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第7話 月に焦がれるきらきら星#3

「どうして? 月って、すっごく綺麗だと思うけどな。理月って名前だって、字面も響きも凄く綺麗だよ」 「月って、星や太陽と違って恒星じゃないから、太陽の光が無いと自分で光れないだろ。その上、地球の衛星だ。僕の名前に付いている『月』は、衛星って意味として付けられていて……良い意味じゃない。だから、月はあんまり好きじゃない」  昴には、理月の名前の意味は聞いても分からなかった。けれど何か嫌な思いがあるのだろうということだけは、サッと翳った理月の表情から理解した。  衛星だって地球の近くにある身近な存在で良いと思うけれど、嫌いだというものに関してこれ以上突っ込むのも野暮だろう。 「君の名前の方がずっと綺麗だよ。日向昴、って太陽と星だろ。日の当たる場所、日に向かうこと。明るくて若い恒星の散開星団、プレアデスの昴。天下を『統べる』みたいな意味もあるよね。……君のご両親からの愛情を感じる良い名前だ」  理月のすらすらと淀みない言葉に、ふと幼い頃に母から聞いた名付けの理由を思い返した。 『――お母さんね、まだ生まれたばかりで名前が決まってなかった赤ちゃんの昴を見た時に、お星さまみたいだなって思ったの。それをお父さんに話したら、それなら昴って名前はどうだろう、って。お空に昴と同じ名前のお星さまがあるんだよ。若いお星さまの集まりで、きらきら明るく光ってるの。お星さまの昴みたいに、お友達がたくさん出来て、この子がきらきら輝けますように、っていうおまじないを込めて、あなたに昴って名前を付けたんだ』  自宅に置かれていたグランドピアノで、きらきら星を弾きながら昴の母はそう話してくれた。幼い頃の記憶だ。母のことを思い返し、目を細めて笑みを浮かべる。 「うん。僕も自分の名前のこと綺麗だと思っとるから、名前負けしないようにしなきゃって思う。じゃあさ、星は好き? 昴がプレアデス星団だってパッと出てきたから」 「プレアデスを知ってるのは旧約聖書に出てくるからってだけだよ。大して星に詳しい訳じゃない。普通に綺麗だとは思うけど、好きと言える程でもないな」 「へー、プレアデスって聖書に出てくるんだ。初めて知った。りっちゃん物知りだねー」 「り……、りっちゃん?」 『そう言えばこの学校ってカトリックだもんなー』と昴が感心していると、理月は呼び名に驚いたらしくぽかんと目を丸くした。 「やだ? 月が嫌なら、理だけにすればいーのかなって。苗字で呼ぶとかの方が良い?」 「いや……、苗字も実は、あんまり好きじゃない。……だから、りっちゃんって呼ばれるのは、ちょっと良いな……って思う。他人からあだ名で呼ばれたのなんて、生まれて初めて」  理月はぽかんとしていた顔をパッと明るくして、昴に微笑む。目を細めて嬉しそうにはにかんだ顔があんまりにも綺麗だったから、今度は昴が目を丸くして息を飲んだ。  一瞬呼吸が止まった口から出てきたのは「りっちゃん、友達居ないの?」という失礼な言葉ひとつ。 「なっ……君、やっぱり無神経だな……最初から失礼だなと思ったけど……突然飛び入りしてくるし先輩に向かってタメ口だし……まあ、実際友達らしい友達っていうのは居ないんだけどさ……」  理月に対してそんな失礼なことを言う奴も、理月にとって初めてだったのかもしれない。  理月は少しショックを受けた顔をした後「なんていうか、話が合うやつが居ないっていうか……友達になりたいと思える相手が居ないから、心から付き合える友達が居ないだけであって、作ろうと思えば作れるよ」ともごもご続けて、少しばつが悪そうな、気恥ずかしそうな顔をする。 「じゃあさ、僕は?」 「へ?」 「僕。りっちゃん、友達になってよ。ていうか、一緒にピアノ弾いたし、もう友達じゃない?」  昴がそう言うと、理月は目をぱちぱちと瞬かせて口をぽかんと開けた。 「君は、強引なやつだね……」 「だって、りっちゃんと友達になりたいって思ったから。だめ?」  呆れ顔をした理月に向けて、小首を傾げて聞いてみる。理月はくすっと笑い、薄い口唇が三日月のように弧を描いた。 「……良いよ。僕も、君が友達になってくれたら嬉しい」 「やった。友達になったことだし、君じゃなくて、昴って名前で呼んで」 「ありがとう。じゃあ……昴」  そう言って昴に顔を向けはにかんだ控えめな笑顔は十八には見えず、あどけない。花が咲いたような笑顔というのはこういう笑顔のことを言うのだろう。チューリップみたいだなあ、と感じて、頭の中にピンク色のチューリップを思い描いた。もっと理月のことが知りたくなって、口を開く。 「僕もそろそろ帰るからさ、一緒に下駄箱向かいながら話そ。もっとりっちゃんのこと教えてほしい。から、まず僕から自己紹介するね。僕は生まれは東京、育ちは長野のすっごい田舎。ついこないだ上京してきたばっかり」  お互い通学鞄を手に持ち、音楽室を出て廊下を歩き始め、昴から自己紹介を始める。 「あ、じゃあ、たまに出てるの長野の方言なんだ。これは別に悪口ではないんだけど……田舎っぽいと言うか、素朴だなーって感じがしたのは田舎育ちだったからなんだね」 「えっ、僕方言出てた?」 「うん、ちょっとだけ。昴はなんで長野から出て彗上に進学したの?」  馬鹿にする調子ではないけれど、理月にくすっと笑われて、少しばつが悪く昴は首の後ろに手を当てた。 「上京したいなーって思ってたんだ。彗上にしたのは、父さんの母校だから。今は一人暮らしだよー」 「へえ、一人暮らしか。羨ましいな。大変?」 「全然。気楽で良いよー。ただ、置き場が無いから実家にあるグランドピアノが持って来られなくて、それが残念。上京してから家ではアップライトピアノ弾いてる」 「ああ、だから音楽室まで弾きにきたんだ?」 「うん、グランドピアノの感触忘れたくなくて。こっち来てからはストリートピアノ弾いたり、楽器屋さんで弾いたりしてた。どっかでピアニストのバイトでも募集してないかなあ」  口角を下げて困り顔を浮かべると、理月は何か気付いたように「――あ」と零した。 「僕、心当たりがあるかも。もしかしたら紹介してあげられるかもしれない」 「本当? めちゃくちゃ助かる」 「確定じゃないから、期待はしないでおいて。今日聞いてみて、明日にでも伝えるよ」  理月から優しい笑顔と言葉を返されて、なんだか胸がぎゅっと締め付けられた。先ほどぎゅっとした時は刺されたように痛かったけれど、今度は苦しくなりながらも心地良く思う。 「りっちゃん、ありがとう。あ、自己紹介の途中だったよね。えーっと、誕生日は一月十六日で、身長百六十八センチ。もっと背が伸びて手がでっかくなったら良いなーって思ってる。あ、髪の毛茶色っぽいけど地毛。ちょっとくるくるしてるのも元から。ピアノは、母さんがよく弾いてくれたもんで、それで僕も好きになって始めたんだ。一番好きな曲はきらきら星。次点で子犬のワルツ」 「じゃあ、僕も自己紹介をすると……誕生日は四月二十五日。だから、もうすぐ十八歳。身長は一七九センチで、東京生まれの東京育ちだよ。ピアノは三歳の頃から習い始めた。一番好きな曲は……月光、かな」  昴の自己紹介に倣って、理月が同じように自己紹介をする。理月の背が高いことは見れば分かるけれど、内心『うわ、僕より十センチも身長高いんだ』と少し凹んだ。せめて並びたい、出来ることなら抜かしたいと思う。 「僕の家にもピアノがあるんだけど、そのピアノはもう弾けなくて――だから今日みたいに、たまにこうして音楽室まで弾きに来てるよ。音楽室が部活で使われてない日とか、昼休みとかね。だから昴も、都合が合う時とか……良ければ、たまに来て」  昴が「うん。絶対行くね」と言って頷くと、理月は照れたようにはにかんで笑った。はにかんだ笑顔を見て、また胸がぎゅっと締め付けられて、切ないような、楽しいような、そわそわした気分にさせられる。  十五歳の昴は、その時自分が初めての恋に落ちてしまったらしいことに気が付いた。

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