせるだけの凄さがある。
二組を見送り、僕は叔父の政公と共に一条家の片隅に建つ物置に連れてこられた。
「よいな、そこで反省するのだ、お前がやらかしたことを三日間悔いるがいい」
僕は、物置に放り込まれる。小さな窓から日差しが入る。だが、夜になれば何も灯りは無くなってしまう。こんな所で三日暮らさなければならないのかと思うと気が滅入る。
しかし、僕は自分のしたことを後悔していない。あの時僕が聡様の前に立たなければ、きっと聡様に卑劣な叔父の仕置きがあったかもしれない。僕は聡様を護れなかったと自分の立てた誓いを破ることになっていた。それだけは絶対阻止したかった。
今日の聡様は、一条家の次男として凛とした佇まいで気品もあり、見事なものだった。伯爵夫妻も褒めていた、広樹様のお相手の浅山家の奥方や令嬢にもいい印象を持ってもらえた。大人でないけれど、いたいけな子供でもない。僕と同じ十五であそこまで出来たのは一条家としても、僕のお仕えする主人としても誉れなことだ。
三日間の謹慎か、いつも傍にいた聡様の顔が見られない、不安と淋しさで胸がいっぱいになる。僕もまだまだ見習いで未熟だ。自分で罰を受けると言っておきながら、この有り様では聡様を護れない。もっと父を見習って一人前の執事として、聡様を支えられるようにならなければ。
だが、物置の中では負の感情ばかり抱え込んでしまう。灯りも窓からの日差ししかない建物の中は普段使われない道具が大事に保管されている。その道具たちの間の隙間に僕が居る。何もすることがない僕は、黙って目を閉じる。
目を閉じても浮かんでくるのは聡様の顔…笑顔。あの笑顔を見られないのが何よりも苦痛だ。
聡様、聡様。
今思うのは聡様のことばかり。
仕えてる主人のことを考えるのは普通のことだが、僕の想いはいささか違うような気もしている。
幼いころから一緒に育てられてきた僕と聡様。今よりもずっと親しい間柄だった気がする。僕が正式に父と同じ執事を継ぐことを目指して、主従というものを意識するようになって、今のような関係になった。いや、ならざるを得なかったのか。
…聡様、今頃何されているのだろう。僕の所為で悲しみに包まれていなければいいのだけれど。あの方から笑顔を奪うこと、それだけで罪だ。僕はその罪の贖罪まで背負わなければいけないのか。どうか聡様が笑顔であるよう願うばかりだ。
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兄様のお見合いが終わった。僕は兄様、姉様と叔父様、一条家の奉公人たちとお見送りだ。 兄様が挨拶をし、僕と姉様もそれに続いて挨拶する。
「今日はとてもよいお見合いでしたよ。一条家の未来が楽しみですな」
伯爵閣下からそんなことを言われて、僕は笑顔を作る。実際嬉しかったし、笑顔も自然に出たのだけど、巧のことだが気になって、僕はいてもたってもいられなかった。
見送りが終わると、部屋に戻らず、僕は叔父様の後をつける。叔父様は巧を伴って一条家の敷地内、端の方にある物置に連れていく。
僕を庇って巧は叔父様に厳しい罰を下された。本来なら僕が叔父様から受けなきゃいけない罰だ。僕はそれをわかってもらうために、叔父様に直談判する。
叔父様は巧を物置に閉じ込め、部屋に帰ろうとしていた。僕は叔父様の前に立ちそのまま伏すと、
「叔父様!伏してお願い申し上げます。どうか、あの見習いへの罰をお許しください」
と、容赦を願う。何が何でも巧を助けるんだ。
「何だと?お前、まだそのようなことを言っているのか。主人の私事に口を挟んだ使用人を罰するのは当然のこと。下がれ」
叔父様は聞き入れてくれない。一度断られても何度だって僕は請う。
「いいえ、下がりません!悪いのは全て、大切な伯爵閣下の前で時計を落としたのは僕です。あの者は、僕の不調法を庇おうとしただけです。罰せられるべきは、この僕です。どうかあの者を許し、代わりに僕を物置へ閉じ込め、食事を減らしてください!」
「黙れ!華族の血を引く者が、たかが使用人の身代わりに刑を受けたいなどと、片腹痛い!それほどまでに分別のつかぬ奴は、お前も同罪として――」
僕は頭を上げず、叔父様の言葉を待つ。
その時だった。
「失礼いたしますわ、叔父上様」
姉様…。その隣には兄様も居る。
「そこまでになさいませ、叔父上」
兄様が制す。
「広樹……!それに、お前たちまで何故ここに」
叔父様は驚いて二の句が継げないようだ。
「叔父様、弟の直談判、見事なものでございましょう。自分の非を認め、身を挺してお家のために尽くした者を守ろうとする。一条家の男子として、これほど誇らしい姿はございませんわ」
姉様は冷たい目で叔父様を見据えて言う。兄様も、僕を一瞥し、叔父様に向かい、
「聡。お前の兄への深い愛情と、当家の使用人を慈しむ心、しかと見届けた――叔父上、本日のお見合いは、この次男の機転があったからこそ、伯爵閣下からも令嬢様からも大層な御褒美をいただく結果となりました。
それは叔父上もご存知のはず。当家を救った功労者の願いにございます。もし、これ以上あの見習いを罰するというのであれば、未来の当主たる僕の名において、その沙汰を却下いたします。父上にも、僕からその旨を報告いたしましょう」
と、言い切った。対して叔父様はフンとだけ返し、僕の前から消えた。
「頭をあげなさい、聡」
僕の肩に優しく手を置いた姉様。
「姉様…」
「あの叔父上相手に、よく頑張ったな、聡」
兄様の言葉で僕は涙を零す。張りつめていた糸が切れたみたいに。
「泣いていては巧に心配されるますわよ、聡」
「姉様、僕…」
涙が止まらない。
「いいのよ、聡。もう全部終わり。聡が一番にこれを教えなくてはならない人がいるでしょう」
僕は深く頷く。
「早く行っておあげなさい、聡の大事な人でしょう」
「はい」
僕は立ち上がり、涙を拭う。物置に向かう前に僕は今の涙をひっこめないと。その前に、
「兄様、姉様ありがとうございます、このご恩は決して忘れません」
僕は振り返り、二人に一礼する。
「ご恩だなんて、姉弟 なら当り前ですわよ――」
僕は妾の子だから、叔父様の方が世間的には普通なのに。慈しみ深い二人の姉兄 に囲まれて良かった。
早く巧の所へ行ってあげないといけない、きっと巧は絶望しているはず。さっき巧と見た薔薇園よりも先、敷地の片隅に建っている物置。叔父様のあとをつけていたから場所は何処だかよくわかる。
僕は息を切らせて物置へ走る。
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「巧、許された、許されたよ!叔父様の沙汰は、全て不問となった!」
聡様が息を切らせて物置の扉を開け、開口一番そう言った。僕は驚いて目を見開く。
「聡様……!まさか、聡様が叔父上閣下に直談判を……?何たる無茶をなさるのですか。もし聡様にお咎めが及んでいたらと、僕は気が気ではございませんでした…」
聡様はきゅっと僕の手を握り、
「いいんだ、巧が僕と母様の形見を守ってくれたんだから。これくらい当然さ。……さあ、ここを出よう。兄様と姉様が、外で待ってくださっているんだ」
少し聡様の頬に涙の後があるのは気のせいか。今の聡様は僕の一番好きな笑顔だ。
「僕が頑張ったんじゃなく、兄様と姉様が助けてくれてね。叔父様を説き伏せることができたのは二人のおかげなんだ、だから兄様と姉様にお礼言ってね、巧」
「広樹様に綾子様まで…。本当に僕は一条家の執事として感謝の念に堪えません…」
僕は少し目を潤わせる。聡様はそれに気づいて、
「見習いだけどね」
と、いつものように言う。
「そうです、見習いです」
僕もいつものように返す。僕らは顔を見合わせて笑った。
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