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第28話 僕の護るべき星17
「聡様、広樹様のご婚約が決まりました」
部屋に伺うと、聡様は学習院から帰ってきたばかりで、まだ学習院の正服を着ている。
「本当?浅山家のご令嬢だよね、お相手は」
聡様がきらきらした目で僕に聞いてきた。
「そうです。浅山家のご令嬢、瑠璃子様です」
「やったー!ちょっとお転婆な利発そうな女性《ひと》だったね。兄様は知っているの?」
「今、広樹様は復学され、高等科の寄宿舎に居ますから、まだだと」
聡様は瞠目する。
「え!僕らの方が先に兄様の婚約の話を知ってしまっていいの…?」
「ええ。驚かれると思いますが、華族は家と家との結婚ですからね。ご本人への通知は最後なのです」
「ええっ……華族の決まり事って、なんだか変だね。僕なら一番に教えてほしいなぁ」
聡様は、詰襟の第一ボタンを指で少し緩めながら、困ったように眉を下げた。まだ制服姿のままなのは、返答を待つ間もじっとしていられなかったからだろう。10代半ばの瑞々しさが残る少年の瞳には、大人の理屈に対する素朴な疑問が浮かんでいる。
「ふふ、聡様。広樹様もきっと、同じように驚かれるでしょうね」
僕がそう言って少し微笑むと、聡様は「あ!」と何かを思い出したように手を叩いた。
「ねぇ、瑠璃子さんって……確か去年の園遊会で、池の鯉にパンくずをあげすぎて、お父様に叱られていた女性だよね?兄様のお見合いに来た時から気になってたんだ」
「……よく覚えておいでですね」
「だって、すごく楽しそうに笑う人だったから。兄様は、少し生真面目すぎるでしょう?だから……すごくお似合いになると思うんだ」
聡様は満足そうに頷くと、学習院のジャケットを脱いで椅子の背もたれにかけた。正服を脱ぐと、いつもの年相応な雰囲気が戻ってくる。
「そうだ、僕、兄様に手紙を書くよ!『おめでとう』って。あ、でも、まだ本人に通知がいっていないなら、僕が書いちゃダメなのかな?」
「そうですね……。公の通知が届くまでは、どうか秘密になさってください。さもないと、僕が父から叱られてしまいます」
「そっか。じゃあ、僕と巧だけの秘密だね」
聡様は不敵に笑うと、口元にすっと人差し指を立ててみせた。その仕草には、兄の幸せを心から喜ぶ無邪気さと、華族の家に生まれた者としての小さな諦観が入り混じっているように見えた。
「瑠璃子さん、僕のお義姉様 になるんだよね」
「そうなりますね」
「兄様と結婚して、子供ができたら次男で庶子の僕の立場は悪くなるのかな…」
「聡様……」
急に落とされたその言葉に、僕は一瞬息を詰めた。
少し前まで幼さの残る笑顔を浮かべていた少年の横顔に、いまや「華族の家の次男」として、そして「庶子」として背負わされた重苦しい影が差している。
聡様はジャケットのボタンを弄びながら、自嘲気味に息を吐いた。
「母様もよく言っていってた。『広樹様に万一のことがあれば聡が家を継ぐけれど、広樹様のお子様が生まれれば、あなたは用済みになるかもしれない』って。……兄様がお幸せになるのは嬉しい。瑠璃子さんなら、きっとこの家も明るくなる。でもね、巧……僕の居場所は、これからどうなっちゃうんだろう」
「……聡様」
僕は膝をつき、聡様の目線まで腰を落とした。
「聡様のお立場を案ずるお気持ちは、よく分かります。ですが、どうか忘れないでください。広樹様はご自分の弟である聡様を、とても大切に思っておられます。高等科へ進む前、僕に何とおっしゃったか覚えておいでですか?」
聡様が不思議そうに眉を寄せ、僕を見つめ返す。
「『聡は利発で優しい子だ。僕に万一があろうとなかろうと、あいつが自分の道を歩めるよう、しっかり支えてやってほしい』……そう、僕に託していかれました」
「兄様が……僕に?」
「ええ。それに、子爵家の血筋だとか嫡子庶子だとかいう前に、聡様は聡様です。学習院でのご学業も大変優秀でいらっしゃいます。将来、ど んな道に進まれようと、聡様がこのお屋敷で、そして聡様ご自身の人生で居場所を失うことなど決してございません」
僕がまっすぐに答えると、聡様は少しだけ目を見開き、それからゆっくりと胸のつかえが下りたように小さく息を吐いた。
「……そっか。兄様、そんなことを巧に言っていたんだね」
恥ずかしそうに視線を泳がせた聡様は、照れくささを隠すように、少し乱れた前髪を手で払い上げた。
「……なんだか僕、柄にもなく弱気になっちゃったな。兄様に笑われちゃうね」
「いいえ。それだけ、ご自身の将来と真剣に向き合っていらっしゃる証拠です」
僕が立ち上がって一礼すると、聡様はいつもの素直で明るい笑顔を取り戻し、椅子から立ち上がった。
「よし!じゃあ秘密の手紙は我慢するけれど、公の発表があったら一番にお祝いを言うんだ。巧、その時は僕と一緒に、一番上等な祝いの品を選んでね」
「承知いたしました。聡様のおメガネにかなう品を、今から探しておきます」
そう答えると、聡様は「頼んだよ」と満足そうに笑い、正服のシャツの袖をまくり上げながら、次の授業の予習に取りかかるべく机へと向かったのだった。
(どんなことがあっても、僕は聡様についていくます…)
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